第2話 分かってしまった
マリエッタの一歩前に立つメリッサが扉をノックをする。
「マリエッタ・シューツェント様をお連れ致しました。」
扉の向こうにいる部屋の主から「どうぞ。」と返ってくる。
その鈴を転がすような可愛らしい少女の声に緊張が高ぶる。
き、気持ち悪いよ。今にもオェッってしちゃいそう。帰りたい。『学友』とか言ってるけど、何かが違うし・・・。
余りの緊張のため嘔吐きそうになるのを、なんとか抑えているとメリッサが扉を開いた。
マリエッタが室内に入ると、そこには二人の人物がいた。
黒板の前には、眼鏡をかけた中年の女性が立っていた。教育係の講師であろう。
そして黒板に向かって並ぶ二台の書き物机の、一台の側に立つ人物に目線を向ける。そこには一人の美少女がいた。
マリエッタは思わずその少女に見入ってしまい、その姿に驚愕する。
マリエッタと同じ年頃、
同じブロンドの髪、
同じエメラルド色の瞳、
同じドレス、
同じ髪型。
顔だけはあまり似ていない。
その少女の瞳は人形のように大きく、睫毛が長い。綺麗に通った鼻筋、サクランボのような唇。まさに美少女然とした顔立ちだった。
それに比べマリエッタは、丸顔で少し垂れ目のたぬき顔だ。近くでは別人だと分かるが、少し遠目で見ればそっくりな容姿だった。
マリエッタはなぜ自分が『学友』に選ばれたのかようやく理解した。
あたし、エリザベート王女様の『御身代』なんだね。危ない事が起こった時にあたしが庇ってあげなくちゃいけないんだ。
だから・・・昨日はお父様もお母様もいつもと違ったんだ。
この国には、『御身代』という役割の者がいる。
王族と似た者を側に置き、隠された存在とまでにはならないが表立っての行動はできず、共に行動し、暗殺や襲来の危険時には盾になり、時には代わりに民衆の前へその姿を晒したりもする。
マリエッタの顔色は血の気が引き、今にも泣いてしまいそうなのをこらえながらカテーシーで挨拶をする。どう頑張っても微笑む事だけはできなかった。
「お、お初にお目にかかります。シューツェント男爵家の長女、マリエッタと申します。この度は王女殿下の学友に選ばれました事を誠に栄誉な事と存じます。」
どうにかこうにか母親から教わった通りに挨拶ができた。
「ありがとう。わたくしがこの国の王女、エリザベート・ナディールよ。あなたと楽しくお勉強していきたいわ。」
「私がエリザベート王女とマリエッタさんの教育係を仕りますルーシィ・ヴァージニアです。どうぞ席におかけになって。早速始めましょう。」
教育係のルーシィ・ヴァージニアは現国王の従姉にあたり、公爵家の生まれで未だ独身の女性だ。
これまで数多くの王族の女性や、妃として嫁いで来る女性の教育係として実績があり、王族の信頼も厚い。
マリエッタはメリッサに椅子を引いてもらい腰を掛け、姿勢を正す。
心の整理がつかないものの、ここまで来てしまったからには泣いて逃げるわけにはいかなかった。
動揺する心を抑えて正面に立つルーシィの方を向いた時だった。
足元からパキ、パキッと不自然な音が聞こえた。何の音だ?と思うと同時に、目の前のルーシィが視界から外れる。天井が見える。世界が回る。驚いたメリッサの顔が逆さに見えた。
ドスンッ!
背中と後頭部に衝撃を感じ、意識を手放した。
な、なんであたしがこんな目に合うの?
マリエッタは一粒だけ泣いた。
✳
あたしは気絶したまま、あたしの意識だけはふわふわとどこかを漂っている。すると懐かしい風景が見えた。
これは・・・初夏の田園風景。
田植え前で水を張ったばかりだ。
あ、あれは田植え機だ。じっちゃが田植え機を運転してる。
田んぼの隅の田植え機が入らない場所に手で田植えをしているのはお母さんだ。
あのあぜ道を苗箱持って運んでいるのは高校生の頃のあたしだ。
あれ?なぜ、あたしはあの苗箱を持っている女の子を自分だと思ったのだろう?
今度は家族みんなでおにぎり食べてる。毎年、新米で炊いたお米でおにぎり食べるの好きだったなぁ。いつもじっちゃは「魚沼産のコシヒカリは最高だ。」って言っていたっけ。
あ、ばっちゃだ。三味線持ってる。あたしはばっちゃの三味線に合わせて小出小唄を唄ってる。ああ、そうだ、ばっちゃは民謡のお師匠さんであたしはよくお稽古つけてもらってたんだ・・・。
─────これ、あたしの前世だ。
流れる映像は、するすると前世の記憶を甦らせる。
前世は新潟で米農家の娘として生きていた。勉強より、田んぼの手伝いと民謡のお稽古を頑張っていた。民謡はなかなかの実力で、全国民謡コンクールで全国大会で唄ってる。N○Kラジオ放送で放送された時は近所でスターにもなった。短かかったけど、充実した人生だった。
今は全く違う世界に生まれ変わった。音楽一家の男爵家の令嬢として、大切に七才まで育てて貰った。将来はお母様みたいに宮廷ピアニストになるのが夢だった。
でも、もうその夢を見るのはお終いだ。あたしは王女様をお守りしなくちゃいけないから、いざというときのために命を捨てる覚悟でいなきゃいけない。
いつ『御身代』の任を解いて貰えるかも分からない。夢なんて見ていられる立場ではない。
そう悟ったとき、意識は現実に引き戻され、後頭部にズキズキと痛みを感じ目を覚ました。
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