8-05 柔獣王イルクヨマ

8-05 柔獣王イルクヨマ



「というわけで、ルトナに獣王の試験を受けさせたいと思うのよ」


 ライラさんがにっこりと笑ってそういった。


「おうよ、いい考えだろ?」


 爺はあまり何も考えてないと思う。でも。


「確かにいい考えですね。まだ若いというのはあると思いますが、ルトナの実力ならいいとこいけると思いますよ」


 俺も当然に賛成した。

 ルトナの身体能力は他の獣人種よりも頭一つ抜けている。

 これは俺の魔法でルトナの因子がかなり理想に近い形で発現したからだ。


 もちろん超人というようなものではない。

 獣人として理想的な能力値と言う物で、これは他の獣人の中でもこの域に達したものはいることだろう。

 もちろん獣王たちはその代表格だ。


 だがルトナはそれらとは一線を画している。


 他の獣人のパラメーターが理想値であるとしてもそれは得意分野に限定される傾向がある。それでもなお歩みを止めないものがさらに理想の能力を手に入れて、それを積み上げた天才が獣王なのだ。

 だがルトナはすべての能力が理想値に近くなっていて、まだ年若いということもあって伸びている途中。


 おそらく特定分野において現行の獣王八人には及ばないにしても総合力ではルトナが上になっていると思う。

 そしてこれは俺とは関係ないのだが、ルトナにはセンスもある。


 戦闘センス。これは天性のものだと思うのだ。

 もっと言ってしまうと性格的に向いている。という意味。


 なので将来の獣王として期待されていたりする。


 そこに持ってきて先日の邪妖精との戦いで十分に実力を示した。

 ので獣王昇格試験の話が出てきたのだろう。


「うーん、ルトナ嬢ちゃんの実力は私も評価しているがね、いくら何でも早すぎやしないかね?」


「そうよね、それにこの町で大騒ぎとかされても困るんだけど…」


 難色を示したのはギルマスのばあちゃんとキハール伯爵だ。

 二人はジジイたちが町にやってきたという報告を受けて俺の家まで飛んできた。


 この二人を野放しにするとろくなことにならないから。という名目だったが、二人が酒瓶を持ってきたのを俺は見逃さなかった。

 まあ、二人の動きを封じるために宴会をするというのなら…結構有効な手かもしれないけどね。


「なんだなんだ? お前らしばらく見ないうちにつまらなくなったな」


「そうね、私らの中で一番破壊活動しまくりで破壊魔王と呼ばれたマチルダちゃんと、何でもかんでも突っ込んでぶった切ろうとした突撃一番星のランファちゃんの台詞とは思えないわ」


「「ぶっ」」


 みんなの目が二人に集中した。


「そんな昔の話出さないでよ、ライラの馬鹿」


「何だいその突撃一番星ってのは、あたしゃそんなに派手じゃなかったよ!」


 彼らは昔同じパーティーにいたらしい。


「やっぱりー」

「類は友を呼ぶというのは本当なんだな」

「突撃一番星…恥ずかしいですね、閃剣とかかっこよかったのに…」


「ぐはっ」


 クレオに恥ずかしいとか言われたらかなり恥ずかしい。

 ランファさんは血を吐いた。


「ま、まあ、どちらにせよすぐにできるわけじゃないだろ? 

