商品開発部の若手社員

「ちゃんと考えてきたのかね」と厳しい声が飛んだ。わたしは、それっきり怖気づいてしまい、ぺこぺこと頭を下げた。それを受けて部長は、ダメな社員だ、とでもいうような横目でわたしを睨み、大きく息を吐いた。もうちょっと真摯な対応ができないものかと毒づく余力は残っていなかった。目の前で露骨に嫌そうな顔をされると、さすがに傷つく。


 わたしは、ぺこぺこと頭を下げたまま、身を引いて、自分の席に戻った。パイプ椅子が、いつにも増して硬いような気がした。


 目の前のテーブルに、プレゼンしたばかりの資料を置こうとする。5ページに及ぶ資料がかさかさと震えていることに気づいて、誰にも気づかれないうちに、素早く置いた。手が震えていたのだ。


 わたしは、深呼吸をして、自分を落ち着かせた。その資料に目を落とす。30、40代のサラリーマン男性をターゲットにした健康志向型のプリンについて提案した資料だった。うまくいくかと思っていたが、部長から「他社製品にすでにある」と指摘され、説得的な反論がなにもできなかった。たしかに、ちゃんと考えていなかったのかもしれない。


「佳織さん。そんなに落ち込まないで」


 隣から、囁き声がした。同僚の男性だった。


「しょうがないよ。あの部長、他人の案を貶すのが好きなんだから。自分ではなんのアイディアも出さないくせにね」


 わたしは、彼に笑いかけ、うなづいた。しかし、それで気分が改善したわけでもない。わたしのアイディアはここずっと不採用が続いている。必死に捻りだしたアイディアが次々とボツになっていくのを目の当たりにすれば、気分が落ち込むのも無理はなかった。


 わたしは気分が優れないまま、会議を終えた。わたしのアイディアが通ったのは一度きりしかない。仕事終わりのOLをターゲットにした、小さなイチゴケーキの案だけ。最近は、自分にはマーケティングの才能なんてないんじゃないかとも思えてくる。


 せめて自分で生み出した商品を自分で買ってあげようと思い、仕事終わりに、わたしはコンビニに寄った。コンビニの棚の隅っこに並んでいるイチゴケーキ。わたしの案が採用されて商品になったもの。それを自分で買うなんて。寂しい気持ちになりながら、手を伸ばそうとした。


「あの、すみません」


 隣から、女性の手が伸びてきた。するりと伸びた女性の手が、わたしの目の前にあったイチゴケーキをつかんだ。そのまま、「失礼しました」と頭を下げ、イチゴケーキをレジのほうへ持っていく。その後ろ姿を見た。二十代と思しきOL風の女性だった。


 ほう、とわたしは思った。ほう、ほう、あの人がわたしの商品を。


 わたしは、イチゴケーキを買わずに、そのまま帰ることにした。だって、イチゴケーキを買いたい人がほかにもいるかもしれないでしょう? わたしの案で生み出されたイチゴケーキを。


 わたしは、奇妙にハイになり、帰りのバスの中で、楽しく文庫本を読んだ。『大地の粛清』という好きな作家さんの最新刊だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る