第3話 心の整理
目を覚ますと、そこはあたしのために用意されたひらひらきらきらの部屋で、天蓋付きのベッドの中だった。
後頭部がズキズキと痛い。触るとぷっくりとタンコブができていた。
「目を覚ましたわね・・・。」
声の聞こえる方を振り向くと、エリザベート王女様が申し訳無さそうな顔をしてベッド脇に椅子を寄せて座っていた。
「エリザベート王女様・・・。」
「悪かったわ。椅子の脚が直ぐ折れる細工をしたの、わたしなの。
学友として来る令嬢が緊張してるんじゃないかと思って。ちょっと緊張を解してあげようと思ったのよ。」
いやいや、そんなんで緊張は解れないだろ。
むしろいじめだ。
「ご心配してくださって、ありがとうございます。大丈夫です。ここんところにタンコブができただけです。」
「タンコブ?どこに?」
「あ、ここです。」
エリザベート王女様に後頭部を見せ、ぷっくりと膨らんだ場所を撫でて見せる。
王女様は手を伸ばし、そっと撫でてきた。
「ぷっ・・・。ふふふっ・・・。ほんとだわ、膨らんでる。初めてタンコブなんて触ったわ。」
原因を作った人が嬉しそうに笑ってる。
「あんまりですぅ。本当に痛いんですからぁ。」
「悪かったわ。ちょっと面白くて。ルーシィ先生からもたっぷり怒られたわ。これでも反省しているの。二度と椅子に細工はしないと誓うわ。」
ちょっと待って。椅子以外なら細工するつもりか。つい、疑いの目で見てしまった。
「むぅ、椅子だけですか?」
「ふふふ。あなた、面白いのね。
決めたわ。これからは、わたしのことエリーと呼んでちょうだい。
わたしはあなたのことマリーと呼ぶわ。
エリーとマリーよ!」
エリーは嬉しそうに言った。
「不敬にならないですか?」
「マリーだって、なぜマリーが学友に選ばれたのか分かっているのでしょ?
一見、どちらが王女か分からない振る舞いはいい事だと思うわ。
周りの者も分かっているから、何も言って来ないわよ。」
エリーは悪戯っぽく笑ってる。見た目美少女なのに性格は『おしとやか』から程遠い。
痛い目にはあったけど、おかげで緊張が解れた。
「はい、分かりました。エリー。」
「今日は大事を取って、お勉強は明日からになったの。ゆっくり寝てちょうだい。わたしはこれで失礼するわ。」
そう言ってエリーは椅子から立ち上がった。
あたしもベッドから起き上がろうとすると「そのままでいいわ。」と断られたので、ベッドの中から見送った。
「ふぅ。」
メリッサもいない、一人きりの部屋で深く息を吐く。
今日は色んな事があり過ぎて、頭の中がごちゃごちゃしている。
あたしがエリザベート王女様の『学友』と選ばれたのは、同じ年齢、同じ髪色、同じ瞳の色だったからなのね。
そして本当の役割は『御身代』。
それをお父様とお母様は始めから知ってたんだ。
・・・だから昨日の夕食はあたしの大好きなご馳走ばかり食べさせてくれたのね。
昨夜のいつもと違うお父様とお母様の様子にようやく合点がいって、今更ながらまたじわりと涙がにじむ。
『御身代』になるという事は、あたしの人生も、そしてあたしの命もエリザベート王女様のためにあるということ。
将来に夢を持ったりしちゃダメだよね。お母様と同じピアニストになる夢も、結婚して、お嫁さんになる夢を見ることもダメだよね。
よく考えると、与えられた自室が王女と同じ設えなのも何とも怖い事だった。
それが意味するのは、就寝している時、就寝してなくても自室にいる時に襲来される可能性もあるという事に気が付かされた。
エリザベート王女様はかなり気さくな方だし(悪戯好きなところは問題だけど。)、心から仲良くなろうと思ってくれているのを感じた。
それだけが救いだった。
そしてエリザベート王女様の悪戯のおかげで、前世を思い出したりもした。
新潟の米農家に生まれた、民謡を祖母から教わっている女子高生だった。前世の記憶を、なぜ思い出したのか全く分からないし、何かの役に立つとか全く思えない。
でも、懐かしくて楽しい記憶だったから思い出のひとつとして胸の奥にしまっておく。
いつまでこの生活が続くのか分かんないけど、エリーと仲良く、楽しく、『御身代』として頑張って行こう。
そんなことを何度も繰り返し、反芻するように考えていたら、うとうとと眠りに落ちてしまった。
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