第9話 ピアノリサイタル

 翌日、最後の授業でもある音楽の授業が終わった。


退室しようとするマーガレットを見ると、口の動きだけで「がんばって。」と言っている。


それを見たマリエッタは気合いを入れ直し、急ぎエリザベートのための椅子を用意する。


「エリーはこちらにおかけ下さい。」


「ありがとう。」


エリザベートが椅子に座ったのを確認すると、母親であるマーガレットが起こしてくれた譜面を譜面台へ置く。

そしてピアノの前に立ち、深呼吸をひとつする。


「エリー。お誕生日おめでとうございます。

今日は、エリーのためにピアノを弾きます。

どうぞ、聞いて下さい。」


スカートの裾を軽くつまむと、正面のエリザベートを見て礼をした。


エリザベートはマリエッタの礼に合わせて拍手を送る。エリザベートの側仕えのジェシカも、マリエッタの側仕えのメリッサも拍手を送った。


マリエッタはピアノの前に座り、一呼吸置き、今にも弾くよ?弾いちゃうよ?と言わんばかりのためを作る。


前奏はちょっと大人っぽい、しっとりとした曲調だ。


そこから転調し、エリザベートが作曲した曲を主旋律に、弾むような伴奏を加える。


曲の終わりにアレンジを加え、最後のフレーズは繰り返した。


最後の一音で、指がなかなか鍵盤から離れないという妙なためを作った後、椅子から立ち上がり、礼をした。


エリザベートとジェシカと、メリッサから、惜しみない拍手が送られる。


会場中の観客からの拍手喝采受けると、マリエッタはありがとう、ありがとう。とやり切った感のある笑顔で、架空の左の二階席へ手を掲げ、礼をする。

次に架空の右の二階席へ手を掲げ、礼をする。

最後に正面のエリザベートへ両手を広げ、軽くハグをすると、礼をした。


「マリー!!あなたって最高ね!!わたしが作曲した作品がこんなにも素晴らしくなるなんて!!」


「ありがとうございます。喜んで貰えて嬉しいです。」


エリザベートは目を輝かせ、頬は紅潮し、いつもより興奮した様子で早口になっていた。

マリエッタはこのプレゼントが成功したと確信した。


 何の指示がなくとも、ジェシカとメリッサが丸テーブルを運び込み、手際よく苺のショートケーキと紅茶を準備した。


二人きりのちょっとしたティータイムが始まると、マリエッタは姿勢を正し譜面をエリザベートへ差し出した。


「どうぞ、受け取って下さい。」


「あら、受け取れないわ。

だって、わたしがこれを歌うときは、マリーが伴奏するのよ。」


「へぇっ?」


「だってわたしとあなたは、最高の相棒よ。

わたしが作曲してマリーが編曲する、

わたしが歌ってマリーが伴奏する。

ね?完璧じゃない?

エリーとマリーは最高で完璧なのよ!」


『エリーとマリーは最高で完璧』そんなことを王女に言われてしまっては、マリエッタだって悪い気はしない。


「うふふ。エリーとマリーは最高で完璧・・・。」


「そうだわ。マリーにお願いがあるの。ひと月後に母上のお誕生日があるの。母上のための曲作りを、マリーも手伝っていただけないかしら?」


「もちろんです!手伝わせて下さい!」


マリエッタは即答した。エリザベートさえいれば何も恐くないし何でも出来る。そんな気がしていた。


普通に考えれば、国王妃へ捧げる曲に携わるとなると恐れ多くて萎縮してしまいそうなものを。


「・・・それと、もう一つ。

マリーに聞いて欲しい事があるの。」


エリザベートは先ほどまでの楽しそうな表情から一転して、少々緊張した表情をした。


それを見て、マリエッタも佇まいを正す。


最近のエリザベートは、何かを考え込む事が多かったので、その事に関係する心情を語るのではないかと察した。


エリザベートは部屋の隅に控えていた、ジェシカとメリッサに目線を向けると、「二人きりにさせて欲しいの。」と言い退室を促した。


そしてジェシカとメリッサが退室するのを確認し、紅茶を一口含むと、意を決したように言葉を紡ぎ出した。


「わたし、最近・・・いいえ。ずっと前から考えていた事があるの。」


「はい。」


「わたしがこの国の王女として、この国のために何ができるかを・・・。」


「・・・。」


「兄上は、将来国を担う者として、どうしたら国が豊かになるかを考えているわ。そして、今は農作物の収穫量が、如何にしたら増えるかを考えてる。」


「・・・。」


「そして先日、『聖女の判定』で、わたしに治癒の能力があることが分かった・・・。

わたし、女神から与えられた使命だと感じたの。」


「使命・・・ですか?」


「そう、使命よ。この力を国のために使いなさいという。わたし、聖女となって、この国のために戦って負傷した騎士や兵士を癒やして行きたいの・・・。」


「エリー・・・。」


マリエッタは、エリザベートという女の子は、王女としてこんなにも国のためを思っていたのかと驚き、そして尊敬の念を抱いた。それと同時にこの王女を支えていきたいという思いも。


「そしてわたしが聖女として人々を癒やしている時、隣にはマリーがいて欲しいの。

マリーがいてくれたら何処へ行っても怖くないし、勇気が湧くわ。」


エリザベートはマリエッタを真っ直ぐ見つめる。


「マリー、わたしと一緒に聖女にならない?

いいえ。命令してでも側にいて欲しいの。

────あなた、わたしと一緒に聖女を目指しなさい。」


エリザベートは真剣だった。そしてそこまで言われては臣下冥利に尽きるというもの。

マリエッタには迷いはなかった。


「はい。何処までも付いて行きます。エリザベート様!」

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