9-24 北の方から
9-24 北の方から
老師たちの言葉によるとこの国の北によくない気配があるという。それは前回逢魔時の際に起こった大災厄、つまり魔物の大量発生、大暴走と同じような気配だということだった。
「そちらは直接確認するしかないね。あと王国のほうだけど」
「そっちは平穏そのものだって母上が言ってますよ」
「エルフの里のほうでも問題ないって。向うの大陸は今のところ異変は起きてないみたい」
携帯通信機でやり取りをしていたサリアやルトナがそう報告してくる。
おそらくそれは正しい。
この国から全体的に邪壊思念が感じられる。
なかでも不味いのが北の方向。
この濃さだと邪妖精が出てきておかしくないレベルだ。
北は気を緩めると自然と目がそちらを向くほどの異様さがある。
この場にいるほかの人たちも気が付けは北を向いて不安げな顔をしていた。
ここに残っている帝国貴族が集まってがやがやしている。
多分俺の親父みたいなのもいるのかもしれないが、まあ、わからんからいい。
「アリス、この国が北で何をやっていたのか聞いてませんか?」
「えっと、ごめんね、詳しいことはきいてないよ。
北の山脈にいる亜人、天翼族だっけ…それが反抗的だから攻撃する…って聞いてはいたけど…これってたぶん嘘だよね…」
艶さんがアリス嬢に話を聞いている。
これは間違いなく嘘情報というかごまかしだろう。
「ええ、間違いなく嘘ですね。
多分何かやっていたんですよ」
艶さんが断言したよ。まあ、正しいとは思うけど、偏見が多分に入っているとは思う。
ふと頭をよぎったのはしばらく前にあった人造迷宮事件。蟹迷宮事件でもいい。
邪壊思念を集めて邪妖精を作る実験をしていたあれだ。
一般には邪神とか言うんだよね。
「我々はこれからどうしたらいいんだろうか?」
貴族の一人と思しきおっさんが聞いてきた。のだが。
「いやいや、それを私に聞かれてもどうしようもないだろう。
私は王国の貴族だよ。
わたしと一緒の来ているのはコートノー伯爵の領兵を除けばみんな王国の戦力だ。
それとも帝国は主権を放棄して王国に救援を求める?」
喧々諤々。
主権の放棄など論外だ。乱暴だ。
と騒ぎ立てるが。
「王国が帝国を助けるべき理由が何かありますか?
もちろん逢魔時のことですので、助け合いはするべきでしょう。
ですが現実的に考えて、私の持つ戦力では魔物の大発生に対抗などできませんよ?
それでもというのであれば相応の理由が必要です。
帝国が王国の下につくというのであれば、多少は考えますが」
また喧々諤々。
帝国の王国側何割かを割譲しようとか言い出す者がいればそこを領地にしている貴族はふざけるなと声を上げる。
王国と帝国の政治体制、スタンスは明らかに違う。
王国に属するとなれば完全なシステムの見直しを要求させるだろう。
それに帝国の貴族がそのまま貴族として使ってもらえる可能性も低い。
話はまとまりそうになかった。
中には領地を守らねばならない。というのでかえってしまうものまで出はじめる。
まあ、そのほうがいいんだけど。
◇・◇・◇・◇
「あれ、放置していていいんですか?」
「いいのいいの、どうせ何も決まらないよ。抜け出して領地に戻ったやつの方が利口だ。
このいやな感じは帝国全体にあるからね、本命が北としても、たぶん帝国中で魔物被害が出ると思う。
自分の所だけでも面倒見てもらわないと」
「しかしなあ、北から本命が来れば対処できんのではないかな?」
爺さん伯爵がそう言うけど。
「なに、兵力を集めたところでどうにもならないよ。
北からくるのは邪神だから」
「なーーーっ!?」
爺さん伯爵吃驚。
そりゃそうだろう、邪神というのはそれほど絶望的な相手なのだ。
「まあ、邪神の対応は俺がやるから任せておいてよ。
他の人は自分のできる範囲で被害を少なくするための努力をするべき」
そう言うと『はーーーーーっ』とため息をつく人若干名。
「邪神が相手とは言え、指をくわえてみていないといけないのはつらいわよ」
