6-26 委員会の影…
6-26 委員会の影…
「ふん、ふんふふ、ふんふんふん~」
俺は鼻歌を歌いながら迷宮を進む。
目指すは勇者ちゃんたちがいる六階層の温泉施設…ではなく普通に四階層だ。
ただほかの者には勇者たちのとこに向かうように見えるかもしれない。
うん見えたようだね。
《ハイであります。後ろからつけてくる一団がいるでありますよ
さらにその後ろからその一団をつけてくる集団がいるであります》
「あー、やっぱり監視されていたか…だとは思ったんだよね」
だって帝国が勇者をあきらめるのが速すぎる。
「一応、戦闘向きじゃないから。という理由はつけていたけどね」
《過去のやり様から考えられないであります。寧ろ戦闘向きでない勇者の方が重要なぐらいでありますよ》
そう、そうなんだ。
モース君が精霊井戸端会議で拾ってきた情報によると戦闘で貢献しない勇者というのはほぼ家畜扱いでこの方が利用価値が高いと思っている節がある。
つまり繁殖だ。
特に女勇者が子供を産むとその能力が受け継がれることが多いそうで、女は戦闘向きでない方がいいとすら言われているらしい。
犯して子供を産ませ、犯して子供を産ませの繰り返し。
「帝国はほとんどゴブリンだね」
《で、ありますな、やっていることが同じであります》
そんな話をしているうちに中央のシャフトにたどり着き、隠されたエレベーターに乗ると下まで行けるんだが、それはせずに外周の階段を下りて四階層のアンデット迷路に向かう。
四階層に折りて迷路を進んでいると明らかに俺をつけている気配。
《襲ってこないでありますな》
「まあね、俺が勇者ちゃんの所に行くと踏んで、隠れ家を突き止めようという腹なんだろう」
魔力視もあるし精霊が御注進に来てくれるのでほとんど丸見えである。
《しかし、また蚊帳の外ですからな、ルトナ殿がお怒りになるのでは?》
うっ、それは言わないでほしかった。
でも仕方ないんだよ。ルトナの実力は確かだけど、獣王ほどじゃないし、獣王ぐらい力がないと危ない人もいるんだから。
「ねえ、サイゾウ君」
俺は後ろで隠れている奴に声をかけた。
いつだったか神殿でテテニスちゃんに絡んでいたジジイを追いかけた先で襲ってきたやつだ。
随分隠形に優れた奴だったが今回も一人で先行してつけてきていた。
途中途中で後ろに指示を送っていたからこいつも帝国の関係者か…
「よく気が付いたな」
「いやあ、一回見ればね~。どうやって隠れているのか理屈はわからんけど見逃したりはしないよ~…ってデブタイツなんだ」
現れたサイゾウはフェリペという男とそっくりだった。
その間にサイゾウは笛を鳴らし、すると後ろから俺をつけていた一団とさらに後ろからちょっとした集団が集まってくる。
総勢50人ぐらいか。
「人海戦術だね」
「一つ聞こう。なぜおれを知っている?」
「ん?」
《前回あったときはタキシード怪人の姿でありましたぞ》
ああ、そういえばそうだった。
忘れてた。
どうしよう。
はっ、いや待てよ。これって変身ヒーローの見せ場なのでは?
銀色巨人とかではなく名探偵系の。
「ふっ、つまりこういうことさ」
黒い霧が俺の全身を隠す。
その間に変身だ。
まるでお芝居の早変わりみたいに大急ぎでタキシード怪人を構成する。
そして左手をバット振って霧を吹き散らせばそこには一つ目の怪人がたたずんでいた。
という寸法だ。
「貴様あの時の!
総員戦闘態勢!」
後ろに居並んでいた者たちも短剣…じゃないな。あれは苦無だ。
しかも全員忍者装束だぞ。
「さしずめ悪の忍者集団というところか」
「黙れ、俺たちこそが正義なんだ」
「…まあ正義なんて星の数ほどあるからな。そういうこともある」
「だまれーーーー!」
あれ、なぜか切れたぞ。
これが切れやすい若者というやつか?
《何人か逃げるであります》
情報を持ち帰る役目ってところかな。
「ぐあっ」
「ひうっ」
悲鳴が響いて後退しようとしていた忍者が足元に浮かんだ魔法陣から伸びた武器に貫かれて倒れた。
「私を倒さねば先には進めぬ。彼らを倒さねば後退かなわぬ」
ここは迷宮の通路内。それなりに広い通路だが人が(骸骨だけど)6人もいれば十分にふさげる。
獄卒たちは早速忍者軍団に攻撃をかけ始め、次々と打ち取っていった。
「応戦しろ」
サイゾウが声を上げるが戦闘は圧倒的に獄卒が有利。
多分かなり鍛えた部隊なんだろうが、獄卒は達人のデーターの結晶なのだ。
「くっ、前だ。あの黒いのを抜いて先に逃げろ。情報を持ち帰るのだ」
サイゾウは早々に戦闘をあきらめたらしい。
確かにサイゾウは強いのだろうが、脅威になるような圧力は感じない。ひょっとしたら不意打ち奇襲が得意なだけなのかもしれない。
「うんそうだな。個人の戦闘力に自信があるなら兵力を整えたりはしないだろうし」
忍者たちは半分が後ろの獄卒の足止めに残り、半分が離脱するべく俺の脇を走り抜けようと…して壁にぶつかった。
「なっ」
「ダメです」
「何か見えない壁が」
俺はにんまり笑った。
大気の流動を停止させて固定したアトモスシールドを通路いっぱいに広げてあるんだよね。
《うわー、怖い顔であります》
そう?
