赤い手形がべたべたと

 昨晩は、会社帰りに同僚と飲みに行った。翌日が休日だったこともあって、夜遅くまで飲んで、泥酔した状態でタクシーで帰宅した。自宅に着いてからは、ふらふらとしながらも、自室のベッドに辿りついて、寝た。


 夜中のうちに、尿意を覚えて、目が覚めた。


 そのときのことだった。室内灯を点けたままだったんだが、室内灯に白く照らされた部屋中に、赤い手形がべたべたと付着しているのに気が付いた。驚いたなんてものじゃない。思わず、大声で叫んだくらいだ。白い壁にも、本棚の壁にも、窓にも、布団にも、赤い手形がべたべたと、押し付けたように付着していた。


 すっかり、目が覚めた。いったいなにがあったのか。瞬時に考えたが、まさか、自分が刺されたわけでもなかった。勤務用のスーツを着たままで、そのスーツも赤い手形でべたべただったが、身体に痛みはなかった。


 赤い手形の原因を突き止めようと自分の身体に目を走らせているうちに、俺の両手がずたずたに切れていることに気が付いた。両のてのひら、真っ赤だった。ああ、そうだった、と思い出した。


 昨晩、タクシーを下車して自宅まで向かっている最中に、泥酔のせいで、勢いよく前のめりに転んだんだった。そのとき、両手を地面につけて、擦りむいてしまい、ずたずたになった。泥酔していた俺はずたずたの手を洗うこともなく、自室のベッドまで来て、そのまま眠った。


 調べたところ、家中が赤い手形でべたべたになっていた。寝る前までに触れたところに、赤い手形が付着してしまったようだった。お化けの仕業でも、誰かが刺されたわけでもなかったわけだ。ひとまず安堵したが、一方で、落胆した。赤い手形を拭き取らなければいけなくなったんだから。


 俺は真夜中にひとり、家中に付着した赤い手形をひとつずつ拭き取っていくことにした。玄関扉から、廊下、壁、階段、自室と拭き取っていった。とても大変な作業だった。作業しているうちに、何度も「明日やればいい」と思ったが、すっかり頭が醒めていたから、寝るのは無理だった。


 べたべたになっていたスーツは脱いで部屋着に着替えた。べたべたになった布団は洗うことにして、押し入れに仕舞ってあった別の布団を用意した。それから、最後に残った自室の窓を拭きはじめたんだが。


 あれ、と思った。窓に付着した赤い手形は三つあったが、そのうちのひとつだけ、どれだけ磨いても取れなかった。雑巾に力を込めて拭いたんだが、いっこうに落ちない。それで気づいたんだ。


 その手形、窓の外側に付着しているんだってことに。


 窓は閉まっていたから、外側に触れるなんて、無理だ。だから、その手形は俺のものじゃない。じゃあ、誰のものなのか。それがわからない。

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