成功する男って、秘密があるものでしょ?

 あらね、やだ。危険な香りのする男なんて、素敵じゃない。危ないところがあってこそ、人生は冒険になるのよ。あの男――A氏は出会ったころから危険な香りがしていたわ。


 わたしは、数年前まで彼の秘書をしていたの。刺激に満ちた仕事だった。でも、あれね。あまりにサイコなのも、困りもの。だって、自分が殺されちゃったら、元も子もないでしょ? いつまでもあの男の傍にいたいとは思わなかった。けど、これだけは事実。あの男との日々は、とても――。

 

 そう、とても、クレイジーだった。


 いつの日だったか、あの男が、狭苦しいビルの一室に籠って、窓を背景に黒革の椅子に座り、ひとつのアルバムをぱらぱらと見つめていたの。感傷に浸るようなタイプには見えなかったから、なんだか意外だったわ。「なんの写真を見てらっしゃるの?」と聞くと、あの男は、懐かしむような表情を浮かべて、「恋人たちの写真だよ」と笑いかけてきた。


 あの男の恋人たちって、どんなにクレイジーだったのか、興味を引かれたわ。わたしはあの男に、恋人たちとの思い出を訊ねた。楽しそうに、にやにやしながら話してくれたわ。


 はじめの相手は、中学生のときだったらしい。涙もろい女の子でね、ファンタジーチックなロマンスを語ると、すぐに泣きだしちゃったんだって。そういう感受性の豊かな子が好きだったみたい。でも、高校卒業と同時に別れることになったって。最後には、キスをひとつしたけど、すごく冷たい唇だったってさ。


 次の子は、高校生のとき。その子は対照的に姉御肌で、ぐいぐい引っ張ってくれる子だったって。クリスマスの夜に別れたのは、性格の不一致が原因だったみたい。円満で別れたみたいで、最後の夜は、ふたりで抱き合ったっていう。すごく強く抱きしめたから、その夜は、彼女の匂いが身体から離れなかったって。


 思っていたより純粋でしょう? そのアルバムを見せてくださいよ、ってお願いしたけど、ダメだった。「自分の思い出を他人に見せるのは好きじゃないな」ですって。まったく、男って。


 でもね、わたし、そんな簡単に諦めなかった。見せたくない、と言われて、素直に見ないままでいるなんて、そんな、お利口さんになれるほどお利口じゃないもの。こっそり、あの男がいない間に、あの男のアルバムを盗み見たわ。


 どんな写真があったと思う?


 すごく、冷たい唇の写真とか、抱きしめたら一日中臭いがとれなくなるような女性の写真とか。


 これ以上は内緒。でも、ひとつ言わせて。成功する男って、秘密があるものでしょ?

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