時計が同じ時刻で止まり……

 これは、わたくしが都内のシティホテルに勤めておりましたときの出来事でございます。わたくしはフロントとして勤務しておりましたが、デイユースとして昼間に利用されていたお部屋の清掃業務をすることもございました。ですから、少しばかり、ホテルの清掃員――メイクさんたちがどのような仕事をしているのか、イメージができます。


 メイクさんたちと対面するのは、清掃後に、清掃済みのお部屋の鍵の受け取りをするときだけでしたので、それほど親しくはありませんでした。ただメイクさんたちを取りまとめていたチーフとは懇意にしておりましたから、清掃に関するさまざまな情報がチーフから入ってきました。


 ある夏の夕方でした。チーフから、「よく時計が壊れる」という話をお聞きしました。どういうことかと訊ねますと、チーフは語りました。「なぜなのかは知らないけどね、307号室の丸時計がよく、夜中の2時のままで止まっているんです。電池を入れ替えると動きだすんですけど、もう、今日で10回くらいは取り換えてるんですよ。電池がもったいないですよ」ということでした。


 奇妙なこともあるものだくらいにしか、わたくしは考えておりませんでした。しかし、その翌日も、そのまた翌日も、同じように307号室の時計が夜中の2時ちょうどで止まっていたという話を聞きまして、さすがに薄気味が悪くなってきました。時計本体が壊れているのだとしたら、電池を交換したときに動きだすのが不思議です。新しい電池が一日で切れることはありませんから、電池切れという可能性もありませんでした。「なにかに憑かれてるんじゃないですか」と、チーフも冗談交じりにおっしゃっていましたが、ホントにそうだったのかもしれません。


 そんな奇妙な出来事が続いていた、ある日です。夜中にフロント奥の事務所でわたくしが待機しておりますと、立てつづけにお客様からの電話が入りました。どの電話も3階からで、「女性の叫び声がする」というものでした。正直、物騒な事件には巻き込まれたくありませんでした。307号室がある階だという事実に気づいてからは、寒気まで感じました。


 わたくしは決死の覚悟でエレベーターに乗りまして、3階へと向かいました。エレベーターの扉が開く前から、女性の叫び声が聞こえていました。ただごとではない様子でございました。3階に降りて、叫び声のするほうへ向かいますと、どうやら問題の307号室のようでした。


 わたくしはホテルマンとしての覚悟を決め、「お客様! 大丈夫ですか?」と扉の前から叫びました。それでも、室内から聞こえる叫び声が途絶えません。うわあ、とか、やめて、とか、許して、などと続きました。わたくしは、「大丈夫ですか?」と何度も声をかけ、ついに「お部屋に入ってもよろしいでしょうか」と確認を求めました。反応はなく、叫び声が続くばかりでした。


 わたくしは、自分の判断で、マスターキーを使い、お部屋に踏み込みました。そこでまた奇妙なことが起こりました。誰もいなかったのです。未使用のままでございました。叫び声も、途端に聞こえなくなりました。


 なんだったんだろうと疑問を覚えながらも、事務所に戻り、ホテルの在室状況を確認いたしまして、そこで気づきました。その日、307号室にはお客様が入っておりませんでした。では、あの叫び声はなんだったのか、それはわかりません。


 ただひとつたしかなのは、その叫び声の騒ぎがあったのは、夜中の2時ちょうどだったということだけです。その日も、307号室の丸時計は夜中の2時ちょうどで止まっていたと、翌日にチーフからお聞きしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あるホテルマンの告白 山本清流 @whattimeisitnow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