君からの贈り物

瑠音

君からの贈り物

 リンリンリン………リンリンリン………。


 遠くから聞こえる鈴の音。


 はー、うるさいうるさい。クリスマスなんて無くなれば良いのに。外から聞こえる鈴の音をかき消すようにこたつに潜り込むと、テレビをつける。


 しかし、テレビもクリスマス一色。サンタの衣装を着た、芸能人が楽しそうに話をしている。






「……はぁ」






 そうため息を吐いてから、リモコンに手を伸ばすと、電源を切る。机に顔を伏せると、瞼が重くなる。


 そうよ。このままずーっと深い眠りにつきたい。そして、目を覚まさなければいい。そう、ずっと……。




 そう考えながら、気づかない内に私は意識を手放していた。








***








「ーーおい…………あおい、あおい




「はいっ!?」




 パッと目を覚まし、顔を上げる。ここ……どこ……?


 なんと言い表せば良いのか……お花畑と言えばいいのだろうか?でも、空の色はピンクと黄色の綺麗なグラデーションで、花も見たことのないようなものばかり。


 そのまま、辺りを見渡していると、一人の男の人と目が合う。




「……えっ!? か、和樹かずきっ!?」


「おう。どうした?」




 余裕そうに呟く彼は、不思議そうに首を傾げる。




「どっ……どうした?って……まずここどこなの!?」


「ここか? ……お前の夢の中じゃないか?」


「夢の……中……?」


「ああ」




 言われてみれば、さっき眠りについたような……ついてないような……ハッキリとは分からない。でも、夢の中って事は、とりあえず危険な場所では無いって事だね。空が変に綺麗な色をしてるのも、よく分からない花も、私が夢の中で作り出した物なんだ。


 そう考えると、少し納得がいった。






「それにしても、そんな適当な格好して……今日ってクリスマスじゃねぇのかよ?」






 和樹は、私のその格好を見ると呆れたように呟く。


 私は、ハッとして自分の服を見る。グレーのパーカーに、ジャージ。何か、私の駄目さを物語っているかのような服装だ。




「かっ……和樹には関係ないでしょ!!」


「まあ、そう言われればそうなんだけどさ。もっとクリスマス楽しめば良いのに。一年に一回のイベントだぞ?」


「良いの!! どうせ一緒に過ごすような人もいないし! ……それに、クリスマスは、元々日本のイベントじゃないんだから!!」




 私が、そう叫ぶと和樹は耳を塞ぐ。




「はいはい。分かりましたよー」




 そして、呆れた様子を見せる。私は、そんな和樹をキッと睨むと、べーっと舌を出す。






「……って、あれ?」






 私は、和樹と話しながら妙な違和感を感じる。




「何だよ。落差が激しいな。まあ、葵は昔から変な奴だったけどな」


「変な奴は余計だから!!」




 そう言いながらも、私はうーん……と考え込む。




 そして、和樹に尋ねる。










「ーー和樹って、三か月前に死んだんじゃないの……?」










 一際大きな風が吹いた。咲いている花の花びらが、その風に乗ってたくさん散っていく。その瞬間、空の色も淡い紫色に変わった。






「……そうだよ」






 その一言で、本当に夢の中にいることを実感した。そうだよ。和樹は死んだんだ。三ヶ月前の夜。交通事故で……。彼は、もうこの世に存在しない。存在している筈がない。




「葵」




 そう呼ばれ、抱き締められる。




「ごめんな」




 和樹の謝罪が、胸にグサリと突き刺さる。


 どうして? 何がごめんなの? 和樹は悪くない。悪いのは……相手でしょ? 和樹の未来を奪った、相手の方でしょ?






