第4話 初日
翌朝、少し早めに学習室へ移動した。
疑うつもりはないけど、椅子の脚を念入りにチェックする。異常なし!
しばらくすると、エリザベート王女様が入室してきた。
「おはようございます。エリー。」
「おはよう、マリー。もう大丈夫ですの?」
「はい。タンコブもしぼんでしまいました。」
ニコッと微笑んで見せるとエリーも嬉しそうにニコッと笑った。
「よかったわ。
わたし、マリーのためにお詫びの歌を作って来たの。聞いて下さるかしら?」
歌?お詫びのために歌を歌ってもらえるなんて初めてだ。なんだか面白そうだ。
「わあ。聞きたいです!」
エリーはエヘンと咳払いをしながら黒板の前に立つ。
そして大きく深呼吸した後、歌い出した。
「♪始めてあなたと出会ったあの春の日
はんはんはん」
はんはんはん?って何だ?それに出会ったのは昨日だ。
「♪あなたは突然椅子ごとひっくり返ったの
OHイエー」
誰のせいよ。それに楽しそうにOHイエーはおかしいと思う。
「♪誰なのあなたを傷つけるのは フー」
エリーです。それに恍惚の表情でフーは止めて。
「♪お願い生き返って
かわいい笑顔を見せて OHイエー」
死んでませんから。
「♪これからはどうぞよろしくね フー イエー」
フーとイエーが好きなのだろうか?多用してるけど。
ツッコミたいところはたくさんあるけど、あたしは笑顔で拍手を送った。
「素敵なお歌をありがとうございます。」
「喜んで貰えてよかったわ。わたし、歌を作って歌うのが得意なのよ。」
得意なのか・・・。へぇ・・・。
「それと、些細な物だけどわたしのお気に入りを一つ差し上げるわ。おまけよ。」
そう言うと、エリーの側仕えのジェシカが、両手の手のひらに収まるくらいの小箱を差し出した。
ちょっと待って。この大きさの小箱って怪しい。何かが飛び出すんじゃないの?
警戒しているのが顔に出てしまったのだろうか?
「何よ。カエルなんて飛び出さないから安心して。」
カエルを仕込もうと考えてたな。
疑う気持ちは晴れないけれど、小箱を受け取った。
「ありがとうございます。開けてみてもいいですか?」
「ええ。どうぞ。」
ジェシカから小箱を受け取ると、意を決して蓋を開けた。
すると、小箱からビヨーンと茶色い物が飛び出した。
思わず「ひっ!」と声が漏れ出す。
床に転がった茶色い物を慌てて拾うと、それは小さなくまのぬいぐるみだった。
ぬいぐるみのかわいさに強張っていた顔がだんだん緩む。
「かわいい・・・・。ありがとうございます。とっても嬉しいです。」
「おまけの方が嬉しそうね。まぁ、いいわ。」
エリーがあたしを歓迎してくれているのが伝わった。嬉しくてじんわりと目が潤んでくる。ちょっと変わってるけど、いい人でよかった。
すると、タイミングを見計らった様に、ルーシィ先生が入室した。
「おはようございます。さあ、着席なさって。」
「「おはようございます。」」
「マリエッタさんはもう大丈夫かしら?」
「はい。大丈夫です。」
「そう。それでは始めます───。」
✳
授業の内容は一般教養、文学、歴史、語学、マナー、帝王学、音楽、聖女学、そして体力作りと護身のための剣技となっている。
帝王学の授業だけは、王族以外の者に受けさせる訳にはいかないとのことでマリエッタは自由時間となった。
王族特有の学問として、『帝王学』の他に『聖女学』がある。
聖女の存在は国の繁栄にも大きく影響するため、国としても独自に研究や記録がされていた。
神殿でも同じ様な研究や記録がある。そのため秘匿性が高くないと判断され、マリエッタも一緒に学ぶ事が許された。
この世界は女神信仰に厚く、この世界を司るセディア神を崇拝している。そして前世でいう修道女に似た存在で聖女がおり、神事や宗教活動を行っている。
前世で言う修道女との違いは、結婚できるということだった。それによりこの国では、結婚前の貴族階級や平民でも富裕層の令嬢が、半年から長くても三年ほど、ボランティアで聖女活動をするのが当たり前となりつつあった。
あたしも将来、この『御身代』の任が解かれたら、聖女でもやってみよっかな。
マリエッタはそんなことを考えながら、早速始まった一般教養の授業に耳を傾けた。
一教科およそ一時間の授業で十分間の休憩を挟む。ここでの授業はマリエッタの前世の七歳児の教育よりレベルが高かった。
前世の記憶があるおかげなのか、マリエッタはついては行けるが、前世の記憶など持ち合わせていないエリザベートはかなり優秀だった。
昼の休憩はおよそ一時間。側仕えのメリッサとジェシカが小さな丸テーブルと軽食の乗ったワゴンを学習室へ運び込んだ。
サンドイッチやパンケーキ、スコーンやクッキー。
何を口にするにしても、マリエッタが先に一口食べると、その後エリザベートが口にする。マリエッタはその意味については深く考えるのを止めた。
午後からは音楽の授業だった。ルーシィは主に座学とマナーの担当なので、別の講師が担当する。
学習室へ入って来た三名の講師を見て、マリエッタは本当に驚いた。
自分の父親であるフランツが、母親であるマーガレットと、宮廷音楽団の楽師であるシンディー・トンプソン氏を連れて入室したからだ。
お父様!お母様!
思わず声をあげそうになったが、マーガレットが人差し指を立てて口もとへ当てる仕草をしたので、マリエッタは何とか思い留まった。
マーガレットが歌のレッスンとマリエッタのピアノを担当し、もう一人の楽師、シンディーがエリザベートのフルートを担当する。
宮廷音楽団の団長でもあるフランツは挨拶のために顔を出しただけで、講師ではなかった。
だが、マリエッタの事を心配してか、今後ともたまに様子を見に訪れるとのことだった。
嬉しい!
お父様とお母様が会いに来てくれた!
不安とか飛んでなくなったわ!
その日のマリエッタは楽しい気持ちで音楽の授業を受けた。
歌のレッスンでは、聖女が歌う聖歌をレッスンする。マリエッタは腹式呼吸が出来ていると褒められた。しかしところどころで変なビブラートを入れてしまい注意される。
いけない、いけない。前世の影響でこぶしを入れちゃった。
マリエッタはこぶしを入れない様、注意しながら歌った。
楽器のレッスンではピアノとフルートの同時レッスンだった。やりにくさを感じたが慣れるしかなかった。
エリザベートも幼い頃からフルートをやっていたようで、なかなかの腕前であった。
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