おかしくはないです、ふつうですよ
すっかり、足を洗ったんですよ。若気の至りとして、甘めに見てくれませんか?
二十歳になる前のことでした。俺はそのとき盗撮をして生計を立てていました。盗撮した映像を海外のエロサイト運営の連中に売って、儲けていたんです。まともにコンビニの店員なんてやったら、稼げませんから。バレさえしなければ、こっちのほうが現実的だって思っただけです。
実際、バレませんでした。
ある期間、俺は、とある公園の公衆トイレに小型カメラを仕掛けていました。その公園の隅っこに車を止めて、その公衆トイレを一日中監視しました。目当ての人がトイレに入ると、遠隔操作でカメラを起動させ、録画し、それを回収して、その映像を売る。そんなくだらない商売をしていたんです。
A氏を見かけたときは、「よし、来た」と思いましたね。だって、A氏ったら、俺が小型カメラを仕掛けた公衆トイレに、若い女性とふたりきりで入っていったんですから。公衆トイレで男女がやることなんて、ひとつしかないでしょ?
A氏のスクープ映像なら、高値で、週刊誌が買ってくれるだろう、と思いましてね、さっそく、遠隔操作で録画を始めました。カメラを回収するまでは、内容は確認できませんでした。
かなり、長かったですね。30分くらいしてから、公衆トイレのスライド式の扉が開きました。満足そうな二人が出てくるだろうと思ったんですが、出てきたのは、A氏、ひとりだけでした。大きなキャリーバッグを片手に、ひとり、颯爽と歩き去っていきました。女性はいっこうに出てこない。
どういうこと? って思いましたよ。ふたりで入ったんだから、出てくるときもふたりのはずでしょ? 単純な計算です。計算の概念を根本から崩さない限り、公衆トイレの中には、A氏と一緒にいた女性が、まだ、いるはずでした。俺は車の中で待機しましたけど、公衆トイレからは誰も出てくる気配がない。
そこで、公衆トイレまで行ってみました。
で、いなかったわけです、誰も。公衆トイレの中はもぬけの殻でした。わけがわかりませんでした。しかも、仕掛けておいた小型カメラが踏みつぶされていました。めちゃくちゃ小さいカメラだったんで、それまで、バレることはなかったんですが。
でも、まあ、よく考えたら、おくしくはないです、ふつうですよ。
合理的な計算ができます。つまり、ふたりが入って、そのあと、ふたりとも出ていった。それだけのことだったんですよ。きっと、そのうちのひとりは、出てくるときにはすでにお陀仏だったでしょうけどね。
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