7-11 獣人のおきて② 獣王登場
7-11 獣人のおきて② 獣王登場
「たすけてくれ~。勘弁してくれ~。俺が悪かったよ。もう二度と嘘なんかつかないから」
ロータス・ガウルが俺の回復魔法を受けながら必死に懇願をしている。
『スゲーな。あの怪我がみるみる治っていくぜ』
『ああ、ここまで腕の立つ回復師はちょっと見たことがないぜ』
『あいつ。しばらくここにいんのかな?』
それを見た普通人たちが感嘆の声を上げている。
『しっかりしなさい、すぐに治りますよ』
様子を見に来た受付嬢がロータス・ガウルを励ましているが彼自身は泣いて謝るのをやめない。
そしてここにいる獣人たちもそんな様な事を言わない。
彼らの目にはロータスに対する怒りが見て取れる。そして憐憫を浮かべる者もいる。
「はい治った」
治療が終わり、ロータス・ガウルは完全に回復した。
その瞬間。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ。いやだー!」
じたばたと暴れだして逃げようとする。
俺はロータス・ガウルの首筋をつかんで動きを制圧した。中枢神経に魔力を流して動きをマヒさせたのだ。
これがいいのか悪いのか判断が難しいが、どちらに転ぶか俺にもわからんしな。
受付嬢さんが頭に疑問符を浮かべて首をひねる中、ルトナは剣を抜くと無造作にロータス・ガウルの足を切り落とした。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
「なっ、何をするんですか!」
ロータス・ガウルの絶叫が響いた。
響いたけど神経は半ば麻痺しているから痛みはないはずなんだけど…まあ気分かな。
「あなた、無抵抗の人に切り付けるなんて!」
「え? でもルールだし」
「ルールでも…え?」
なるほど大体事情は分かったな。つまり、この受付嬢さんは若いだけあって…
「獣人種のおきてってものを知らんらしい」
ふいに横から声がかけられた。
「げっ」
いや、知ってはいたよ。探査に引っかかってたからさ、でも声が出ちゃった。
「あーっ、おじいちゃんだ」
「御師様。ご無沙汰しております」
ルトナとサリアが頭を下げる。
そう、こいつは俺たちの爺さん。トゥリア・ナガン。颯獣王と呼ばれる化け物の一人だ。
「あらーん、いやそうな顔しないで~。ディアちゃん」
そして俺の背中に押し付けられる大きな脂肪の塊。そして俺の脇を流れるようにシャラシャラとこぼれる黄金の髪。
金の瞳にとがった耳、そしてゆさゆさと揺れる大きな大きな七本の尻尾。
「えっ、お久しぶりです。ライラ・ネックさま…」
見た目は妙齢の美女だが結構年行って〝ギロッ〟…えっと、とっても若い狐の獣人、爺さんの彼女で破獣王とか破壊の神様とか呼ばれる危ない人、ライラ・ネック。
八獣王のうち二人の登場に周囲の獣人たちは色めき立っている。
武闘派の人間も混じっているけどね。
それほどすごい人たちなわけだ。
その人たちに向かって。
「ルールだか何だか知りませんけど、ここはアリオンゼール王国です。無法は許せません」
受付嬢が噛みついている。
スゲーなこいつ。
■ ■ ■
「そこまでだよミリル君」
騒ぎを聞きつけたのだろう、ギルドの建物から顔に傷をもつ歴戦の勇士みたいな爺さんが出てきた。
「ギルマス。そこまでってどういうことですか。こんなことが許されるはずが」
「許されるというかこの件は獣人の中で処理すると決まっているのだよ」
唖然とした顔で一瞬固まり、それでも食って掛かろうとする受付嬢ミリル君。
爺さんたちは面白そうに見ている。
ギルマスはちらりと爺さんたちをみて、何も言わないのを確認してから口を開いた。
「獣人社会において八獣王、十八羅漢、五百羅漢というのは一言でいうと特権階級ですね。行ってみれば貴族の様なものですよ。
