髪が伸びるカツラ
ここに書き残すのは、わたしの身に起こった奇妙な出来事の記録である。無駄話は割愛して、さっそく本題に入ろう。
問題となったのは、わたしがネットショップのアマゾンで購入したカツラだった。恥ずかしながら、わたしは、三十路を過ぎてから髪が薄くなりはじめた。早いもので、いまや、ほとんど髪が生えていない。カツラを愛用するようになったのは、当然の流れである。いやはや、給料の弾む上場企業に勤めていてよかった、と、本当にいつも思う。
さっそく脱線したが、わたしが大金をはたいて購入したカツラが、問題のすべてだだった。そのカツラは使い心地も使い勝手もよく、なによりバレにくかった。わたしの傷ついたプライドが癒えてきたころのことだ。そのカツラの髪が、なんだか、長くなっているような気がした。
最初は、勘違いだと思った。当然ながら、カツラは生きていないので、長く伸びたりはしない。わたしの使っていたカツラはもともと人間のものだったが、抜けてしまえば、もう伸びはしない。わざわざ、確認せずとも、常識だろう。
わたしは、自分の目が狂ったのだろうと思い、日に日に伸びていくような気がするカツラを無視していた。しかし、取引先の企業で、三か月ぶりにお得意様と再会したときだった。相手の方が、わたしを見るなり、「髪が伸びましたね」と感想を述べた。これはわたしにとって衝撃だったので、「伸びましたか?」などと阿呆な応答をするに及んだ。
その日、わたしは帰宅するなり、アマゾンを開いて、わたしが購入したカツラをチェックした。アマゾンの紹介ページにあるカツラの写真と、手元にあるカツラを見比べて、そして、気が付いた。
どう見ても、伸びている。
わたしの手元にあるカツラは、もとの長さよりも長くなっていたのである。そのとき受けた衝撃はかなりのものだった。わたしはそのカツラが恐ろしくなり、捨ててしまおうかとさえ考えた。
ゴミ箱に向かったわたしだが、そのカツラの値段を思い出して、足が止まった。そう簡単に捨てられるような代物ではない。カツラを購入するために、ほかの多くのものを諦めてきた。それを思うと、わたしの衝動は緩んだ。
わたしは少し冷静になり、カツラを手にしたまま、黙考した。ひとまず、製造企業に問い合わせてみようという考えにいたったのは、すぐのことだった。わたしはカツラの取扱説明書に記された製造企業の電話番号をチェックするなり、固定された電話機まで歩み寄り、受話器を手に取って、その番号に電話をかけた。
担当者の男性に「カツラは伸びるものですか」などとバカな質問をしたわけではない。わたしはただ一言、「わたしのカツラが、誰の髪の毛からつくられたものか、教えてくださいませんか」と問うた。担当者の男性は、プライバシー云々を持ち出してきたが、わたしは折れなかった。
営業の経験から、粘り強く説得すれば、相手が折れることもあることを知っていた。しかし、長い時間粘ったが、こればかりは無理だった。さすがに打ち明けられないという。
わたしは、いまもカツラの髪の毛の持ち主を知らない。アマゾンのカツラのレビュー欄を見ると、次のようなコメントがあった。
『勝手に髪が伸びます。注意してください。たぶん、これ、呪われてます』
わたしは、そのコメントにグッドを押すことしかできなかった。べつのカツラを買う金など、残っていない。この呪われたカツラと一生をともにせねばならないのかと思うと、ぞっとするでは言い足りない心地である。
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