輸入業者だった男

 田崎は、500円玉を握りしめ、夜のネオンの中を歩いていた。お金の管理は妻に任せているおり、毎月1万円のお小遣いをもらえる。今月は、残り500円玉一枚となった。さてさて、どのようにこの500円玉を使うべきだろうか。


 田崎は、立ち並ぶ店を覗いていった。500円で購入できそうなものを探していた。せっかく最後の500円玉なのだから、慎重に使いたい。バイトしたら、30分は働かなければ得られないお金だ。やすやすと手放すわけにはいかない。


 田崎は、楽しく、朗らかに、商店街を進んだ。居酒屋の隅に、店先にアメリカンのグッズが並んだ雑貨屋を見つけた。ひとめ見たときに、アンテナが反応した。最近は大手の雑貨ショップしか行っていなかったが、店主の趣味でやっているような個人商店にも代えがたい魅力がある。


 田崎は、「失礼ね」と声をかけ、入店した。「いらっしゃーい」と明かるい店員の声が返ってきた。奥にレジがあるらしく、そこに店員は籠っているのだろう。店内には、海外で製造されたような商品ばかりが並んでいた。中には、手作りの人形や装飾品などもあった。この趣味、悪くない。


 田崎は、嬉々とした気分で、雑貨に埋もれた店内を進んだ。ときどき足を止めて、気になる製品を手に取ったりした。見たところ、500円玉で購入できるものがたくさんあるようだった。


 そうか。500円って、なんにでもなるんだな。田崎は、思った。この500円がもともと30分だった事実を考えると、30分はなんにでもなるって話だ。


 店内を進んでいくと、ふと、見覚えのある人形を見つけた。ひとめ見て、ピンときた。タイ産の人形だ。あの国は多民族社会で、いろいろな民族が生活していた。田崎は、数舜、物思いに沈んだ。


 とても優しい人たちだったが、その後、すぐに民族紛争があって、たいへんな騒ぎになったんだった。田崎は、心苦しくなった。少し前まで、輸入業者として働いていた田崎は、その人形を日本に持ち込んだ当人だった。


 値段を確認すると、税込み500円だった。田崎は、自然と、人形を手に取った。いまも人形をつくり続けているのだろうか。わからないが、微量ながら、応援したい。残り500円の使い道が決まった。


 田崎は、人形を手にしたまま、レジへと進んだ。流通している物にはいろいろな物語があるのかもしれないな、と恥ずかしい感想を心の中でつぶやいた。以前、しんせきの子供に、「貯金してある金は、人に与えた喜びの総量だ」なんて、顔が真っ赤になるような言葉を聞かせたこともあった。


 一方で、次のようにも思う。使用したお金も、誰かの喜びにつながる。ほんのちょっとだけだけど、ないよりはマシだろ。田崎は、店の奥にいた店員に人形を手渡した。

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