最終話 螺旋の調べ

 「こ…これは…。ふむ…?もしかすると…」

 一同が言葉を失い目の前に出現した石を見つめる中、里長は何か思い当たったようだった。

 「双方の心臓を見る限り、契約はまだ解除されておらんようじゃ。召竜士が死してなお解除されないケースは聞いたことがなかったが、心臓同士を強く結ぶ特殊な契約だったことが要因かも知れぬのお。このような場合にどうすれば契約を解き放つことができるのか…。」

 ぶつぶつと思いついたことを呟きながら里長は考えを進める。

 『うむ。ワシにも分からんが、駄目元でワシの心臓の紋章と、その心臓の紋章を重ねてみよ。』

 「はいはい。こうかしら。」

 竜からの指示があったのか、彼女が手に持った石の向きを変え、紋章部分を浮遊している石に向けて近づけていく。近づくにつれてお互いの石が光りはじめ、浮遊していた石の回転が止まり、紋章同士がくっついたかと思われた瞬間、砕け散った光と共に双方の石は消えてなくなっていた。

 「ええっ…!これで…良かったのか?」

 アルドの問いに答えられる者はおらず、困惑と沈黙が暫く続いた。

 「…せいせいしたわ。あの石がなくなって。まあ、わたししがここまで汗をかいたのに最後は契約不履行、というのはちょっと頂けませんけど。」

 彼女はそう嘯く。アルドは、なんだかんだ言ってマクミナル博物館からここまで竜の声を聞けたのは(人間では)彼女だけだったし、ここまで一緒に過ごしてきたことから来る一抹の寂しさがあったのだろうなと慮った。そしてふと思いつく。

 「そういえば、ここは召竜士の里なんだろ?竜…呼べるんじゃないのか?」

 「ほうほう。お客人、そう言われればそうじゃったな。やってみる価値はあるのう。」


 里長から手順と祝詞を教えてもらった彼女は、(ある意味彼女の得意分野でもあるため)嬉々として儀式の練習を行っていた。雰囲気を大事にする彼女は、夜、村の広場に円形に篝火を焚いてもらって厳かさを演出し、謎の魔法陣とやらを地面に描いた上(里長はその作業を不思議そうな目で見ていたが)で、円の中心に立ち竜を招く。

 「…古の約定に基づき、我と共に歩まんとする竜よ、出でよ!」

 右手で覆った右眼を赤紫に光らせると共に、祝詞が終わる。

 アルドが(シュゼット、最高にノッてるな…)と遠い目をし、里長が魔力の高まりに恐れおののき、見物していた里人達がゴクリと固唾を呑んだ直後、件の天界の竜が眩い光と共に現界した。


 『ワシを呼び出したのはそなたか…?』

 今回は竜としての姿を見せたためか、天界の竜の声はアルドの耳にも届いていた。

 「そうよ。わたくし、シュゼットがあなたの契約不履行を取り立てるのよ。」

 『すまぬ。具体的に何が起こるかはワシにも分からなかったのじゃ。それにしてもその名…。やはり古よりこうなることは決まっておったのかも知れぬ。』

 『しかしながら、新たに契約を結ぶには、まずそなたの強さを見極める必要がある。これは絶対のルールじゃて。』

 その声と共に彼女と竜は皆の視界から消え去った。正確には篝火の中心が暗黒に包まれ、中が見通せなくなった。どうやら天界の竜が周囲を隔絶する結界か何かを張ったようだった。

 

 彼女は久しぶりに緊張を覚える。ここにはどうやら竜と自分しかいない。当たり前のことだが竜は人の身を遥かに超える巨体であり、獰猛そうな牙を持ち、鋭そうな爪を備えた両腕と、全身は果たして武器が通じるのか怪しい鱗で覆われている。

 しかし彼女は誓ったのだ。自分の…悲しくも人を超えた力に溺れないと。いつもの自分を貫くのだと。そうでなければ、今回もまた自分のせいで迷惑を掛けてしまったアルドや…自分のせいで失われた数々の命に申し訳ないと。

 「受けろ、魔界の毒!魔界の槍撃ィ!」

 「貫け、風精の力!ドラゴンアサルト!」

 彼女は持てる力を振り絞り、効いているのかいないのか手応えが分からない攻撃を無数に繰り出した。気持ちを込めるため、技を出すときに厨二感溢れる詠唱まで付け加えている。どれほど時間が経ったのか分からない。そんな攻撃を続ける中、竜はたまに腕や尾で攻撃を挟んできたが、基本的には受け身であり、じっと彼女を見つめ続けていた。やがて竜は徐に右腕の掌を彼女に向けて言う。

  「あい…分かった。そなた人間にしてはその技・魂、驚くほど強靭なり。契約者として誠に不足なし。」

 「はあ…はあ…当然…ね。それで…あなたと契約するには、どうすれば良いの?」

 「そなたとワシの真名のもとに、契約を結ぶのじゃ。既にそなた、シュゼットの名はワシとの縁がある故、問題ない。そなたはワシに『響く』名前を考え、魔力に乗せてこの世に宣言するのじゃ。」

 「分かったわ。お墓に刻んであったかつての契約者がティラミス…そしてわたくしがシュゼット…。となると、スイーツつながりで…『アマンディーヌ』、それとも『クレーム・シブースト』…?あ、ところであなたはオスなの?」

 「ワシに性別はないが、強いて人間界で言えば、男になるかの…。」

 「そう。性別はあまり意識しなくて良いのね。良かった。それでは、『プリン・ア・ラ・モード』というのはいかがかしら?」

 「なん…じゃと…?」

  天界の竜は震えた。一つは懐かしさで。もう一つは…逃れられないスイーツ縛りの業の深さに。

 「あなたは、冥竜『プリン・ア・ラ・モード』。これからわたくしと恐怖で世界を統べる、相棒なのですわ。」 

 『いやワシ、天界の竜なんじゃがな…』


 篝火の中の結界が解かれ、中から竜と彼女が姿を現した。里長は竜と共にある彼女の神々しい姿を見て喜び、里人達は新たな召竜士の誕生を歓喜の声で祝福した。


 「ミド婆さんのところでシュゼットのクラスが『ドラグナー』だと言われたけど、竜を連れている訳でもないし、ずっと不思議に思っていたんだ。シュゼットは…きっと、生まれた時からこの異界の竜と強い縁があったんだろうな。」

 「そうよ。これが螺旋の呪縛、宿命ということではないかしら。」

 背を向けて胸を張るポーズは、確かにどこかで見たことがあるような気がして、アルドは快哉の声を上げるのだった。                

(おわり)

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