マイクが壊れてる
悪かったと思ってる。俺にだって、人情はある。きみがどれだけ怒りに染まっているか、想像しようとしなくても十分にわかる。でも、もう、俺の人生に関わらないでくれ。きみは、もう、死んだんだ。頼むから成仏してくれよ。
大学生のころ、きみが俺に振られて自殺したのは、2年前のこと。それ以来、俺は、年上の彼女――その彼女の会社に俺は就職したから、いまは、俺の会社の上司――と付き合っている。今日も、彼女とふたりでカラオケに行った。ランチを食べたあとの、昼頃だった。そこで、気味の悪いことが起こった。
俺が流行りのJ-popを歌っているとき、彼女がいたずらをして、俺の声を加工しはじめた。マイクを通してスピーカーで拡大される声は、カラオケの設定をちょっと操作すれば、いろいろな声に加工ができる。ラジオみたいな声にしたり、ボーカロイドみたいな声にしたり、若くしたり、性別を変えたりと、いろいろ。
俺は、「やめて、やめて」とバカップルみたいなことをしていたんだが、そのときに背筋の凍ることが起こった。俺の声が、きみの声になったんだ。なあ、チカ。2年前に死んだはずのきみの声に。
「なんの設定にしたんだ?」って彼女に詰め寄ると、「いまはなにもしてない」という答えだった。俺は声が出なくなった。様子が変になった俺を前にして、彼女が「どうしたの」と訊く。俺は、きみのことを包み隠さずに話した。
大学生の当時、きみと付き合っていたこと。きみとの一緒の時間が俺にとっての負担へと変わっていったこと。プライベートな関係でわざわざ負担を背負うくらいなら、勇気を持って関係を終わらせたほうがいいと判断し、きみを振ったこと。その夜、きみが、自室で首を吊って自殺したこと。
きみのことで俺は相当に後悔した。なんてひどいことをしたんだ、と自分を責めたりもした。そんな苦しみの中で、いまの彼女と出会って、立ち直ることができたんだ。きみは俺を憎んでいると思う。でも、なんで、死んでもなお、まだ出てくるんだ?
俺は、きみのことをすべて彼女に話した。真夜中にテレビを見ていると、突然、きみの顔がテレビに映ったりすること。朝起きて鏡の前に立つと、鏡の中で、きみが笑っていたりすること。タンスや筆箱を開けたときに、頻繁に、その中のきみと目があったりすること。
もう俺のことは忘れてくれ。彼女と相談した結果、お祓いに行くことになった。きみのことは申し訳ないとは思うが、もう、限界だ。きみの影に怯えながら生きていくのは、さんざんだ。俺の人生に関わらないでくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます