雑貨屋の店員

 間接照明で薄暗い店内を出ると、雪が降っていた。雑貨屋店員の七島は、息を吐いた。吐かれた白い煙が闇に溶ける。靄が晴れるように視界が開けた。クリスマスソングが鳴り響く通りを見つめた。イルミネーションで街灯が装飾されていた。夜道を彩っている。真っ白い雪の粒が、イルミネーションの薄明かりに照らされて、温かく光った。通りを行き交う人々の息遣いが弾んでいる。


 何組もの恋人が手を握り合い、歩いていた。


 クリスマスの景色にひとり、恋人のいない男――七島は、自虐的に笑った。恋人候補がいなかったわけじゃない。幸せなことにも、むこうから歩みよってきた人が何人かいた。そのすべてが実らなかったのは、七島が臆病だったからに過ぎない。もしもこの人と付き合ったら、ほかの素敵な人と付き合えなくなるのではないか。そんな不安が胸に込み上げると、ひとりでいたほうが自由度が高そうな気がする。


 身勝手きわまりない理由だ。そんな言い訳の背後に隠れて、本当は、特別ではない現実の自分と遭遇するのを避けようとする気持ちがあるのかもしれない。七島は、そんな考えを抱いた。誰とも付き合わないままでいれば、自分の恋人としての能力は未知数のままだ。未知数だということは、ハイスペックかもしれない可能性を常に秘めていることを意味する。


 恋人をつくれない時点で、すでにハイスペックではない気もするが。七島は、自分の考えがバカバカしくなってきた。難しく考える必要はない。恋人がいない時点で負け組だ。負け組らしく、負けを認めて歩くことにしよう。


 七島は、ジャケットに両手をつっこんで、芝居がかったと言えるくらいに大袈裟に俯いて、足元を見つめながら歩いた。かわいそうな若者を演じている節があった。雪の粒がコンクリートに消える光景を見つめていると、視界の前方に、小さくて白いもさもさのついた靴が見えた。


 避けようとしたとき、「ちょっと、七島さん」と声をかけられた。顔を上げると、雑貨屋のバイト仲間である理佐がいた。


「こんばんは。偶然ですね。わたし、いま、コンビニ帰りなんですけど」


 七島は、「そうなんだ」と応じた。


「店の外で会うの、はじめてっすね。なんだか、変な感じがしますよ」


 私服姿の理佐を見るのははじめてだった。すごく似合っていたから、それを言おうとしたが、なんとなく躊躇した。こういうところが、七島が臆病である所以である。


「じゃ、わたし。これで」


 理佐がにこりとした顔で頭を下げて、七島の横を通り過ぎていった。七島はなにか言い忘れた気がした。ここで言っておかなければ、もう二度と取り返せない。すごく漠然とだが、そんな気がしたのだ。七島は勇気を奮い起こして、振りかえった。


「理佐さん。あの。その、なんていうか」


 理佐が振りかえった。なに、という疑問の顔。口が半分、開いていた。


「その服、似合ってますね。その、だから……」

「空いてますよ、今日」


 理佐がにやにやした。七島はどきどきする胸に、自分の本心を悟った。


「ちょっと、散歩でもしますか。せっかくですし」

「いいですよ。せっかくですし、ね」


 七島は、理佐のもとまで駆けた。なにを口にしようとするときも、気持ち悪いんじゃないかと予防線を張りまくり、結局、なにも言わないままになっていた。そんな無限ループは、今日で終わりだ。言いたいことはすべて言わせてもらう。


 七島は、理佐の横に並んで、「その服、どこで買ったんですか」と声をかけた。

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なんでもない日常 山本清流 @whattimeisitnow

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