第13話 建国記念日

 今日の授業は休みだ。

授業は休みでもマリエッタにとっては、本業である『御身代』として、神経を尖らせる一日となる。


───今日は公式祭典も執り行われる建国記念日だからだ。


 ひと月ほど前から城内が式典の準備で騒がしい。城下町は、お祭り気分で賑わってる。

そんな少し浮かれた世間とは反対に、マリエッタは気を引き締めた。


 このような日だからこそ、エリザベートに何かあってはいけないと分かってはいるが、目の前で行われるご大層な行事に思考が追いつかない一日となった。


 朝から、金糸の刺繍が施されたピンクのフォーマルドレスを着せられた。お守りとして護身用の短剣も手渡され、スカートの中に忍ばせる。


 『謁見の間』に連れて行かれると、そこでは建国記念式典が執り行われた。

ずらりと王侯貴族が立ち並ぶ中、最も玉座に近い王族の並びで、エリザベートの後ろに立つ。

初めて見る事、初めて見る景色ばかりで、しかも立っている場所が、王族と同じとなると軽い吐き気さえ催してくる。

この時初めてライオネルの『御身代』、アントニオを目にした。


 式典は、国王陛下の臣下への労いのお言葉の後に、この一年で功績のあった者への、褒賞や爵位の授与式が執り行われた。

授与式の後、国王陛下のお言葉が述べられ閉幕。


 その後、城門へ移動し『国民参賀の式』が行われる。王族が城門の上部の回廊へ出て、集まった民衆へ姿を見せるというものだ。


それを東、南、西、北それぞれの城門へ移動し、笑顔で民衆へ手を振る。

ライオネルとエリザベートは回廊まで登って来てはいるが、民衆の前には姿を現さない。代わりに『御身代』のアントニオとマリエッタが、民衆の前へ出て笑顔で手を振る。


 国王と王妃には『御身代』はいないため、嘘偽りのない姿を民衆へ見せている。

隣国にいる大聖女から『守りの祝福』を受けているため『御身代』はいなくともその身は安全だった。

『守りの祝福』とは、大聖女のみが扱える、あらゆる危険からその身を守る能力で、諸外国も含め国の元首とその妻のみが授けてもらうことのできるものである。

そして第二王子のセドリックはまだ幼いため、参加しない。


 『国民参賀の式』が終わると、ようやく休憩が取れた。軽い食事休憩をして、湯浴みをし、祝賀会用のドレスに着がえ、髪を整える。

祝賀会用のドレスは白地に赤のレースをあしらい、金糸の刺繍が施された可愛らしくもあり、高貴な雰囲気のある物だった。


 祝賀会の会場には、鼓笛隊の演奏を合図に国王を先頭に入場し、マリエッタはエリザベートの後ろに付いて入場した。


 宰相の乾杯の音頭の後、和やかなムードで祝賀会が始まった。


祝賀会会場の音楽団に、父親のフランツの姿を見つけると、マリエッタの顔から思わず笑みがこぼれる。


「何ニヤニヤ笑っているんだ?」


声をかけて来たのはライオネル王子だった。


「ニヤニヤだなんてっ。ただ、あたしの父が音楽団で指揮をしてたので、嬉しかったのです。」


「この前は話を聞かせてくれて助かったよ。」


応接室で、植物学者のギルバート・モリアーティ氏に品種改良についての話をした事を言っているのだろう。


「いえ、お役に立ててよかったです。」


ライオネルとマリエッタが気心の知れた様子で話しているのを見て、エリザベートが話しかけた。


「あら?兄上とマリーは知り合いでしたの?」


「ああ、中庭の花壇で見かけてな。話をするようになったんだ。マリエッタ嬢は、母上の誕生日会で紹介されるまで、俺の事をただの庭師だと思い込んでいたぞ。」


「では、母上のお誕生日会の時に、ただの庭師がライ兄上だと気が付いたのね。びっくりしたのではなくて?」


「はい。本当にびっくりしました。不敬罪に問われるって本気で悩みました。」


「あの後、マリエッタ嬢と会った時、

『本日はお日柄も良くご機嫌麗しくこれまでの不敬をお許しいただけたら大変ごめんなさい!』

って謝られたんだ。」


