第87話 報い

 窓から差し込む夕陽で室内が茜色に染まる。

この時間になると昼間の暑さも和らいできた。


「セドリック、窓を締めてくれ。」


簡単な政務を手伝わせていた下の王子、セドリックが近くにいたので窓を締めさせる。


「兄上と姉上はご無事なのでしょうか・・・。」


セドリックが窓を締めようとしたとき、さぁっと風が吹き込み書類がひらりと舞い落ちた。


「今は信じるしかあるまい。」


「そうですね。」


「失礼します!ネストブルクからの早馬です!」


セドリックが落ちた書類を拾い上げたところで、早馬の伝令係が執務室へ到着した。


また何か戦地で異変でも起きたのだろうか?伝令係の表情が暗い。嫌な予感がする。


「ご報告申し上げます!

ネストブルクにて、我が軍が帝国軍に打ち勝ち、敵軍は敗走致しました。」


嬉しい知らせのはずが、なぜか伝令係の表情は悔しさを滲ませている。

それに違和感を感じ素直に喜べない。


「うむ、それで?」


「そ、それと、エ、エリザベート王女殿下が、み、身罷られました!

死因は心臓を刺された事による即死。

犯人は我が軍の兵士に扮した懸賞金狙いの男。

王女殿下に近付く目的でわざと怪我を負い、聖女の治癒を受けている時の無防備な状態を狙っての犯行でした!」


エリザベートが殺された?!

そんなことが信じられるか!!

私は頭がカッと熱くなり、何も考えられなくなると近くにあったペンを伝令係の者へ投げつけていた。


「エリザベートが金目的の下劣な男に殺されたと申すのか!!」


「っ・・・・!!」


伝令係の返事はなく、額にインクの跡か残る。この者も悔しそうな表情を滲ませているが、私の怒りが収まらなかった。


「護衛は何をやっておった!!御身代もだ!!」


「父上!!どうかご冷静に!!

この者はただの伝令係です!!」


己を見失うほど激昂していた。

こんなことは何十年振りだろうか。


気がつけば私の手はセドリックに押さえられていて、無意識に剣に手をかけていたようだった。


「・・・すまぬ、許せ。

十分な護衛を付けたはずだったが何故エリザベートは殺された?」


私は冷静さを取り戻そうと右手で目を覆い、椅子に身を預ける。


「い、いえ。

犯人は護衛の注意を惹くため、仲間が火薬で爆発を起こし、それに気を取られていた一瞬の隙をついての犯行でした。」


「で、エリザベートを亡き者にした奴は捕らえたのか?」


「そ、それがマリエッタ様が放たれた『聖女の矢』により、犯人は手足の自由と声を失いました。

『女神の審判』により裁きを受けた者は何人にも裁かれないとのことなので、そのまま荒野に捨て置くことになりました。」


「は・・・?今なんと?!」


「マリーさんが『聖女の矢』?」


「はっ、マリエッタ様の放たれた『聖女の矢』により、犯人には『女神の審判』が下されました。

よってそのまま荒野に捨て置くことになりました。」


「・・・・・。」


「ご苦労だった。今日はもう下がっていい。ゆっくり休んで。」


「はっ、失礼します。」


言葉を失った私の代わりにセドリックが伝令係の退室を許可した。




 最愛の娘が死んだ。

私より先に逝ってしまった。

まだ十七だった。

美しく賢い娘だった。

少々いたずらが過ぎるところもあったが、それがまた可愛い娘だった。

人生これからだというのに。

何故エリザベートが殺されなければならなかったのか?


ああ、そうだ、そういうことか。

マリエッタを利用し続けた報いがこれだ。

なんせ利用し続けたのが『大聖女』なのだ。当然の報いなのだろう。


私が悪かった。

父を許せ、エリザベート。


エリザベートに勘違いなどさせず、聖力三の程度をわきまえさせておけば良かった。

本来のエリザベートの能力なら、完全治癒などできるはずもなかったのだ。

恐らくアムラダディ領で災害支援に行った時、導きの能力で歌った『鎮魂の歌』で『祈りの光』を発現できたのもマリエッタのおかげだったのだろう。

彼女がいなければ『ナディールの大聖女』などと大それた名で呼ばれることも夢のまた夢のはずだったのだ。

我々が調子にのり過ぎたのだ。


こんな結末を迎えるのなら、どこか有力な貴族の子息の元へ嫁がせて、普通の貴族の婦人として暮らしておれば良かったのだ。


そうすれば懸賞金目的のくだらない男に殺されたりせず、安全で平和に過ごせたのだ!!


そこまで考えて、私は急に自分の考えを否定した。


いや、違う。そうではなかった。エリザベートが最も嫌った生き方がそれだった。


そして最もエリザベートがやりたかった事をやった結果が、こうなってしまったのだ・・・。


 私は沈みゆく夕陽を眺めながら、このひと時だけ王としての仮面を脱ぎ、一人の父親として泣いた。




 その晩、王妃のサラには私からエリザベートの死を伝えた。


「ああ、これが、私たちの犯した罪に対する罰なのでしょうか・・・。」


私の胸の中で、泣きながら嗚咽を漏らすサラの姿を見たのはこの夜が初めてだった。

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