「……本当にごめん。急にいなくなって」


「……謝らないで……。苦しいから……」


「……うん。ごめん」






 和樹はそう言うと、私から離れる。そして、切なそうに笑う。


 そんな和樹に、私はゆっくりと話をし始めた。






「……何だろう。うまくは言えないけど、最初の一ヶ月は本当に空っぽでさ……何も無くなった。それだけ、私の生活は和樹で満たされてたんだな……って実感したよね。やりたいことも、行きたい所も、言いたいことも……たくさんあった。楽しいことを思い出す前に、後悔ばかりしてて……毎日泣いてた」






 私の言葉に、和樹は何も言わずに、ただ私の目を見つめ続けた。






「そのうち、涙も出なくなって、段々と自分の生活の中から和樹が消えていった。少し前までは、存在してたのに、本当に溶けるようにして、少しずつ消えていくんだよ。……怖くて仕方なかった。いつか、和樹がいないことが当たり前になる日が来るんじゃないか?って思うと……涙よりも恐怖の方が勝ってた」






 私は、ギュッと唇を噛みしめ、拳を握りしめる。




「そんな生活してて良いのかな?って……。和樹は、そんな私を見て、どう思うんだろう?って……。考えたら何も出来なくなって……。ねえ、和樹っ……私っ……もう貴方の所に行ってもーー」




 そこまで言ったところで、私はデコピンをかまされた。




「ーーお前、バカじゃねぇの?」


「……へ?」




 まさかの行動と、言葉に私は拍子抜け。目の前の和樹は、呆れた顔でまた話を始める。






「消えて良いんだよ。てか、消えていくのが当たり前なんだから。それに、葵がずっと悲しんでたら、俺だって後悔ばかりして報われねぇよ。ちょっとは楽しそうに笑えよ。もっと好きなことしろよ。……それで、早くいい人見つけろよ」






「な、何言ってんの!?私は、和樹の事がずっとーーー」




「ーーあと、葵。生きろよ」






 その言葉に、胸がギュッと締め付けられる。言い表せない苦しさに、私の視界がぼやける。




「まだこっちに来るには早すぎるからな。しっかり生きて、色んな経験積んでこいよ。それは、お前が死んだ後にたっぷり聞いてやるから。俺が退屈しないように、色んな事教えろよ。」




 ぼやけた視界は戻らない。何が起きてるの? 涙が溜まっている訳でもなく、段々と和樹の姿が見えなくなる。






「待って、和樹!!」




「むりむり。お前、そろそろ目が覚めるんだろ。何か鈴の音がめちゃくちゃ聞こえるぞ」




「嫌だ!! 起きたくない!! お願い! ずっとこのまま……!!」




「いやー、世はクリスマスだなー。葵、起きてみろ。良いことあるぞ。うん。俺が保証する」




「和樹!! いやっ……行かないでっ……!!」




「ーー葵。愛してるよ」




「和樹!! 私っ……私だって!! ずっとーー」










***












 ーーピンポーン。




 パチッと目が覚める。何か、不思議な夢を見ていた気がする……。




 ーーピンポーン。




 私は、こたつから飛び出すと、乱れた髪を少し整え、玄関へと向かう。ガチャリと扉を開けると、サンタの衣装を着た若い男性。




「あ、荷物が届いてるんでハンコ良いですか?」


「あ、はい!」




 荷物を受けとると、足早にこたつへと向かう。あー……寒い。中に入って、その箱を見つめる。そして、私は目を見開いた。






『差出人 長代和樹』






 えっ?どういうことっ……?


 そう思うよりも先に、自分の手が動いていた。そして、恐る恐る箱を開けると、中には小さな手紙と、高級そうな青い箱。


 その箱を開けて、手紙を見て、久しぶりに涙が溢れた。何これ。止まらないよっ……。




 箱の中で、キラキラと輝くのは綺麗な指輪。そして、小さな手紙には一言。






『結婚しよう』






 ポタポタと涙が、溢れ落ちる。拭うこともままならないまま、溢れ落ちて止まらなかった。




 いつから準備していたのだろうか?和樹が死んでいなければ、ここで一緒にこの箱を開けて、嬉し涙を溢していたのだろう。


 口下手な彼だから、こうやって手紙にしたんだろうけどね。




 私は、指輪をはめるとニコッと微笑む。






「……和樹……メリークリスマス」






 リンリンリン……リンリンリン……。


 鈴の音は、どんどん小さくなっていった。






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君からの贈り物 瑠音 @Ru0n

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