矛盾するクレームが……

 これはわたくしが地方の格安ビジネスホテルに勤めておりましたときの出来事でございます。そのホテルにはよくデリヘル嬢――ホテルに呼び出せる風俗嬢――をお呼びになるお客様がいらっしゃいました。ホテルの方針といたしまして、それらデリヘルの利用は黙認しておりました。


 それっぽいなと思える女性がエレベーターホールへと向かうのを何度も目撃いたしましたが、引き留めたことは一度もございませんでした。デリヘルの利用者も含めましてホテルの経営は成り立っておりました。


 とはいえ、たいはんのお客様は、通常の目的でホテルを利用されておりますから、隣室から喘ぎ声などが聞こえたら迷惑このうえもありません。


 ビジネスホテルは元来、ビジネスマンなどが格安で泊まれることを売りにして設計されておりますから、防音などの設備はございません。とくに、そのホテルは壁が薄いことで有名でしたので、デリヘル嬢が呼ばれますと、隣室などからクレームが入ることがしばしばでございました。


 そのようなときの対応は、マニュアルによって決まっておりました。「隣室からの喘ぎ声がうるさい」などのクレームの場合、べつの部屋が空いている場合はクレームをされたお客様をべつの部屋へとご案内し、べつの部屋が空いていない場合は問題のお部屋に対して、隣室からクレームが入っている旨をお伝えします。


 たいていのケースはそれで解決いたします。解決しない場合でも、デリヘルであれ、恋人同士であれ、行為はすぐに終わりますので、一時間もすればクレームはなくなります。


 わたくしは、ナイトフロントとして、月に数度、お客様のお部屋の移動にご協力しておりました。その中で気づいたことがございました。


 403号室と405号室から、頻繁に、クレームが入っていたのでございます。404号室は存在しませんでしたから、このふたつの部屋は隣り合っておりました。たまたまデリヘルをご利用になるお客様が、403号室や405号室の付近にお泊りになっていたのでしょうか。


 そのような疑問を感じていた矢先の出来事でございました。ある日の夜、403号室と405号室から立て続けにクレームが入りました。どちらのクレームも、隣室から喘ぎ声がして、うるさい、というものでございました。しかし、矛盾しておりました。


 403号室のお客様は、405号室から喘ぎ声がすると訴えていたのに対しまして、405号室のお客様は、403号室から喘ぎ声がすると訴えておりました。


 まるで、存在しないはずの404号室が、403号室と405号室の間に存在するかのような奇妙な出来事でございました。


 そのときは、双方のお客様をそれぞれ、べつのお部屋にご案内いたしまして、事なきを得たのでございますが、なんとも腑に落ちない出来事でございました。


 もしかしたら、403号室や405号室から頻繁に入るクレームは、すべて、存在しないはずの404号室のせいなのではないか。そんな考えもございましたが、いまとなっては、その真相はわからないままでございます。

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