Rさん、28歳、会社員、「これはわたしじゃない」

 5/21 来院。

     無言。

     「どのようなお困りごとで?」と聞くが、無反応。

     机を見たままで、動かない。

     しばらくして、当人、「これはわたしじゃない」と発言する。

     真意を尋ねるが、要領のよい返答が得られず。

     会社を休んでいるという。

     再び、「これはわたしじゃない」。

     精神的に混乱している可能性。

     精神を安定させる薬を一週間分、処方。


 5/28 来院。

     「どうですか」と訊くが、無反応。

     俯いて、机の表面を見ている。

     しばらくして、当人、「これはわたしじゃない」と発言する。

     真意を尋ねるが、要領のよい返答が得られず。

     まだ、会社を休んでいるという。

     「わたしは隅っこにおしやられた」と発言。

     支離滅裂で、混乱している印象。

     引き続き、精神を安定させる薬を一週間分、処方。


 6/5 来院。

     落ち着いてきた様子。

     「少しだけ、余裕が出てきた」と発言。

     会社へも復帰したという。

     当人の説明によると、当人の困りごとは以下のとおり。


     自分の身体を自分で動かしている感覚がない。

     勝手に動いているのを傍観している感覚。

     勝手に行動し、勝手に声を出す。

     病院に来たのも、自分の選択の気がしない。


     乖離の症状か。

     また、次のように、当人は発言している。

     

     本日、来院する前、路上で、入れ墨の男に対してひどい言葉を吐いた。

     そのことを後悔しているが、その言葉は自分の意思ではなかった。

     勝手に口が動き、勝手に言葉が飛び出したという。


     汚言症か。


     いまのところ判断できないが、精神を安定させる薬を継続的に、処方。

     経過を見守る。


 6/10 当院に電話が入る。

     勝手に身体が動く、という。

     口も勝手に動く、という。

     取り乱した様子。

     落ち着くように説得。


 6/12 来院。

     「汚い言葉を勝手に吐いてしまう」と証言。

     死ね、や、生きる価値ない、消えろ、など。

     道端で、見知らぬ入れ墨の男に対して。

     「入れ墨の男を見ると、勝手に口が動く」と発言。

     汚言症の可能性があるが、入れ墨の男限定なのは不可解。

     そのことを伝える。

     当人はショックを受けた様子。

     また、自分が自分ではない感覚も継続している。

     「他人に迷惑をかけてしまう」とぽつり。

     汚言症についての書籍を紹介する。

     精神を安定させる薬を処方。


 6/13 当人が死亡したとのニュースが入る。

     道端で、入れ墨の男に対して、「死ね、消えろ」などと口にした。

     それに激怒した入れ墨の男が、激しく暴行。

     病院に搬送後、死亡が確認された。

     死に際、当人は、「これはわたしじゃない」と口にしたという。

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