モース君がまた水鏡て見せてくれる。
水晶のような黒一色の頭部の中で一つ目と細い三日月のような口が笑ったように光っている。
おおー、かっこいいな。
《吾輩とは趣味が合わないであります》
失礼な。かっこいいじゃん!
「まあ、遊んでいるわけにもいかないか」
俺は神杖無間獄を大鎌モードにして壁で跳ね返されている忍者に切りかかる。
「おあっ! 足が!!」
「なんで…」
大気の固定を伸ばしてひざ下を絡めとる。
そしてわざとグラビットドライブを起動し、空中を自在に踊るように飛び回りながら忍者を狩っていく。
人間足を固定された状態ではどんな達人でもまともには戦えない。
だが根性があれば何かができる。ということはあるようだ。
忍者の一人が持っていた剣で自分の足を切り落とし、手の力だけで飛び上がり攻撃をしてきた。
遊んでいたわけではないのだがこれには驚いた。
とっさにそこらの空気を固めて殴っちゃった。
巨大な空気のハンマーで固まった空気の層にたたきつけられた忍者は血の華を咲かせて沈黙する。
でも…
「あまり見た目がよくないな。さっさととどめを刺してやろう」
無限獄は命を刈り取る杖だ。防具や肉体に傷をつけずに忍者たちを即死させていく。
そして刈り取られた命はそのまま神杖にセットされた地獄に送られる。
「つみを償えば出られるからしばらく務めるがいい」
そして最後はサイゾウ一人。
獄卒たちは道をふさぐように待機している。
「ふっ、俺を捕まえるつもりか?」
「そのつもりだよ。おとなしく死んでおくれ」
「?」
ああ、言われたことが分からなかったな。
死んだあと地獄に捕まえるからだよ。
「まあ、どちらにしても逃げるけどなっ!」
そういうとサイゾウはまた短剣を自分の胸に突き刺した。
前にも使った逃亡用の転移の魔導具だ。
次の瞬間。ダーンという音が響き、サイゾウがはじかれて錐もみするように吹っ飛んだ。
《すごいでありますな。読んでいたでありますか?》
「んーん。空間転移系なら空間が乱れれば使えないかも…と思って重力飛行で周りを掻きまわしたんだけど…ここまでひどいことになるとは思わなかった」
《素に戻っているであります》
しゃーないやんけ、びっくりしたんだよ。
「そんな…俺は…おれば…」
サイゾウは前回見た赤髪の青年風に戻っていた。
どうやらこいつの能力は変身だったらしい。
「俺たちを利用して捨てたやつらに…んどは…俺たちが利用して…踏みつけて…なんでジャマ…」
俺はサイゾウのそばにしゃがみ込む。
「さっき言ったろ、正義は星の数だよ。
俺は半分精霊だから人間の都合より、世界の都合の方が優先なんだ」
「ちくしょ…」
それが最後だった。
錐もみではじかれたときに刺さっていた短剣が暴れて腹を切り裂いていた。それに歪んだ空間の反発もあったんだろう。
まるでミキサーでひっかきまわされたみたいな死体だ。
俺は杖を起動して周辺の魂を回収する。
罪の軽いものはすぐに解放されるかもだが、こいつの歪み具合ではそれは望むべくもない。
たとえその歪が彼の所為ではないとしても、ゆがみをまき散らし世界を傷つけたのだからすりつぶして修復に充てるのが我々の正義だ。
《これで一件落着でありますな》
「たぶんね、これだけの精鋭を一気に失ったんだから帝国もしばらくはおとなしいんじゃないかな。
にしてもやっぱりなんちゃら委員会は帝国と深いつながりがあるみたいだね…
一回調べにいくか…」
こういう時に身分が邪魔なんだよね。
まあ、こっそり行ってくりゃいいや。艶さん辺りならなんか知っているだろ。
こうして俺たちは無事に流歌と翔子君を保護することができた。
まあ、身内だしね、このぐらいはしてやらないと。
「さて、気づかれないうちに戻ろうか」
《そうでありますな。頑張って戦ってください》
おおっとそうだった。ネム様をなだめないと。主にベッドの中で。
大変なんだー。これが。
後のことはあとで考えよう。
そう思って俺は迷宮を出た。
「おい、ゼダンの町の近くに新しい迷宮だってよ」
「なんかかなり荒れているらしいぞ」
冒険者ギルドでそんな話を小耳にはさんでしまった。
なんか大変そう。
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