6-25 状況が見えないなあ…
6-25 状況が見えないなあ…
あれから少し時間が流れました。
二週間ほどね。
少し話がそれるが小神殿はとうとう再生が完了したのだ。
継ぎ目のない石造りの壁と、世界樹の枝を起点として繁殖した木でできた…というかこう、枝が絡み合うことで出来た椅子などが完成し、小さいながら立派な、そして厳かな神殿になった。
奥の居住スペースもしっかり作られていてすでに捨てられた孤児院という印象はなく、子供たちの暮らす寮のような感じだ。
ただ残念ながらお風呂はなし。
お風呂を沸かすのは手間がかかりすぎるので一般的な家庭ではなかなか難しいのだ。
だから普通は銭湯に行くね。
子供たちの場合は俺のうちの方に大きな風呂があるから必要ないけど。
というわけで俺の工房の方も構築が完了している。かなり住みやすい住居兼工房になっていると思う。
“場”としてもメイヤ様の力が強いこの町は拠点として申し分ない。どこに行ってもここに帰ってくるのが基本になるだろう。
俺はその自慢の自宅となった屋敷で考えごとをする。
まずは暗殺者の一件だ。
こちらはほぼほぼ片付いたといっていい。
数日前に機関車が帰還したのだ。テレーザ嬢とか帝国の外交官とか乗せて帰ってきた。
向こうではなかなか大変だったようだ。
王都はお祭り騒ぎで巨大機関車(移動要塞)とか(陸上戦艦)とか好きに呼ばれているまだ名前が定まっていないあれのお披露目があって、インパクトはありまくりだったようだ。
これは革命的な機械で、魔石を利用した蒸気機関で動くために魔石効率がものすごくよくて、つまり燃費がよくてコストが低い。
そのくせ安全性は要塞並みで平地しか走れないという欠点はあれど、移動の革命なのだ。
それに平地しか走れないといっても道を整備すれば走れるところはどんどん増える。
王国内でいえば北の大平原に町を作ることさえできるようになるだろう。
これでほじゃくなという方が無理というものだ。
ただかわいそうなことに民衆がお祭りで盛り上がっている裏でクラリス様とか王国の偉い人たちは帝国との折衝に駆け回ることになった。
やることが丸ごと一プロジェクト増えたようなものだから大変だったろう。
ただそのかいあって大体の話はまとまったらしい。
どうなったかと言うと、とうとう帝国と王国が決裂…ということにはならず、友好関係を再構築するためにいったん仕切り直しましょう。という話になったようだ。
「まあ、従者だのなんだのいいながら暗部とかの暗殺者を大量に連れてきていたのがばれちゃったしね。
しかも主導したのがあっちの公爵家でしょ?
さすがに一回人員を総入れ替えしないとだめでしょ?」
俺の工房に訪ねてきたマチルダ・キハール女伯爵はそう言ってソファーに寄りかかった。自慢のソファーである。
「でも認めてはいないわけでしょ?」
当然だ、こんなこと認められるはずもない。
国というものが全面的にごめんなさいをするのは戦争に負けて無条件降伏した後ぐらいのものだ。
「国としてはね、全く知らなかった。かかわっていない。という返事だったわ。
バックレないとまずいからそれしかないんだけどね…
ディアちゃんが向こうの公爵家の人かも。という話もあり得ない。という返事ね。あら美味しい」
そう言いながらマチルダおばさんはルトナが出したお茶を飲んだ。
お茶だしをしたルトナだが俺の隣に腰かけ…たりはせずにひらひらと手を振って出ていった。
まあ、こんな話には興味がないか。
それに俺のことに関しては本当になんの証拠もない。
「しかし、そのうえでよく友好関係の再構築なんて話になりますね。帝国には無理して王国と仲良くしないといけないような理由はないと思うんですけど…」
「うーん、それなのよね。
まあ、確かに今、逢魔が時にかかっている時期に他国と争うっていうのは常識的ではないんだけど、それだったらそもそも周辺国の反発を無視して亜人種や妖精種を奴隷として扱っている帝国には今更でしょ?