十八羅漢ぐらいになれば貢物を持ってくるものだっているでしょうし、女だって差し出される。まあ、彼らの方で相手にするかは別にして。
五百羅漢にしてもその影響力は大きいんです。
これを詐称して利益をうる。というのはとてもまずい。
しかも獣人たちのコミュニティーの話なので王国も口を挟みにくい」
女性が誑かされたり、強請り集りで金品を捲き上げても王国内部では軽犯罪。捕まえて厳罰に処すというわけにはいかないのだ。
問題になるのは獣人コミュのほう。
はっきり言って信用問題なのでとても困る。
喧嘩や器物破損などにはとても肝要だが名前を利用した一般人への犯罪行為は厳しく取り締まられている。
にもかかわらずそれを僭称して犯罪を犯すものを許すなどという選択肢は存在しないのだ。
「五百羅漢の監視監督はその上の十八羅漢や獣王が責任をもつ。これは王国と獣人との間で取り決められたちゃんとしたルールだよ。
君は新採用だったね…ちゃんと対応マニュアル読んだ?」
受付嬢は絶句していた。読んでなかったな。
多分自分の正義感で暴走するタイプの人なんだろうな…
だがおかげで場が白けてしまった。
ルトナに改めて刑を執行せよとか言うのも酷な話だ。
空気感がね…
仕方ない。
「ぐやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
みんなが(一部を除き)どうしていいかわからない空気の中ロータス・ガウルの絶叫がもう一度響いた。
「まっ、こんなもんでしょ」
俺が彼の腕を切り落としたからだ。
右腕と左足。
もう戦えないし、戦えない獣人なんて何の威厳もない。
身分僭称の罰はこんなものだ。
さすがに死んではまずいので回復魔法で傷はふさいであげる。
「それでいいの~?」
「いいんですよ。ダメなときはまた働きます」
ライラさんが耳元でそんなことを宣う。
この人はどうも俺の本当の仕事を知っているっポイ。
このロータス・ガウルがこれでおとなしくなるならそれでいいし、少しは援助もしてやろう。逆に邪壊思念にとらわれるようなら改めて地獄に送り込めばいいのだ。
最後に切り落とされた手と足を分解で滅ぼしておしまい。
「わりいな、ギルマス。迷惑をかけた」
「あと、こいつの~お仲間はま~かせるわね。人間を勝手にしょりするわけにはいかな~いから」
「一緒に抵抗とかしてくれれば簡単だったんだがなあ」
一緒にいたジュレミー・ナイナも共犯っぽくはあるが、うちが問題にしているのは軽犯罪の方ではなく五百羅漢僭称のことだからジュレミーに関してははっきり言うと関係がない。
関係はないのだが五百羅漢の名前を使って悪さをしていたのであれば放置もできない。
だけどそんな証拠もないし、そもそもロータス・ガウルが偽物だと知っていたかどうかもわからない。
一緒に抵抗でもしてくれればまとめてお仕置きって話になるんだろうけど、とっとと逃げちゃったしね。
しかも連れてた女の人たち置き去りにして。
「まあ、それに関してはギルドの方でどう対処するか決めてもらえばいいでしょう。
明確な犯罪があるようなら行政府に連絡をくださいな。
その場合は国で対応します」
サリアがまとめてくれたがまあ、そこら辺が落としどころだね。
「でも爺ちゃんたちどうしてここに?」
「おうよ、実はランファとマチルダから依頼が来てヨ」
ランファさんはアウシールのギルマスだ。
マチルダさんはご存じ女伯爵さま。
「でもお爺ちゃん。今度の迷宮ってあんまり大したことないような気がするんだけど…」
「あらあら~、そんなことないわよ~。きっとわたしたち、やくにたつわ~」
ルトナに応えたのはライラさんだった。
彼女の言葉は不思議と予言めいてその場に広がっていった。
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