6-16 お約束

6-16 お約束



『おーーーーーーーっ、すげえぜ!』

『キャー素敵―!』


『よーし、今日は俺達のおごりだ!』


『『『『『『『『『『きゃーっっっ!』』』』』』』』』』




「えらい騒ぎだね」


「はい、仕方ないでしょう」


 俺は冒険者ギルドの支配人室でギルマスのランファばあちゃんとお茶を飲みながら下から聞こえる歓声を聞くとはなしに話をしていた。

 場所は町中に在る本館ではなく迷宮のそばに作られた別館だ。


 こちらは大規模な解体場も併設されたかなり大きい建物で、形としては体育館のようなものが三個並んでいて、そことつながる形で洋館風の事務所が作られている施設だ。

 街中の本館が依頼専用の施設になり、迷宮関係の冒険者活動がすべてこちらに集約されたものだ。


「ここまでの大物はめったにないですからね」


 そう言ってお茶菓子を置いてくれたのは現在本館の責任者であるはずのマルレーネさんだ。呼び出されてやってきて、なぜかお茶くみをさせられている苦労人だ。


「うむ、マルレーネのお茶が一番うまいね」


 それだけが理由ならちょっと悲しい。


「さて、じゃあ話を聞こうかね」


 ランファばあちゃんに促されて俺は自分の所見を語る。

 何についてかというと勇者についてだ。


「まず能力ですがさすが勇者という感じですね」


 おれが刺客たちに襲われたのはおとといのことになる。


 翌日、勇者たちは何事もなかったかのように目覚めて、一日の行動を開始した。

 気が付いていなかったのは間違いない。


 モース君の指揮下にある中級精霊に俺たちのいない間の三人の様子を見てもらっていたのだが、変わったことはなかったと報告を受けた。

 ある意味大物といえる。


 そしてまず飯の支度がはじまった。


 これに関しては不満が多かったようだ。


 そこはほれ、食にこだわる日本人。俺なんかもう割と何でもおいしく頂けるけど、この二人はまだそこまで達観はしていないようで、しかし町でおいしいものを買って、自分たちの収納に入れておけばいいという発想もなかったので、干し肉や雑穀バーなどの携帯食を渋々食べるという事態になった。


 雑穀バーというのはいろいろな穀物を調理し、最後に砂糖のようなもので焼き固めたもので、決してまずくはない。

 だが味気ないという評価は…否定できないかな。


 二人ともアウトドア派とはとても言えないような奴だからかなり悲しかったらしい。

 二人とも何か悲しい思い出と…とかね。


 意外と平気だったのがフリートヘルム君。彼は何か気に入ったようで『おいしいおいしいと食べていた』


 食事の後は狩りの時間だ。


 まず最初の目標は衝撃亜竜インパクトサウラ。全長五〇メートルを超える巨体の植物食恐竜だ。いや、亜竜だ。


 群れで行動するので狩るとなるとなかなかに厄介なのだが勇者たちはあっさりこれをしとめた。


 水無月君が隠の結界で亜竜を分断し、孤立した個体を高橋君が強化された斬撃で首を一撃。獣というのはその皮が丈夫で剣などで切るのは結構腕がいるのだがあっさり首の半ばまで切り裂いてしまった。

 魔物と言えども生き物。

 こうなれば助かることはない。


 たださすが魔物というか簡単におとなしくはなってはくれなかった。結構悪あがきでシッポを振り回し、足踏みをして勇者たちを攻撃する。だがこれも二人の力の前では意味がなく、ついに倒れたという形だ。


 その後血の匂いに誘われてうまいこと大食らいグラトンがやってきた。


 二階層の魔物は別にこいつらだけではないので結構引きが強いといえるのではないだろうか?


「ふーむ、勇者は運も強いか…」


 世界のハザマに落ちて本来は消えてしまうはずだったのにうまいことこの世界に引っかかって生き永らえたのだから確かに運は強いのかもしれない。

 でもそのあと帝国に取り込まれているからそれもほどほどあるいは運を使い果たした?


