「うっかり」と彼女は言った。
「うっかり」と彼女は言った。
僕は、うっかりしている彼女の一面も好きである。
しかし、あくまでも、「うっかりだね」と笑えるくらいの範囲に収まっていてほしいと思うのである。それなのに、彼女と言ったら、「うっかり」がすぎるのだ。
あんなに、ぽろり、するなんて。
うっかり、というのは、つまるところ、自覚せずに、反射的に、という意味であるのだが、彼女と言ったら、どういうことだろう。自覚せずに、反射的に、あんなに、ぽろり、ぽろり、するなんて。
今日の放課後のことだった。
部活終わりの僕は、夕陽の美しい公園で、彼女と二人きり、だらだらと話していた。彼女は話すのが大好きな性格だ。
ハマっているアニメについて彼女が楽しそうに話すのを聞くうちに、僕は、そのアニメを見たこともないのに、そのアニメのことが好きになっていた。アニメのことについて話しだすと口が止まらなくなる彼女である。
僕は、そんな彼女を見つめているだけでよかったのだが、ちょっと、ちょっかいをかけてみたくなった。
わ、って脅かしたら、魚みたいに飛び上がりそうだな、と思って。
やってみたいと思ったことは、すぐにやってしまうのが、僕である。
わ、って声を上げてみた。かなり大きな声だった。
果たして、彼女は、想像通りに、びくっとした。
「魚みたいな驚き方をするね」と僕が笑いかけようとしたとき、しかし、想像だにしていなかったことが起きた。
あろうことか、彼女の眼球が、ぽろり、ぽろり、と落ちたのだ。彼女の眼窩から落ちたふたつの眼球は、砂場のほうに転がっていった。
僕は、なにも言えなくなった。眼球がなくなった彼女を見つめた。節穴の彼女は動揺していた。
彼女は、慌てて、地面に膝をついて、手探りで地面を探り、ようやく、ふたつの眼球を拾うと、それぞれの眼窩に押しこんだ。
そのときに、彼女は言った。「ごめんね、うっかり」。
彼女が話したい気分ではなさそうだったから、詳しいことは聞けずじまいだ。どういうわけか、僕の彼女は、うっかりすると、両方の眼球を落としてしまう性格らしい。これからは気をつけようと思っているところだが、僕はいま現在も口が塞がらない状況である。
まあ、誰にでも秘密はあるということだろうか。
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