「そうですね。できれば私たちも参戦したいところなんですけど…」
「やあ、うちの嫁たちはいい女だよね、でもダメだよ」
邪神の問題点は相手の攻撃がやばいということなんだ。
普通の人では、万が一取り込まれたりしたら魂まで失うことになる。
俺は死は気にしない。
あの世にだって行けるんだ。生きていることと死んでいることは大きな意味で続いている。
死は終わりではない。
だけど邪神に取り込まれるとそこで本当に終わりになってしまう。
それを人間にやらせるわけにはいかないのだ。
「俺には邪神の攻撃はきかないから、まあね任せておいて、
それに無理をする気はない。
悪いがこの地方を利用して機動的に戦闘を仕掛けて削るつもりだから」
ヒーローじゃないんだ、無理して戦ったりしないよ。
ちまちま削って最後に勝てばいいのさ。
場合によっては…
まあ、想定できることを考えるとやっぱり嫁たちを参加させるわけにはいかないね。
「ですが被害は少ない方がいいと思いますよ」
艶さん挙手。
「確かに邪神の相手は大変すぎますけど、それ以前の魔物の被害は減らすべきだと思います。
わたしに考えがあるんですけど?」
艶さんがどこか楽しそうにくふふと笑う。
艶さんも長生きしてるから年の功…
「なにか?」
「いえ、これと言って?」
「…まあ、いいです。
先ほどの話の続きですが、偵察を含めて北側はディアさんにお任せするとして、飛空艇をお借りできますか?
いったん南に行って仲間を連れてきたいんですよね。
ここから南に行った山岳地帯にドラゴンと一緒に引きこもっているのがいるんです。少し焚きつけてドラゴンともども戦力にしてしまいましょう」
そんなことが…できるらしい。
どうもこの南のドラゴンたちと意思疎通ができるそういう勇者スキルの持ち主がいるんだってさ。
艶さんの提案ではその後サリアたちは急いで王国に向かって難民の受け入れ態勢を整える。
つまりこの国の人を、領主の保護を受けられない人を王国に逃がしてしまおうということだ。
メイカサの町の王国側なら移動要塞を起点にして防衛戦が晴れるのだ。
北から邪神が来るとして、帝国を亡ぼしたらおとなしく消えてくれるものではない。
老師たちの話では前回の逢魔時の時も邪神のような存在はいたらしい。
各地に分散して少しずつ力をそぎ、数年がかりでその邪神を倒したのだとか。
もちろん戦場は広がって多くの被害が出たが、それ以外に方法がないのだ。
「どうじゃ? わしら、ついてくか?」
俺がとりあえず北に向かおうというとき、老師たちはそう言ってくれた。
「俺らはも十分生きたしよ、今更命を惜しむような年じゃねえ」
いやも命じゃなくて魂だから、惜しんでよ。
まあ、それもあるんだけど。
「老師たちは艶さんやルトナの護衛を頼みます。
委員会のやつらがどのぐらい残っているのかわかりませんし、そちらに攻撃がないとは限りませんから。
自分の方は自分と獄卒がいるので問題ないと思います」
「何じゃつまらんのう」
「まったくだぜ、戦場で散ってこそ獣人なのによ」
いえ、それは困ります。
「そうだ、ルトナよ、お前は王国軍と一緒に先に王国に行け、そんで獣人どもに檄を飛ばせ。
獣王の特権だ。
メイカサに戦力を集めるにしても獣人はよ、獣王が音頭とらんとてけとーだからよ」
ルトナはあーうーとうなりながら結局言われた通りにすることにしたようだ。
となると三手に分かれることになる。
艶さんたちと勇者ちゃん。
ルトナ、サリアの偉い人チーム。クレオは護衛。
老師も二手に分かれて護衛についてくれるらしい。
因みにコートノー伯爵軍は二手に分かれて伯爵本人は領地に。ビアンカ母さんはルトナ達についていくらしい。
「お嫁さんの護衛は任せなさい」
との頼もしい言葉。
まあ、嫁たちの方が戦闘力は上なんだけどね。
さて、行こうか。
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