第6章

6-01 始動

 6-01 始動



「うわーすごいですね…」


「ルーシアさんは迷宮は初めてなのかな?」


「もちろん。私たち平民は冒険者にでもならないと迷宮なんか行く機会なんかないもの」


 彼女はルーシア、サリアのパーティーメンバーだ。

 現在サリアはミリア、リリセア、ルーシアの三人とパーティーを組んでいて、その中で彼女だけが平民だった。


 サリアは王女という立場に全くこだわっていなくて、気の合う女の子と気軽にパーティーを組んでいる。

 ほかの貴族の子女が貴族同士でパーティーを組みたがる傾向にあることを考えるとなかなか異質だ。

 その理由は…たぶんウチだな。というか確実にウチだ。


 あの事件からうちに頻繁に出入りするようになったサリアはそのままウチの『獣王』を名乗るくそ爺に見込まれ、弟子入りし、鍛え上げられた。

 結果かなりの武闘派に育ってしまったのだ。


 現国王であるクラリオーサ様は楽しそうに笑っているが、兄であるマディオン殿などは苦虫をかみつぶしたような顔をする。


 これには能力値的な問題もある。

 激しい訓練の日々で俺は身体機能を理想値に向けて調整する【イデアルヒール】を本当に日常的にかけまくった。

 そのせいでサリアはかなりハイスペックな王女になってしまった。

 だがそれでも人間のスペックは獣人種には及ばない。

 魔法を交えないと。


 ルトナにかなわず悩むサリアに俺は魔法も教えてしまった。

 それこそ地球の化学的な常識から始まる知識付きで。


 これに関しては俺の好奇心が暴走したといえる。

 この世界の人間に科学的な常識を教えた場合、どの程度それを使いこなせるのか。


 結果、理解できれば大体OKと分かってしまった。


 サリアは病気も治せる回復魔法と、重力を操る飛行魔法まで使えるようになってしまったのだ。

 おそらく【グラビットドライブ】で空が飛べる人間の魔法使いはサリア一人だろう。


 あっ、俺は例外ね。


 このハイスペックに嫉妬しない人間がいるだろうか!


 まあ結構いるのだが、マディオン王子は忸怩たるものがあるようでサリアとあまりかかわりたくないと思っているらしい。


 そのサリアが何をしているかというと今目の前で繰り広げられるスペクタクルに感動して、いまにも参加するためにかけだしそうな風情だったりする。


 いま俺たちの目の前――といっても崖の下だが――ではゴブリンの群れがこの階層の動物を集団で襲っている所だった。

 襲われているのは…まあ恐竜だ。


 似た恐竜というとパラサウロロフスが近いかもしれない。

 肉がおいしく、それなりの買取値段が付くお肉恐竜だ。


 このアウシールの迷宮第一階層は草原森林ステージで、実に様々な動物が生息している。


 哺乳類型の魔物もいれば恐竜型の魔物もいる。


 ただ生物学上の分類がどうなるのかは分からない。俺専門家じゃねえし。

 なので恐竜によく似た哺乳類という可能性もあったりなかったりする。


 さてこのパラサウロロフスもどき。地球のものと違って大きさは頭から尻尾ま四mから五mほど、体積で見れば牛の三倍から五倍ぐらいだろうか。

 それを獲物としてゴブリンが集団で襲い掛かっている。


 ちなみにゴブリンはバカである。

 戦闘力は人間の成人並み、こん棒を使う程度の知能はあるが、基本的に馬鹿である。

 獲物がいれば『わぁぁぁっ』と押しかけて、倒せれば倒すし、負けそうなら『やぁぁぁっ』と逃げる。


 戦略も何もなくただ集団で殴る殴る殴る!

 たぶんありんこの方がよほど戦略を持っている。


「ここはあのお肉恐竜に加勢するべきよね」

「そうですね。早くぶった斬りたいです」


 サリア嬢。俺の送った剣をなでながら言わないで、冗談にならないよ。え? 本気? 困ったなあ…クレオみたいなやつは一人でいいんだけどなあ…


 まあ、この子は切るのが好きなんじゃなくて戦うのが好きな子だからあまり心配は…

 うん、後回しでいいや。


「さあ、お肉恐竜を助けてお肉をゲットしよう」


 ルトナが高らかに宣言した。

 それ助けるっていうのか?


 ルトナが飛び出すとサリアとクレオが続き、フフルとフェルトが飛び立つ。

 この脳筋どもめ!


