第1話 博物館デート?

 「街の名前がいつどのように付けられたのかは生憎存じ上げないのですわ。しかしながらニルヴァという名はニルヴァーナに通じ、すなわち涅槃、魂の解放につながるのですわ。精霊の生まれ変わりたるわたくしには理解できかねる苦しみですが、墜天せし神の末裔でありながら皮肉にも空に住まうことを余儀なくされている今の人類には、真なる魂の解放が必要なのですわ。」

 なぜかまたアルドは廃道ルート99に呼び出されたのだったが、ゴスロリファッションに身を包み紫色の豊かな髪をツインテールに整えたシュゼットは挨拶も早々に滔々と、途切れなく語り続ける。

 「ニルヴァにはマクミナル博物館なるものが在って、今は休業中のようですがそれはそれは素晴らしい遺物の数々が展示されていると聞いていますわ。もしかすると我が故郷、魔界由来の遺物さえあるのかも知れませんわ。世の中の誰もが分からなくても、このわたくしならば一目見れば、力ある魔眼が全てを見通すのですわ。」

 アルドは(なんだ…いつものヤツか…)と思いつつ、彼女の意向を汲み取ろうとする。

 「つまりシュゼットは…マクミナル博物館に行きたいのか?」


 そういうことでアルド達はマクミナル博物館を訪れたのだった。

 マクミナル博物館の展示物を一つ一つ見つつ、付けられている解説に「そうではありませんわ、きっと…」と異論を唱えたりしながら楽しそうにしていた彼女だったが、どうやら彼女の魔眼が反応するほどの逸品はなかったようだった。そこでアルドは、電子書籍が主体のこの時代に今なお紙に書かれ、あるいは印刷された膨大な蔵書を抱える図書エリアへと彼女を誘う。

 「物理量を持って存在するあまたの書籍と対峙しますと、古代の叡智の重さに圧倒されますわ。ああわたくしの魔眼が疼く(キラーン)。」

 彼女は右手を右眼の上に被せ、右眼を謎の赤紫の光で光らせつつ、いつもの調子で嘯く。アルドは前回同様(一体どうやって光らせてるんだ?)と内心不思議に思いつつ彼女を案内していく。

 彼女は以前の偽書問題にもめげず魔導書の類を探して書架の迷路を歩き回る。中でも時代がかった本やタイトルに闇・楽園・悪魔・天使・妖魔等々癖がある単語が含まれた本に反応はするものの、どうやらここでも琴線に触れる出会いはなかったようだった。考古学マニアは以前「魔導書は専門でない」と言っていたから、ここに魔導書が並んでいないこと自体は不思議でもなかったが。

 「なあ、折角だから地下倉庫も見てみないか?」

 ここまでくればとことん付き合おうと、アルドは彼女を未分類の遺物等が保管されている地下倉庫へ案内することにした。


 「うん…?あれは?」

 地下倉庫では棚に雑然と収集物が並べられ、あるいは布が掛けられ、あるいは箱に入れられ保管されていたが、その中に異彩を放つ代物があることにアルドは気付いた。以前訪れた際には特段意識しなかったが、何やら特徴のある模様が刻まれたそれが意味ありげに思えて仕方がない。

 アルドの目線を辿り「それ」を目にした彼女はその「石」に近づき、眼を赤紫に光らせつつ言う。

 「こ…これは…デモンズ・ハートですわ!アルドここを見て。召喚者に刻み込まれた隷属紋がその証ですわ!たとえ只人には変哲のない石と見えても、わたくしの魔眼にはありありとその禍々しさが見えるのですわ!まさに悪魔を召喚する魔具ですわ!」

 などと言いながら見た目はただの石(但し人為的と思われる模様がある)に手を触れつつ、

 「悪魔よ、目覚めて魔界のプリンセスたるわたくしに従いなさい。」

 …などと叫び出す。もうノリノリである。アルドはここを訪れて良かったな、と温かく見守りながら彼女の興奮が去るのを待っていた。


 しかし、彼女は急に言葉を失い、挙動不審になる。

 「アルド…?今何か言った…?」

 「いや、何も?独り騒いでいたのはシュゼットじゃないか。」

 「そうよね…」

 『そこ…の…娘…』

 「え?」

 『ワシと…』

 「ワシ?」

 『悪魔共とを一緒にするでない!この戯け!』


 「しゃべったー!」

 どうやら、彼女は本当に「当り」を引いたようで、アルドはまたいつもの通り厄介事に巻き込まれることを覚悟したのだった。


  今回は彼女がおかしくなった訳ではなく(大体いつもおかしいが)、実際に石と何らかのコミュニケーションが取れている様子であったため、アルドは引き続き彼女に話をさせるよう促す。

 「シュゼット…その石…?は何て言っているんだ?」

 「自分は悪魔なんかではなく、竜だと言っていますわ。しかも天界の竜だとか言って…どことなく偉そうですわ。」

 『実際ワシは偉いんじゃ-!』

 アルドはひょっとすると古代で見たアノ竜ではないかと思ったりもしたが、その竜は可愛らしい名前を付けられた過去を気にしているかも知れず、とりあえず沈黙を保った。彼女と、かつて竜だった石はまだ話を続けていた。

 『契約者を失って幾星霜。契約者の消滅と共に本来は天界に帰るはずじゃったが…』

 『契約者との特殊な契約の影響でワシの心臓がこちらに残ってしまったようじゃ』

 『寿命のないワシとて動けないままは流石に暇過ぎて困っておる。そこの娘、ワシと縁があるようじゃから一つ手助けせんか?』

 「手助けするか否かお答え差し上げるのは、もう少し詳しくお話しを聞かせて頂いてからですわ。それに…魔界のプリンセスたるわたくしの助力は高くつきましてよ。」

 (シュゼット、セリフと裏腹に顔はやる気満々じゃないか…)とアルドは心の中でツッコミながらも彼女たちの話に決着がつくのを待つ。

 「それで、竜さんはどうしたいのですの?」

 『ワシの心臓がコチラにあるということはあの子の心臓もまた何処かに石となり残っているはずじゃ。それを見つけたい。』

 「それは時空を超えし騎士、アルドなら容易いことね。どうアルド?貴方も手伝ってくれるのよね?」

 急に話を振られたアルドは一瞬困惑したものの、腹を決めて答える。

 「俺にできることなら…手伝うよ。」

 「よろしい。それでこそ我が騎士たるもの。では竜さん、対価は何を頂けるのかしら?魔界を統べる力ぐらいでないと見合わないわよ。」

 『ワシの力を貸そう。そなたが望む時、いつでも。』

 「貴方の力がいかほどかは存じ上げませんが、本物の竜が我が眷属となるのは面白い話かも知れませんわね。分かりました。お手伝い差し上げて良くってよ。」

 (いや、最初からノリノリじゃないか…)とのツッコミは忘れず、アルドも初動をどうするかという協議(と言ってもアルドには竜が何を言っているかは分からないが)に参加するのだった。

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