6-21 水面下で動こう

6-21 水面下で動こう



「大変面倒なことになりました」


「ああ、そのようだね」


 俺は目の前の男を観察した。

 小太りでちょっと気が弱そうで、いかにも事務方の人という雰囲気の男性だ。

 着ている服は貴族服の簡素なやつで、これは王国に仕える役人の制服だ。

 もちろん部署によって、また階級によってデザインに差がある。


 その服もなんとなくくたびれていて、目の前の男性はブラック企業でこき使われて疲れ果てたサラリーマンといった風情だった。


 目の下には隈があり、頭は見事に後退している。

 きっと髪の毛がハラリと抜けるたびに『あああああっ』とか悲壮感に満ちた声を出すに違いない。


「いえ、髪の毛はもともとなんです」


「あっ、そうでしたかすみません」


「いえいえ、でもここのところ眠れないのも事実ですので…」


 中間管理職の悲哀ここに極まれり。


 彼はマチルダ・キハール女伯爵の部下でお名前はシウスケさんという。

 ぼろくそ言ったがここの事務方のトップだ。事務次官とかそんな感じの偉い人。

 そしてよく頑張っている人だ。


 彼が困っているのは当然先日捕まえた賊たちのことだ。


「彼らが帝国の人間であることは間違いありません。これはもう確証があるレベルです」


「あれ? 確証があるんですか? まずくないですか?」


「まずいんですよとっても!」


 シウスケさんはテーブルの上にずいと身を乗り出した。

 もちろん俺はソファーに座ったまま応接セットのテーブルから自分のお茶を救出する。だった美味しいんだもん。

 クッキー転げたよ。


「すみませんすみません」


 まあ彼らが何かというと『帝国の暗部』ということになるようだ。それはもう間違いはないのだ。


 だがそこはそれ、国同士のお付き合い。某国を思い浮かべれば分かるように明らかに犯人であるとか、原因である。とかわかっていても国として知らぬ存ぜぬといい続ければそれはその国のせいではないのだ。

 どんなに疑わしくても。

 どんなにみんながそう思っていても。


 だから確証があってもまずいのだ。


「その確証というのは、全身タイツの中年デブですか?」


「いえいえ、そうではありません、彼は確かにフェリペ氏によく似ている…という話でしたが、確かによく似た雰囲気はあるんですが、心臓まひでなくなってしまいました」


「ほう? 心臓麻痺…ですか?」


「はい、顔も確かに似ているのですが、よく見れば確かに別人で…こちらからの特定は…」


 つかまった暗部が自殺するというのはよくある話だ。


「でも対策は取っていたんですよね」


「ええ、もちろんです、それでも…」


 死なれてしまった。そして死体を見分すればあのフィリペとか言うおっさんとは似てはいても別人である。


 おれは先日紹介された太ったおっさんのことを思い出した。


 確か帝国の行政府に仕える『政策顧問』とかで、帝国にある学術院大学だかの教授だとか。

 王国との良好な関係は帝国にとって重要である。とか言う理由で大物が来たんだ。という触れ込みだったはずだった。


 多分向こうが本物でこっちが影武者みたいなものなんだろうな。

 そして多分同じ顔をしたやつが何人もいるのだ。

 さらになにがしかの細工がされていて死ぬと別人と思えるぐらいには似ていないようになる。


「おそらくそうだろうと思います。

 ですがこれ以上の自殺などは許しません。

 はっきり言って残りは何というか覚悟が違いますから」


 ふむ。

 そう言えば昔、何が何でも死ぬと決めた人間の自殺を阻止するのは事実上不可能だと聞いたことがある。

 生き残りはそこまでの覚悟はないわけだ。


「何度か自殺を試みたようですがいずれも阻止されています。そしてそれ以降は」


「となると問題は?」


 本当ならここで明らかに帝国だと思われる賊を、王国が確保しつつも帝国に謝らせるような証拠は欠き、こいつらはなんとなく帝国に圧力をかける材料として利用される…という流れになるのだろうけど。


「それがですね、先日事故がありまして」


「事故?」


「ええ、実行犯を施設内で移送中のことだったんですけどね、帝国のお姫様が自分の従者の行方が分からないと相談に見えまして…」


 あっ、なんとなく想像できた。


「ちょっと変わった名前の…メヒテュルト嬢だったっけ。えっとレングナー子爵家の」


 俺の言葉にハイと答えるシウスケさん。


 本当に偶然だったかは…まあ、怪しいところはあるけど、あの侍女、ルーミエ嬢がいなくなったので探してほしいとこの行政府を訪ねてきたメヒテュルト嬢はたまたま縄を撃たれ連行される賊たちに出くわした。

 そこでその賊の中に自分の侍女であるルーミエ嬢の姿を確認し、ルーミエ嬢が自分の侍女、つまり帝国の所属であることを証言してしまった。というわけだ。


「多分メヒ嬢は何も知らなかったんでしょうね」


「メヒですか…まあ、そうかもしれません。いや、そうだったんでしょう。ですがこれで件の賊の一人が帝国に所属し、最近留学生のおつきとして王国に来たといううらが取れてしまったわけです。

 間違いなく帝国の禄をはむものだと。

 困りました」


「つまりメヒさんは賊を見捨てるという選択をしなかったと」


「ええ、昔から仲が良かったらしいです」


 うーん、面倒くさいことになった。


 この場合帝国の言い逃れとしては『ルーミエ嬢』が何らかの犯罪者集団のメンバーで、帝国内部に潜り込んで害をなそうとしていたのだ…という主張ができるわけだが、それもメヒさんが『そんなはずはない』と主張する。

 本格的な調整はこれからとしても、頭が痛いだろうね王国も。


 明らかに帝国の者となれば攻撃しないわけには行かないし、帝国も攻撃されたからといって素直に謝ったりはできない。

 あそこは奴隷制度とかいまだにあって王国とは仲が悪い。

 特に妖精族なんかの扱いに関しては喧々諤々だ。

 非を認めて譲歩なんかさせられてはたまらないというわけだ。


 それにメヒさんの立場も悪くなる。


 下手をすると今回の留学も中止、帝国に引き上げるとか?


 そうなると勇者とかメヒさんとかおとなしく帰るかは疑問だ。


「はい、現在『伝信の晶球』を使って王宮と話をしております、キハール様がいると話が早いんですが、キハールさまが王都に到着するまであと少しかかりますので。

 もうこうなると難しい話は上の方にお願いするしかありません」


 ごもっとも。

 ではなぜ俺が呼ばれたか?

 俺って政治的に重要な位置にはいないよね。


「それなんです」


 どれ?


「…実はつかまった賊のうち、ルーミエという件の娘が、ディア殿の治療を受けさせてほしいと、これはメヒ嬢の意志でもあるのですが、

 もし治療をしていただけるのであれば、些細なことであれ、知っていることをお話しすると…

 それでですね、その…出来ましたら王都で本格的な折衝が始まる前にできるだけ多くの情報を送りたいと思いまして…」


「ああ」


 薬が効きすぎたか。

 鉛玉が体内に残っても即座にどうこうということはないと思うけど。


《未知の物でありますからな。恐怖とは未知と想像力がもたらすものですからな。何か怖い想像をしてしまったのでありましょう》


 うん、知らないというのはそれだけで恐怖を掻き立てる。

 人間が死を恐れるのはその先に何があるのかわからないからだからね。


「わかりました。そういうことならすぐに治療にかかりましょう」


「おお、お願いできますか」


 シウスケさんは立ち上がって俺の手をがしっと握った。

 どんな情報が取れるかわからないけど、意味はあるだろう。


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