6-22 いろいろわかった。でもそんなこと関係ない
6-22 いろいろわかった。でもそんなこと関係ない
ここに一人の少女がいる。
少女の名前はレングナー子爵令嬢メヒテュルト。帝国貴族である。
この国は人族至上主義で獣人は基本的に奴隷である。ドワーフもエルフも奴隷である。
自分たちは神に選ばれた民族であるからそれでいいのだと本気で考えているらしい。
この少女も昔はそうだったようだ。
だがある時転機が訪れる。
一つは『ルーミエ』という名前の女の子がメイド兼遊び相手として彼女のそばに配置されたこと。
彼女は遠く獣人の血を引く女の子だった。
前述の通りこの国においては歪んだ人族至上主義が蔓延していて獣人は道具でしかない。
もちろんそのルーミエもまともな娘さんではなかった。
と、言っても大した問題ではなく、帝国が貴族の監視をするために送り込んだ暗部という役割の娘で、どこの貴族家にも必ず一人や二人は潜り込んでいるらしい。
「なんか、ものすごく殺伐としてますね」
「ええ、私もこんな国には住みたくないですね」
俺とシウスケさんは深く頷きあう。
まあ本来情報収集のために入り込んだ彼女は可もなく不可もない仕事ぶりで子爵家の情報を上に送るだけの存在だった。
そのはずだった。
だがなぜかメヒテュルト嬢が彼女にすごくなついてしまったらしい。
いつもルーミエの後ろをついて回る小さな女の子。この状況で情がうつらないように過ごすにはルーミエも幼い娘だった。
んで、ここらへんで事件が起きる。
ライバル関係にあった貴族家から刺客が送り込まれ、メヒテュルト嬢あわや。というシーンがあったのだそうな。誘拐だよ誘拐。
そして金魚の糞のような関係であった以上そばには当然ルーミエもいた。
この刺客は帝国の暗部とは全く関係ないならず者。そして近くに監視対象。ルーミエは任務としてメヒちゃんの保護を選択した。
というか情がうつっちゃったんだね。
見た目は人間だが獣人が先祖にいるというだけで差別の対象になっていたルーミエにとって無条件で懐き、そして獣人だからといって差別しないメヒちゃんは天使だったのだ。
その後秘密は打ち明けられ、しかし外には漏らさないように二人で結託し、友情を、かなり危ない友情を育むようになった二人だった。
というような情報が暴露された。
まあ、メヒテュルト嬢にしてみればルーミエを見捨てるという選択肢はなかったんだろうね。
というわけで治療はサクッと済ませました。
「しかし困りましたね」
「え? 何がです?」
「いえいえ、だって一位爵が帝国の公爵家の若様だったなんて」
「ああ、それですか、どうでもいいですね。第一証拠なんてないでしょ」
というわけで約束通りルーミエ嬢とメヒテュルト嬢は今回の襲撃の裏事情を話してくれました。
まず帝国には『ビジュー』公爵家というのがある。大貴族だ。
ここはテレーザ嬢の嫁ぎ先になる予定の家なのだが、その婚約者というのが『アルフレイディア・ビジュー』その人。
以前話に出た俺のそっくりさんであり、状況的に俺の異母兄弟であるらしい。
今回の襲撃はこのビジュー公爵家の独断であったようだ。
帝国の暗部にそんなことをさせていいんかい!