 試験相手ったってトゥリアやライラが相手するわけじゃないだろうし」


「え? 何で、私でもいいじゃん」


 ライラさんが首を傾げた。


「いえ、だって祖父と孫でしょ? 試合をして、もとルトナちゃんが勝ったとして、問題にならないの?」


「「なんで(だ)」」


 つまり身内だから手加減とかそういうものがあったのではないか? という疑惑を持たれないか。ということを心配したらしい。


 だが獣人はみんな首をかしげている。

 彼らは本能の人でしかも本質が野生の王国なのだ。

 そんなことは誰も気にしない。


 いや、気にするのもいるんだとは思うんだけど、獣人社会の上の連中は気にしないのだ。


「でもルトナちゃんの相手はイルクヨマ姉さんなんだけどね」


「おう、柔獣王だな」


 おお、あの豪快なおばちゃんか。

 だがそうするとちょっとルトナには不利かもだな。


「ごめんなー、おくれたわー」


 噂をすれば影というやつだろう。柔獣王イルクヨマさんが入ってきた。


「いやー、かわいいこどもたちやねえ、すっかりなつかれてしもうたわー」


 どうやらここに来る途中子供たちを見つけて突撃していったらしい。

 ちっちゃい子大好きおばさんなのだ。


 玄関からずんずんという足音が近づいてくる。

 そして部屋のドアを開けて入ってきたのは見事に太った狸の獣人のおばちゃんだった。

 人のよさそうな笑顔で愛想を振りまいている。


「えっと、この方も獣王?」

「うわさは聞いていたけどねえ、なんちゅうか」


 二人が唖然としている。

 それほどインパクトあるのだ。

 丸々と太っていて、それでいてきている服がフリルとかひらひらでとにかくファンタジー。


「あらあら、あんたがルトナちゃん? かわええ子やねー、ほんまトゥリアのアホンダラが来ないなかわいい子、ずっと連れてきいひんなんて何を考えとるんだか」


「あー、いや、すまん。あの頃は俺も若かったからよ、女の子に厳しい修行とか無理だとおもってたんさ」


「まあ、エルメアもいい線行ってたけど獣王になれるほどじゃなかったから、女の子なら程々で幸せな家庭をって気を使ったんですよ。

 ところが鍛えてみたらこの通りでしょ?」


「まあまーなー、気持ちはわかるわ。やっぱ女の幸せはええ男捕まえて子供ぎょうさん生んで子供さんに囲まれて暮らすこっちゃ、わしもそう思うもんなー。でも幸せは人それぞれやと、この年になってわかるわ、どんな生き方を好むかは本人が決めたらええねんで。周りがごちゃごちゃいうことやない。

 それに女の強さいうんは子供産んでからや。またがばー開いて子供産んだらもう女には怖いもんなぞなんもないでー」


 それは極論だと思う。


「あれ、ディアちゃんやないの」


「はい。イルクヨマさま、ご無沙汰しています」


「ほんまご無沙汰やねー、もっと遊びに来てくれたらええのんに。家の孫もそうすればもうちょっとなあ…」


 この人は孫娘を俺に嫁がせたい人なのだ。


 でも彼女の孫は結婚するなら同じ獣人がいいという主義の人で、つまり俺は対象外。おかげで気の置けない付き合いをさせてもらっている。

 いや、色事が絡まない関係というのは気楽でいい。


「まあまあ、強いといっても僕の場合は魔法を混ぜての強さですから。獣人族の感性では微妙に理想から外れますしね」


 と一応援護射撃はしておく。


「ほんでルトナちゃんの挑戦権だけど、ティアちゃんは認めるん?」


 獣王になるには獣王と戦って実力を示すということを何回か繰り返さないといけない。

 そして最初の挑戦は獣王のすぐ下、十八羅漢の筆頭である俺が許可を出すことになっているのだ。

 つまりまず俺に実力を認められないといけないのだ。


「はい、ルトナなら挑戦権を認めるのにやぶさかではないですよ。でもお相手がイルクヨマ様だと、ちょっと厳しいかな? とは思います。

 ただ一度で決めないといけないものではないですし、良い経験になるかな? とは思います」


 多分ジジイたちがこの人とルトナのバトルをセッティングしたのはそういうことだと思う。

 ルトナの実力は十分にあるとは思うがやはり戦闘経験が足りない部分はある。

 そしてイルクヨマさんはルトナにとって今まであまり戦ったことのないタイプだろう。


「ほな決まりやね。それじゃさっそく…は嫌やから、まずはおいしいご飯とお風呂やね」


「おう、ディア坊、酒の方も頼むぜ」


「さあ、今日は飲むわよー」


「「・・・・・・何しに来たんだお前ら」」(俺とルトナ)

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