第14話 騎士の怪我①
マリエッタが王城で生活するようになってから五年の歳月が過ぎた。
『御身代』としての任務も慣れてきて、気を引き締める時と緩める時の使い分けができるようになっていた。
慣れてきて分かるようになった事だが、王家は『御身代』をただの人型の盾として扱う事は無かった。
マリエッタの食の好みを取り入れたり、欲しい本などあれば買い与え、会いたい人がいればサロンと紅茶や菓子を提供し、護衛も昼夜問わず付けて危険が無いよう配慮してくれた。
ただひとつ不満があるとすれば、人間関係が、非常に限られている事ぐらいだった。
王妃に連れられて、お茶会に出向くようになったエリザベートは交友関係を広げていた。
そんなエリザベートとは反対に、隠された存在のマリエッタにとって、同じ年頃の話し相手はエリザベートしかおらず、王城の外の出来事に疎くなるばかりだった。
そんな『御身代』としては順調でもあり、少しの不満を抱えた日々を過ごしていた、ある日のことだった。
その日は、朝から訓練場で護身の短剣術を稽古している時だった。
訓練場の隣にある大訓練場の方から、騒がしい声が聞こえた。
「早くっ!先生を呼べっ!」
「今日の午前は回診ですっ!」
「くそっ!よりによってこんな時に!」
「神殿の方へ至急、上聖女の治癒を施して貰えるよう、早馬を出せっ!」
訓練中の騎士が怪我をしたようだ。
物々しい雰囲気に気を取られていたら、エリザベートに腕を引かれた。
「マリー!行くわよっ!」
「えっ?!」
エリザベートに腕を引かれて、大訓練場へ行くと、一人の騎士が腕を押さえながらうずくまり、隊長と思われる男性に支えられていた。
負傷を負った騎士は、三十代くらいだろうか?左肩から左上腕にかけて抉るような傷を負い、大量の血を流していた。
あまりの苦痛に顔を歪め、呻き声を上げている。
騎士の側には剣先が折れ、血の付いた模擬刀が転がっていた。
どうやら訓練中に模擬刀が折れ、その拍子に剣の軌道がずれ、左肩から左上腕を抉るように傷を負ったらしい。
「お、王女様っ!ここは、王女様たちがいらっしゃるような場所ではございませんっ!」
一人の若い騎士が立ちはだかった。
「私は治癒の能力があります。
完全治癒は難しくとも、止血くらいはできるでしょう。
そこを通しなさい。」
エリザベートがそう言うと、騎士は後ずさりするように道を開けた。
負傷した騎士に近寄り、膝を折ると、エリザベートは、支えている男性に声をかける。
「急を要するのでしょう。
私の治癒の能力で何処まで治せるかは分かりません。
しかし止血くらいにはなるでしょう。
シャツを裂いて傷口を見せて貰えますか?」
「は、はい。ご協力、感謝致します。」
負傷した騎士を支えている男性は、急ぎ血まみれになったシャツの裂かれている部分に手を掛け、力を込めて大きく裂いた。
露わになった傷口は、血が止まる事無く流れ、肉は抉れ、骨らしき白い物までも見えた。
マリエッタは思わず目を背けた。
今まで生きてきて流血するような場面を見たことがない。
エリザベートにとっても目を覆いたくなるような怪我のはずだった。
それでもエリザベートは気丈にも傷口を見据え、手を組み、祈りの言葉を唱え始める。
『我らが唯一神で在らせられる女神
セディア神よ
我は御前で忠誠を誓う者なり
この清く穢れなき魂を以て祈り奉る我に
神の加護と治癒の御力を賜らん』
するとエリザベートの手が淡く光り始めた。
エリザベートは淡く光る手のひらを傷口へかざす。
徐々に溢れ流れる血の量が減ってきた。
負傷した騎士が、痛みに悶えるように身動きをする。
「マリー!押さえて!」
「はい!」
王女が頑張っているんだ。自分だって目を背けたりせず、助けになりたい。
マリエッタはエリザベートが手をかざしやすいように、騎士の肩と腕を押さえる。
ほんの少しずつ、流血が治まってくる。
エリー!頑張って!あともう少しで血が止まる!
エリー!頑張れ!
血よ止まれ!治れ!治れ!傷よ塞がれ!!
マリエッタは心の中でエリザベートを応援し、騎士の傷が治る事を願った。
エリザベートは苦しそうな表情を浮かべながらも、聖力を注ぎ続ける。
すると、目で見ても分かる早さで、流血は止まり、抉れた肉は塞がれ、膜が張るように皮膚が生成されていく。
エリー凄い!さすがです!
あとちょっと!治れ!治れ!
マリエッタは一生懸命応援した。
生成された皮膚が、周りの皮膚と変わりがなくなるのを見届けると、エリザベートは深い溜息と共に、かざした手を戻した。
エリーは本当に凄い王女様だわ!
あんな酷い傷口にも怯む事無く、一介の騎士の為に全力を尽くし、完全治癒するだなんて!
何て強く、優しく、美しい王女なの!
ああ!わたし、自分の事が恥ずかしくなるわ。
エリザベート王女様!まるで女神のようだわ!
マリエッタが感動で打ち震えていると、その場に居合わせた騎士達から歓声が上がる。
「「「「「おおー!!」」」」」
「完全治癒だ!」
「ここまでの聖女様は滅多に居られんぞ!」
「凄い!初めて見た!」
その場に居合わせた騎士達は口々に、エリザベートを褒め称えた。
エリザベートとマリエッタが腰を上げると、騎士達が一斉に跪き、頭を下げる。
「王女様!誠に、誠にありがとうございます。このご恩は一生忘れません。」
負傷していた騎士が跪き、頭を下げた姿勢で礼を述べた。
「国に尽くす其方達の為になったのなら幸いです。念のため傷口は医師に診て貰いなさい。」
エリザベートは疲労した様子でありながらも、騎士を思いやる。
「ありがとうございます。助けていただいたご恩を胸に、命尽きるまで、この国と王女様に忠誠を誓います。」
「その誓い、しかと見届けましょう。」
「はっ!」
マリエッタはよろめくエリザベートを支えるよう腕を取り、跪く騎士達を横目に大訓練場を後にした。
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