「ふ、ふふふ。慌てっぷりが凄いわね。」


「うぅ。やめてください。とにかく謝らなくちゃって思ったんです。」


マリエッタが二人にからかわれていると、ライオネルの直ぐ後ろに立つ人物に声をかけられた。


「僕もたまにライ殿下の手伝いで中庭へ行くよ。」


ライオネルの『御身代』であるアントニオだった。


「僕はアントニオ。僕の事は庭師だと勘違いしても不敬罪にはならないから安心して。」


「マリエッタです。アントニオ様までいじわるです。」


そう言うと楽しそうに三人は笑った。


「ずいぶんと楽しそうだね。」


そこへ一人の少年がやってきた。


「リカルド!来てたのか。」


リカルドは、このナディール王国の宰相を務める、レンブラン・ランチェスター公爵の次男だ。

ミルクティー色の髪に、ヘーゼルナッツ色の瞳、まだ十一歳でありながら、微笑みに色気を漂わせるイケメンであった。


「お父様に頼み込んだんだ。」


そう答えながら、リカルドはエリザベートの前に跪くと、手を取り指先へ口づけをした。


「エリー姫、今日も可憐でお美しい。」


「ありがとう。レディとして扱ってくれるのね。」


「エリー姫は小さな頃からレディだったよ。いたずら好きを除けばね。

こっちのお姫様にも挨拶させてくれるかい?」


リカルドはマリエッタの方を向くと、再度跪き、マリエッタの手を取ると指先に口づけをした。


「リカルド・ランチェスターです。以後お見知りおきを。」


「マ、マリエッタ・シューツェントです。こ、こちらこそよろしくお願いします。」


マリエッタはこんなレディとしての扱いを受けた事がないため戸惑った。


「一曲踊っていただけますか?」


「あの、初めてで・・・。」


「僕らは社交デビュー前の子供だから、適当に踊っても大丈夫だよ。」


そう言うとリカルドはマリエッタの手を取り、少々強引に踊り始めた。

マリエッタも授業でダンスも習っているので一応踊れない事もないが、誘われる事も、踊る事も初めてだった。


「うまいじゃないか。」


「ありがとうございます。」


「ライから聞いたけど、妖精が見えるんだって?凄いね。」


「ヨーセーの事ですか?その、逆に・・・見えない人がいるのですか?」


「え?!」


「え?!」


ヨーセー、ヨーセー、ヨウセイ、ようせい、妖精、妖精?!

まさかの妖精?!

え?!え?!妖精って、手のひらに乗るようなちっちゃな女の子で、背中に羽が生えてて、飛ぶと光る粉を振りまくようなものを妖精って言うんじゃないの?

あれは妖精って言うより、空飛ぶマリモだよね。


「ライオネル王子も確か見えるのでは・・・。」


「王家は、古く辿ると大聖女の血を引く血筋なんだ。建国当初と、およそ二百年前かな?

大聖女が嫁いでいる。

その影響で、聖力を少しでも持った者が男女問わず生まれやすいんだ。ライは、ぼんやりと白く妖精を捉える事ができる程度だよ。僕も王家の血は少し流れている。

そのおかげか、五才くらいまでは妖精のことを、ライと同じように見えていたんだよ。今では何も見えないけどね。」


「そう・・・ですか・・・。」


今まで見てきたマリモが、実は妖精だったという事の衝撃で、変な汗は出てくるし、まともに頭が働かない。


「クスッ。君、面白いね。僕、君のこと興味持ったよ。また会おうね。」


一曲踊り終えると、リカルドは何処かへ消えて行った。


 建国記念の祝賀会は、成人前の者は早めに退場する。マリエッタ達も一時間ほどで会場を後にした。

自室に戻るとマリエッタは軽く食事を取り、湯浴みを済ませ、早々にベッドに入る。


七才の女の子には御身代のお役目は負担が大きかったのだろう。

あまりの疲労でマリエッタは熱を出し、三日寝込む事になった。

初めての公式行事への参加で緊張したエリザベートも一日寝込んだ。

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