8-04 先々代の神官長の雷

8-04 先々代の神官長の雷



「なっ、な? なに? 何なの?」


 いきなり頭を殴られて混乱するカチア神官長。

 敵意ではなく困惑が出てくるあたり何か引っかかっているんだろう。


「ん? いかん、強く殴りすぎて記憶が飛んだか? 仕方ないもう一発」


 ごーーーーんっ


 そのカチア神官長を見てその人物は容赦なく次の攻撃を繰り出した。


「ぎゃーーーーっ、いたい、いたいです師匠!

 え? 師匠?」


 カチア神官長は自分の口から出た言葉に戸惑い。目の前の人物をまじまじと見た。

 頭の先からつま先まで…舐めるように。

 そこに立っていたのは壮年の男性。神官服を着ていて手に大きな杖を持っている。

 真っ白い髪と整えられた美髯。なかなか威厳のある人物だ。

 

「うそ、なんで師匠が…」


 何でというなら獄卒というのは言ってみればアバターのようなものだからだ。

 過去の達人たちのデーターを詰め込んで構築されたアバター。

 そこにパーソナルなデーターはないのだけど、だからこそ、あの世から来た人が一時顕現するための依り代になることもできる。

 大変便利な存在だ。


 そして…


「おのれ化け物」

「神官長、今お助けします」


 一緒にいた神官たちが一斉に動き出す。


「あっ、ちょっと待ちなさい」


 カチア神官長が止めるが時すでに遅し。

 神殿の中に大きな鐘の音…のようなドツき音が響いた。


 ごーーーん、ごーーーん、ごーーーん。


 あの人の持っている杖がいい音だすのかな?


■ ■ ■


 さて、今回メイヤ様の悪だくみはカチヤ神官長の師匠である先々代の神官長。マグナレスさんに降りてもらって、みんなを叱ってもらおう。と言う物。


 礼拝堂を背にして立つマグナレスさんは巨大な威圧感を放ち、その前に13人の神官が正座させられていた。


 ちなみに本人はテテニス嬢が出したお茶をすすっている。


「うううっ、なんで師匠が…」


 恨み言を口にするカチア神官長がマグナレスさんにギヌロンと睨まれて震えあがる。


「お前たちがあまりにバカなことをやっているのでメイヤ様が私を下界に派遣なさったのだ」


「つっつっつっつまりこいつは死者じゃないですか…不浄のものですよ…ふじょ…う…」


 神官の一人が反論を試みるが次第にしりすぼみになる。


「カチアよ」


「はい、師匠」


 ビシッ←背筋が伸びた音。


「お前は若い神官たちにどういう教育をしておるのだ。

 そこに並んでいるのはスケルトンではない。

 メイヤ様のおつくりになった幻獣。神獣。獄卒だ。

 強い神聖力を放っているのが分からんのか?」


「あの…つよい力を放っているのは分かります。でも、私はそういうの苦手で、それは師匠も知っているはずで…

 だからその力の質がどういうものか…その…はんだんってむずかしくって! ぎゃっ」


 またごーんと音が響いた。


「うううっ、師匠ひどいです」


「ひどいのはお前の頭だ。

 わしはちゃんと教えたはずだぞ。

 相手の力を計るときは、その手に刻まれた神紋から魔力を放射してみればいいと。神聖な力ならそれでわかると」


 その瞬間カチア神官長ははっとした。


「やってみい」


「うううっはい…」


 カチア神官長は左手に魔力を込めて神紋を起動させた。

 これはお清め。と呼ばれる神紋で、場の空気を正常にするというごく簡単な神聖魔法だ。


 その魔法に反応して周囲に立つ獄卒が、リリリリリと美しい共鳴音を放つ。

 それは神紋の奏でる音と重なって美しいハーモニーになっていく。


 カチア神官長の顔に『やっちまったー』という表情が浮かぶ。


「忘れておったのだな」


「ごめんなさい!」


 カチア神官長は慌てて頭とおしりをかばう。


「やれやれ、もうガキではないのだ尻たたきなぞせんよ」


 カチア神官長を赤ん坊から育てたのがこのマグナレスさんだったらしい。

 やはりカチア神官長もみなしごで、当時神殿の責任者だったマグナレスさんが引き取って育てていたそうだ。

 そうして育てられた子供はたくさんいるらしい。

 なかなか立派な人だったらしいが惜しむらくはこの町の出身ではない。


 彼がこの町にいたら神殿の移転などということは起きなかったかもしれない。


 その後完全に説教モードに入ったマグナレスさんは13人の神官に話を聞いて間違いを指摘していった。

 権威主義というのだろうか、信仰はどんなにあっても神と直接対話が難しい限り、形が優先されるようになってしまう。

 そういう現実はあるのだ。マグナレスさんの説教はきっと役に立つことだろう。


 まあ、これでだいたい一件落着だ。

 スケルトン疑惑も解けたしこの町の神官たちもきっと性根を据えて修業をやり直すだろう。


 最後にここがメイヤ様の聖地であってメイヤさまの力が湧き出すところだと教えておいた。


 彼らは驚いて、ならば神殿で管理すべきでは? と、また余計なことを言ってゴーンとなっていたがそんな必要はない。

 この町自体がメイヤ様の聖域のようなもので、ここはそこの力を供給する泉のようなものだ。

 神殿は必要ない。管理する人がいればいい。

 そして誰を管理者とするかはメイヤ様が決める。


 いま、メイヤ様に管理者として選ばれたのはテテニスさんなのだからこれは変更できない。許されない。

 ずっと未来でテテニスさんがその任から解放されるときはきっと次の管理者が育っているだろう。


 ここは神殿ではなく聖域なのだ。


「あの…獄卒を率いるあなた様は…」


 カチア神官長が最後にそう聞いてきたが名乗るような事じゃないのだ。

 にっこり笑って韜晦しておく。


「そうだ。これから週一ぐらいで、私がいる時に限るのだけどマグナレスさんに皆さんの指導に行ってもらいますから」


 世界が不安定になる逢魔時だがこういう恩恵もあったりする。

 向こうとこっちが近くなるのだ。

 せっかくだから教義の見直しとかもね。した方がいい。


 神官たちはちょっと、いや、かなり複雑な顔をしていた。


■ ■ ■


「おー、この町もひさしぶりだなあー。いやー、ずいぶん変わったじゃないか」


「少しは落ち着けボケジジイ。ガキじゃないんだから。あっちへチョロチョロこっちへチョロチョロするんじゃないよ」


「固いこと言うなよ。楽しいんだからいいじゃねえか、それよりちゃっちゃとうちの孫ども探そうぜ」


 楽しそうに笑うトゥリアの顔を見てライラは苦笑を禁じ得ない。

 それに気持ちは分かる。楽しいことがこれから始まるのは確かなことなのだ。

 ライラの口の端も自然と吊り上がった。


「さあ、行こうぜ、待ってろよルトナ!」

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