一体何を狙っているのかしら? という話なのよ」
確かにこれはおかしい。
帝国は人間以外の生き物に多大な犠牲を強いて成り立っている国だ。
帝国の北にある山脈には天魔族がいて、まあ、こいつらも基本的に人間を見下しているんだけど。そのせいで関係は最悪だ。
東は大きな森と草原があるがこちらは獣人族の住処。
南にはドラゴンが住む山があり、その草原は魔龍の狩場なんて呼ばれていてかなり危険な場所、でもそういう場所でないと帝国が好き勝手やるから獣人族が安心して住めるのはそんな場所ばかりという現実がある。
逆に言うと手が出せない。
はっきり言って四面楚歌なのだ。
あっ、東は海ね。
王国と帝国は北側でつながっているけどその部分は境界山脈なんてものがあって、行き来できる場所は少ない。
まあ移動要塞が完成したいま。帝国がこちらにちょっかいを出すことは難しいだろう。
「逆に言うと『だから?』という気もするわよね。この上王国と事を構えてしまうと帝国はかなりまずい状況に置かれてしまうわ。
だからある程度の友好は維持したい。
ということかもしれないわよ」
このような状況で帝国が苦しいのは帝国自身の所為なのだ。周辺に喧嘩売りまくりだからみんなが水に落ちた犬を叩こうと待ち構えている。
となれば多少の譲歩はするかもしれない。
「にしても、譲歩のし過ぎ…いや、でもそれしかないのかな?」
「確かにね、勇者ちゃんたちの捜索は断念するみたいだし、あのメヒちゃんのことも許すみたいだしね」
勇者である流歌と翔子君が行方不明になって、この町の帝国関係者は大騒ぎだったが王都にいた首脳陣は意外と冷静だったらしい。
そして彼らの出した結論は『迷宮に倒れたのであればやむなし』というものだった。
証拠はないが二人は帝国にもともと協力的ではなかったから逃げた可能性は当然想定できるだろう。なのに早々に捜索を断念。
メヒテュルト嬢にしても帝国に対して不忠の儀有之。ということで子爵家から正式に廃嫡する。という返事が届いた。
まあ、まずいことをやった貴族の子弟に対する罰としては身分はく奪の上、家からの絶縁である廃嫡は決して軽い罰ではないのだけど、帝国って反抗的なやつはみんな殺しちゃえ。みたいなイメージがあるんだよね。
事実、廃嫡になった本人が不気味がっていた。
ルーミエ嬢は司法取引のような形で死刑のような状況にはならなかった。
この二人にはしばらく監視はつくだろうけど普通に暮らしていけるだろう。
なんでも王都で仕事をするんだそうだ。
普通に。
残ったあの男勇者二人とほかの貴族たち、そして従者たちはいったん帝国に引き上げることになる。
言ってみれば彼らには『スパイ容疑』がかかっているので国外退去。ということになるわけだ。表向きは諸般の事情による一時帰国。だけどね。
こうなると帝国が何を考えているのか、さらに気になる。
俺の方も何とか帝国の動向を探りたいんだけどな…
何か考えるか。
マチルダおばさんが帰っていくとうちの女性陣が戻ってくる。
「えへへ、ごめんね、難しい話とか聞いてもわからないし」
「私の立場では口をはさんでいいものかどうか」
「うんうん、やっぱり難しいことは大人の仕事だよね」
ルトナとクレオはともかくサリアはそれでいいのか?
「でも帝国が帰るとあの人たちも帰ってこれますね」
「知らせに行かないとですね」
「これから早速行きましょうか」
「だーめ」
「「「なんでー」」」
「まだ帝国の人たちが帰ったわけじゃないからね、もうしばらくおとなしくしていてね」
ぶーぶーぶーっ
「でも落ち着いたらパーティーでもやろうか?」
「わーい、賛成ーっ!」
「うれしー」
「楽しみー」
「食べるですの~」
「ぴーっ」
さて、これで一件落着。
かな。
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