「まずゴブリンどもを殲滅するのよ、そうしないとお肉がバッチくなっちゃうから」


 ここら辺はさすがに迷宮になれたルトナだ。

 ゴブリンはおバカなので獲物が死ぬとすぐに食いにかかる。ゴブリンのよだれまみれのお肉は食べたくないだろう、だれしも。ということだ。

 そのためにまずゴブリンのせん滅。


 三人の武器がゴブリンを切り裂き、上空からはフフルの魔法攻撃。フェルトの力も強くゴブリンの頭程度は簡単に握りつぶしている。

 20匹もいたゴブリンはあっという間に殲滅された。


「ディア兄さま血抜きお願いします」


 うーん、どうやらお肉恐竜をしとめるのは俺の仕事らしい。

 俺は左手を構成している魔方式を組み替える。

 魔方式によって維持された流体金属の左腕は即座に変形を開始、もちろん変形先は吸血蛇くんだ。


 蛇の牙がお肉恐竜に食い込み、そのあとも変形を続けて大きな血管を探り当てる。

 牙は注射器のような構造で、即座にお肉恐竜の血を吸いだし始める。

 三匹の蛇が真空ポンプのように血を吸いだすのだ。


 吸血蛇さんの頭の後ろからゴパッゴパッと大量の血が噴き出す。


 お肉恐竜は速やかに失血死。お肉になり果てた。


「やったー!」


 サリアが倒れたお肉恐竜の上に乗って勝鬨を上げる。


 それを見てルーシア達三人も拍手喝采。

 ひょっとしてこれを受け入れてないのって俺だけ?


「よし、次は解体の練習よ。いきなり戦闘よりもその方がいいでしょ」


 意外なことにルトナがみんなを呼び集めて解体を指導し始めた。

 まず手始めに俺が恐竜を動かす。

 いったん収納にしまって、そのあと適当な場所に出すだけなのだが、これが重要だ。解体の時にゴブリンの血とかつくとまずいのである。


 三人の武闘派でない娘さんたちも一生懸命解体にチャレンジしている。


 フフル達が警戒。クレオが護衛。

 ルトナは警戒役の必要性もちゃんと説いている。


 案外いい先生なのだ。


「さて、解体が終わったら今度はお嬢さんがたに軽く戦闘も経験してもらわないとね」


 学園の一回生の迷宮修業は始まったばかりである。


 ◆・◆・◆


「お待たせいたしましたテレーザ様」


「いいえ、フェリペ先生の尽力にはいつも感謝いたしております」


 帝国からの留学生。デュカー伯爵家令嬢テレーザは室内に入ってきた初老の紳士に軽く頭を下げた。


「それにしても立派な領事館が完成しましたな」


「はい、勇者が召喚された今、このアウシールでの活動は避けられません。王国は留学は受け入れておりますから、これからも利用させていただくつもりですわ」


「なるほど、なるほど、さすがアルフ様の花嫁、御身の輿入れが成れば公爵家も安泰でしょう。皇帝陛下も期待されておりましたよ」


「恐れ入ります。

 それで、早速ですが?」


 テレーザは優雅に微笑んで、しかし先を促した。それは…


「ふむ、お話にあった公爵家の…アルフ様にうり二つの若者…」


「はい、先生の鑑定なら何かわかるのではありませんか?」


「ええ、私の鑑定は対象の能力や強さを図るにとどまらず、その起源をさかのぼることもできるものです。

 もし、あなたの言う若者が公爵家のさらわれた」


「先生?」


「うむ、失礼。

 かの公子はなくなられたのでしたな…」


「はい、たまたまよく似た方を見かけたので、何かかかわりかあるのかと心配したのですわ。公爵家などという身分になれば、庶子や落胤などはままあることです…

 見かけた以上は確認が必要でありましょう?」


「ええ、お気持ちは分かりますとも。私も貴族の末席に連なる者。血筋の管理把握が重要なのは承知しております。

 しかし実際に見て鑑定した結果…残念ながらその起源をさかのぼることはできませんでした」


 テレーザはほっとしたように息を吐いた。


「では他人の空似…」


 だがフェリペはそれを遮る。


「いいえ、関係がないではなく、それも含めて何もわからなかったのです…これは本当に」


「?」


「今まで私が鑑定をかけて、その起源がさかのぼれなかった人間はただの一人もおりません。何百人、ひょっとしたら何千人…本当に一人もいないのです。

 私は思います…

 彼は本当にそこに存在したのでしょうか?」


 テレーザはフェリペの真剣な目に怖気を感じた。


 この世界にはゾンビのような動く死体やレイスのような実体のない魔物も存在する。

 お化けというのはふつうあれらを指す言葉だ。


 だがだからといってこの世界のすべてが理路整然とつまびらかであるわけではない。

 わからないものはいくらでもあるのだ。


 なくなったはずの友人に会った。

 危ないところを助けてくれたのは思い起こせば遠い昔に亡くなった両親だったような気がする。

 そんな話もままあるのだ。


 だから背中を駆け上る冷たい感触と冷えていくような全身をはい回る怖気を…どうしても否定できない。


(いいえ、私はデュカー伯爵家のテレーザよ…そんな弱気な…)


「先生。申し訳ありませんけどしばらくわたくしのお仕事をお手伝いくださいな、いまこの町はいろいろなイベントが目白押しで先生のお力はいくらでも活躍の場があります。それに、わからないままにすることができないものもあります」


「ええ、もちろんです。本国から呼び戻されない限りお手伝いいたします。私も知りたいのです。あのディア・ナガンというアンノウンが何なのか…」


 ただ二人の間に流れる空気は『ビジネス』というにはあまりにも静かに揺蕩っていた。

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