 で、あっさり大食らいグラトンを二頭仕留め、そのまま凱旋。

 まあ、時間が遅かったのでそのまま迷宮入り口近くに作られた宿に泊まって朝一で獲物を持ち込んだというわけだ。


 ここでは勇者がいきなり獲物を出そうとしたのでとりあえず静止し、ギルドの職員に大物と大食らいを持ってきたこと、時間停止型の収納であることなどを告げて段取りをする。

 で、準備ができた頃にはちょっと話題になっていて見物人がたくさん。


 そこに衝撃亜竜と大食らいがドン! ドドン! と出てきたから話題性は抜群だったと思う。


 評価が終わったのは昼過ぎ。すべての素材が最良という判定が発表されて大騒ぎ。

 でみんなにはやし立てられ、その気になった勇者たちが大盤振る舞いを宣言して現在の宴会となったわけだ。


「さすが勇者ってわけかい」


「ええ、なかなかすごいものでしたよ」


「あんたよりもかい?」


「結構いい線行くんじゃないですか? でも獣王に勝てるほどじゃないと思いますよ。強化をかけてやっと戦えるレベルですかね。

 しかも戦闘経験がなさすぎます」


 俺とばあちゃんは勇者の評価を話し合う。


「問題は魔力がバカ高いことですかね。それと勇者スキルとか言う特殊なスキル。

 魔力にものを言わせてあれをどこどこ使われると結構厄介でしょう。

 生体強化タイプの高橋君が…さっき言った通りに獣王並み。水無月君は魔法タイプですがかなり思い付きで変な魔法を使いますし、それにたぶんですけど、水無月君は一度見た魔法なら我流で再現できるのでは?

 という感じですか。まともにやり合うと…騎士団とかでは被害が大きいでしょう」


「さすが腐っても勇者というところかい」


 腐ってはいないけどね。まあひょっとすると流歌とか翔子ちゃんとか腐っている可能性も無きにしも非ず。


「で、性格は?」


「性格自体でいえば帝国よりも王国よりですかね。というか帝国の選民思想ってはたから見てると見苦しいですからね。

 どうも元の世界でかなりまともな教育を受けていたようです」


「ほう、そいつあ意外だね。今までの記憶だと帝国の勇者はろくなもんじゃないというのが定番だったんだけど」


 前回が数十年前だとすると受けていた教育に問題があった可能性がたかい。

 洗脳というのは学のないやつの方が簡単にかかるそうだから。

 日本の高等教育をまともに受けていればそうそう変なゆがみかたはしないだろう。と思う。


 その逆が帝国の貴族だ。

 フリートヘルム君のような例外を除けば貴族自体が選民思想を真剣に信じている。

 子供のころからそういう教育を受けているからだろう。


「というわけで帝国の貴族は自分たちの考えが当然に勇者に受け入れられると信じているみたいなんですよね…」


 これは過去の勇者が簡単に洗脳できたからというのも理由の一つだろう。


「となると、うちの冒険者どもとどんどん付き合わせて、見分を広めさせるのがいいか?」


「ええ、いい考えだと思います。帝国の貴族がくっついてくるのも面倒くさいので、良いパーティーメンバーでもいれば勝手にやるのでは?

 帝国の過保護ぶりに嫌気がさしているみたいですし、何か楽しいことでもあれば…」


 そうだ。いいことを思いついた。


「ばあちゃん、あのね」


 ◆・◆・◆


 一階の酒場ではみんなが酒を飲んで大いに盛り上がっていた。ギルドにはどうしても酒場が必要であるらしい。

 勇者たちも楽しそうだ。

 かなり飲んでいるようだが水無月君の回復魔法でアルコールを分解しつつ楽しんでいる。


 そこにばあちゃんが歩み寄る。


「あんたたち、素晴らしい成果だったね」


 ギルマスだ。ランファ様だ…


 とざわざわしだす冒険者たち。

 ギルマスが出てきたことで勇者二人の期待が膨らんでいるようだ。


「たった二人で衝撃亜竜を倒すような奴らを駆け出しにしておくわけにはいかないね。ちょっと冒険者証を出しな。昇進…いや、二階級特進で行こうじゃないか!」


「「!?」」


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ。キタコレ、ギルマスのお声がかりで特進だ!」


「マジ? これマジか? やふーっ」


 このシチュはお約束だからね。

 二人ともくるくる回って喜んでいる。


「これ、落ち着きな。だからって無茶や無理はゆるさないよ。礼儀正しくやるんさ」


「任せてください」

「そうそう、俺たちは礼儀には定評がある日本人です」

「礼儀なんかはだしで逃げ出しますよ」


 意味が分からん。

 分からんが、まあこの二人なら問題ないだろう。良くも悪くも平凡な日本人だから…平凡なオタクだから。


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