という話なんだが、このビジュー公爵家こそが暗部の元締めであるらしいのだ。
つまり私的流用ということだ。
これらの情報はうわさにはなっていたが確証がなかったことで、この情報だけでも価値があるそうだ。
情報というのは『ほぼ間違いない』と『確証がある』の間には天と地ほどの差があるのだ。
で、そもそもの動機だが、やっぱりおれだろうね。
過去の話で、当然ルーミエ嬢もメヒテュルト嬢も詳しい話などは知らないのだが、誰でも知っている話として帝国でささやかれている噂を教えてくれた。
ビジュー公爵は子だくさんで、それに見合ったたくさんの奥さんがいるらしい。
で、その跡取りとなる男の子が昔二人いた。
一人が現在跡取りといわれているアルフレイディア君。そしてもう一人が現在行方の分からない『ディアストラ』君だ。
この二人はとても良く似ていて、そしてとても対照的だった。
ディアストラ君は魔法に才能を示し、アルフレイディア君は武術に才能を持っていた。
そしてともに賢かったらしい。
どちらが後を継いでも公爵家は安泰。みんながそう考えていた。
だが暗部の統括なんかやっている家だ、すんなり後目が決まったりするはずもない。
事実この家では不自然に子供が亡くなるということがままあるらしい。
うん、何があったのか一目瞭然。
当時から暗闘はあった。とお嬢さんがたは証言する。結構有名だったらしい。
そしてその戦力は拮抗していたと。
アルフレイディアの母親というのはなんちゃら侯爵家の娘であるとかで当然侯爵家が後ろで暗躍していた。
ディアストラ君の母親はかんちゃら伯爵家の娘でこの伯爵家は学者の家系であまり暗闘だの駆け引きだのは得意ではなかったらしいのだが、母親が魔法の天才と呼ばれた女性で物理的な攻撃はことごとく撃退していたらしい。
このままなら勝負はその時の状況を勘案した本人の適性と能力次第。といわれ、長期戦を誰もが予想したころ予期せぬ事態が発生した。
ディアストラ君の母親の妊娠である。
めでたい話なんだがこうなると母親が最前線で敵を撃退。なんてできるわけもなく、伯爵家から配下の魔法士が数名派遣され、ディアストラ君の護衛に当たったようだ。
だが敵は政治と陰謀に長けた侯爵家。どんな手段を使ったかわかってはいないのだが裏切り者が出てその後ディアストラ君が行方不明になったそうな。
もちろんこの手の話が肯定されることなどないのだから公式にはディアストラ君事故で死亡。ということになっている。
だが噂としてはまことしやかにこのようなものが流布しているのだとか…
「いやだねえ…本当にこんな殺伐とし国には住みたくないよ」
「全くですよ…しかし、一位爵。これがどうしたものか…」
「え? どうもしないよ」
「は? どうもしないんので?」
当然公式にはどうしようもないだろう。
水面下で何らかの取引をしてお茶を濁すような話だ。
俺がそのディアストラ君だとしても証明のしようがないわけだしね。
ただ今回は謎の暗部が多数つかまって、それが帝国の…という話が出てしまったから何らかの譲歩は引き出せる。
とクラリス様あたりは考えているのじゃないかな。
例えば奴隷にされているエルフの開放とか。
全体は無理でもエルフぐらいは行けるだろう。
王国はエルフと仲いいし。
ドワーフは無理だろうな。
なんか無理矢理モノづくりにつかっているっぽいから手放したりはしないだろう。
あと、問題になるのは勇者の扱いか…
来たばかりで向こうが地雷ふんで、それで引き上げたら喧嘩吹っ掛けているようなものだから…いきなりどうこうというのはないと思うけどね…
◆・◆・◆
「ところで帝国の神様って誰なん?」
帰り道モース君と話をする。
今回聞けた情報は伝信の晶球で王都に送られるらしい。取引の材料として利用されるのだろう。
そしてバックボーンを把握しているかいないかは結構違いが大きいのだ。
でもまあそこらへんは偉い人次第ということで。
だからそれはそれとして、今まで放置してきた感じの帝国が気になったりするわけだ。
《帝国の神様は…確か火の上級精霊であると精霊井戸端会議で聞いたことがあるでありますよ》
出た。精霊井戸端会議。
「うーんなるほど。精霊か…しかも上級か…」
《ハイであります。困ったちゃんでありますよ》
そうなんだよね。精霊っていうのは基本的に力をふるうのが大好き。という連中だ。
彼らが力をふるうことで世界が活性化して、調和が保たれる。だから精霊というのは力をふるうことに喜びを見出す。
でも帝国というのはいろいろと歪みを作りまくっている。
《精霊は善悪に頓着しないでありますからな…》
そうなんだよ、こいつらは基本的にものの善悪にこだわらない。まあそれは俺も同じか。善悪よりもバランスだ。
でもそう考えるとかえっておかしい。
この火の上級精霊は何を考えているんだ?
上級精霊というのはモース君や華芽姫みたいにしっかりした考えを持っているはずなのに…
《いっぺん調べた方がいいかもしれないでありますな》
「うーん、帝国か…一回行かないとだめかな? ダメだろうな…あそこは歪みが多いから…」
お仕事的にね。うん。
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