忘れ物を届けに行ったのに……
これはわたくしが地方のビジネスホテルに勤めていたときの、少しだけ、気味の悪い出来事でございます。わたくしは、昼頃から勤務することが多かったのですが、ちょうど、わたくしが勤務を開始する午後3時ぐらいのことでした。
ホテルの清掃員さん――メイクさんから部屋の鍵を受けとり、それぞれの部屋に残されていた忘れ物の確認をしているときでございました。
突然、フロントの電話が鳴りましたので、いちばん近くにいたわたくしが出ました。「はい、こちら〇〇ホテルです」と出ますと、「昨日、ホテルに泊まった者だが、大切なものを部屋に置き忘れてしまった」との相談でございました。
わたくしは、何号室に泊まられたお客様であるかを確認いたしまして、その日、その部屋でクマの人形の忘れ物がありましたことを確認いたしました。「ああ、それだ」とのことでございましたので、わたくしは、「フロントのほうで預かっておりますので、取りにきていただければ、クマの人形を返却いたします」と申し上げました。
しかし、お客様は「わたしの家まで届けてくれないか」と穏やかな口調でおっしゃいました。郵便で届けることは可能でございましたが、「その場合、代引きとなります」とご説明いたしますと、「それは勘弁してくれ」と難色を示されました。
そのとき、わたくしは、お客様の住所を確認いたしまして、お客様の住所がわたくしの家の近所であることに気づきました。ならば、直接にお届けすることも可能だろう、と判断いたしました。わたくしは、特別に、お客様の家の近くで待ち合わせをして、直接に忘れ物を手渡しすることにいたしました。
その日の夜、忘れ物のクマの人形を手に、わたくしは、お客様と待ち合わせた公園のベンチまで向かいました。
しかし、お客様は現れませんでした。いつまでお待ちしましても誰の姿もやってこないのでした。
わたくしは、そのときになってはじめて奇妙に感じ、クマの人形に添付された忘れ物の記録カードを確認いたしました。すべての忘れ物には、その日の日付と部屋番号と、忘れ物を発見した担当者の名前が記されておりました。それを確認いたしますと、どういうわけか、5年前の忘れ物だったのでございます。
素直にびっくりいたしました。5年前の忘れ物がなぜか、その日の忘れ物の中に紛れておりまして、しかも、その忘れ物をお探しのお客様から電話がかかってくるという不自然な連鎖でしたから。
その日は怖くなってしまいまして、早々に帰宅しました。クマの人形は、ホテルの倉庫に仕舞いましたので、現在も、そこに仕舞われているのでしょう。なんとも不気味な体験でございました。
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