9-23 始まった

9-23 始まった



「うそ?」


「はい、嘘ですね」


 イムヘテプの罪は解析中だが、それ以前にアリスが証言してくれてあの城を形作っていたものが『世界をだます』スキルだということが分かった。

 リューゲと呼ばれていたそうだ。俺は知らないのだけどドイツ語で嘘という意味だそうだ。


「あれは幻を作っていたとかではなくて、世界にあそこはそういう場所だと嘘をついて信じ込ませた。その結果、廃墟が壮麗な宮殿に変わっていた。と?」


「はい、わたくしたちも彼のスキルに関しては情報がなかったんですけど、今更アリスが嘘をつくとは思えませんし」


 アリスというのは元委員会のメンバーで怪力とか言う二つ名を持っていた女の子だ。

 名前の通り見た目ふわふわなだよね。それで勇者スキルが怪力って…

 まあ、そういうこともあるか。


 ただ彼女に関しては自分から術式を受け入れて、その後つきものが落ちたかのように穏やかになった。

 普通に生きてそして死んでいけるのがこんなにありがたいなんて…

 そう言って涙をこぼしたそうだ。


 人間は永遠という時間に耐えられないのだと聞いたことがあるが、そういうことなんだと思う。

 彼女も随分歪みを抱え込んでいるが、自分から贖罪を願っているから地獄送りは無しとなる。


「彼女に関しては、感謝しています。ディア殿は容赦なくあの子を殺すのではと思っていましたので」


「あー、それね。

 罪とは贖うべきものであり、それ故に許されうるものである。というのがあるからですね。

 神様は贖罪の機会を与えてくれる。ということです。

 きちんと贖えるならば、という前提で、ですが」


 ただ、抱えた歪みが、地獄に落ちるほど重いのならば、それを償うというのは並大抵のことではないだろう。

 それでもなお、贖罪の道を進むというのであれば、機会は与えられていいのだと、思う。


 そして、すべては無理だったとしても、相応に罪を償えたなら、次の機会も与えられる。

 それが世界のルール。


「まあ、世界の歪みが減ってきて余裕が出てきたというのも理由の一つではあるんですけど」


《余裕がなければ精霊は人間の都合なんか気にしないでありますから》


 そうなんだよねー。


 精霊はバランスというか調和を最優先にする。

 一言で言えば世界もまた生きているのだ。

 だから、バランスが取れるなら、世界の寿命が安泰ならば精霊たちも寛容になる。

 逆ならば容赦がない。


 そのあたりの微妙な調整はメイヤ様がやってくれるので俺が細かいことを気にする必要はないのだ。


 さて、じゃあ、今度はテレーザ嬢の方に行きますか。


◇・◇・◇・◇


 テレーザ嬢の聞き取りはサリアが中心になって行われていた。


 相手は貴族の令嬢だし、普通の罪人みたいに扱うわけにはいかない。ということだ。

 なので尋問というような厳しいものではなく聞き取り調査。しかも話を聞くのは身分的にテレーザ嬢より上のサリアが中心で。


 テレーザ嬢は現在聞けばなんでも答えてくれるのでそれで問題ない。

 よっぽど心が折れているみたいだ。


 特にお城がぼろぼろになったのがショックだったみたいだね。


 負けたというよりも彼女の信じていた帝国の権威とか力とかが全部まやかしで、自分たちが騙されていただけというのはやっぱりつらいのだと思う。

 彼女と同じ理由で心が折れてしまった人が、貴族がごろごろと芋のように転がっている。


 それでも認められた彼女はましな方で、城の現状を受け入れられずに現実逃避している貴族も多い。

 自暴自棄というか、自殺行為というか、ひたすら暴れて周囲を攻撃する者。それに対してこれ幸いと反撃する者。


 治安なんてどこに行ったやら。


 町のほうも状況は悪い。

 首都のシンボルとしていた壮麗な宮殿がいっしゅんにして廃墟になったのだ。


 町の人たちにはいきなり攻撃を受けたように見えたかもしれない。

 であれば逃げる者。武器を構えて立てこもるものと大騒ぎになってしまっている。


 現在は爺ちゃん伯爵が帝都に軍を進めて治安維持や行政機関の掌握に努めている。

 これだけ見ると伯爵がクーデターを起こしてそれが成功したような印象になってしまうので…


『帝国の資料はすべて皇帝陛下のものであり、田舎貴族ごときが好きにしていいものではない』なんて息巻くような役人も出てきたりする。


「いやもう、すべて放り出して領地に帰りたいよ」


 伯爵のがこぼしているが、最低限は、と言って働いている。

 あと、まともな貴族が何人か協力してくれているようだ。

 まともでない貴族にも協力者はいるようだ。

 この機にできるだけ多くの利益を確保しようというね。


《あまりたちが悪いのは退去してもらった方がいいかもしれないであります》


 モース君が言う。

 モース君も精霊なので基本的にこの国の人間がどうなっても気にしないのだろう。

 だが爺さんに関しては俺が気を使うし、俺が気を使えばやっぱりモース君も協力考えてくれる。


 ただ実質的に…


「帝国はもう、終わりじゃろうな」


 今まで帝国を操っていた委員会がいなくなったのだ。意志決定をしていた者たちがごっそりいなくなって、まあ、ろくでもない意思決定機関ではあったのだけど、何のための意思決定機関化というような話ではあるのだけど、それがなくなったのは致命的なような気がする。


 今は茫然としている貴族たちが正気に戻ればきっと荒れるだろう。

 このまま立て直しができるのかどうか、それは皇帝にかかっている。と言われているが。

 いないんだよね。どこにも。

 逃げたのか、連れ去られたのか、委員会との関係は?

 そう言うのが全くわからない。


 ただあの騒ぎ以降、誰も姿を見ていない。


「国民に状況を説明して、あとは手を引く方が利口だと思うよ」


 そう言う俺なのだが爺さん伯爵はしかし国民を見捨てて…とかうめいている。

 だけで無理をすれば国民どころか領民にまで被害が及ぶよ。

 伯爵が優先するべきは自分の領民だと思うんだけどね。


 という感じで説得中。


 さて話は戻るが勇者の高橋君たちは現在北の戦線に行っているらしい。彼らの発案で作られた魔道具、つまり携帯ちかね、他にもいろいろなものが作られたみたいでそのテストのために行っている。

 対するは北の山脈にすむ天翼族のひとたち。


 あとから遺跡にたどり着いた勇者たちもいるらしいが、こちらは教国に連れていかれているらしい、教育のためといって。


 ここら辺はテレーザ嬢の話で分かったことだ。


「どうしたものですかね」


「代わりに艶さんたちが統治するとか言うのは?」


 うわ、ものすごく嫌そうな顔された。


「まあ、そんなに心配はいらねえだろ」

「そじゃそじゃ、そんな暇はないじゃろしな」


 老師たちが言う。


「「逢魔時が本格始動の様じゃ。人間同士で争っている暇なんぞないわ」」


 とんでもない爆弾が投下された。

 うわー、いろいろ事が多すぎるだろう


 さてどう動くか。



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