5-06 貴族の話。
5-06 貴族の話。
「「「「申し訳ありませんでしたーーーーー!!!」」」」
街の長は街長というのだが、その街長の屋敷で街長以下、町の治安騎士の主要なメンバーが並んで頭を下げている。
俺は内心では苦笑しつつも、ともかく見かけはゆったりと構えて鷹揚に謝罪を受けている。
クレオは先に宿屋に行かせたのでここにはいない、まあ内輪の話だしね、貴族の話など聞いたところで面白くもないだろう。
そう、貴族の話。
俺は一代限りの名誉貴族だが、王女の命を救ったりしたために陞爵して三位爵から一位爵になっている。身分としては子爵待遇ということでこれがなかなかえらいのだ。
ちなみにこの町を治める街長は准男爵だったりする。
この町はナンチャラ伯爵の領地にあり、そのナンチャラ伯爵が代官として派遣しているのが街長のポロル准男爵だ。
貴族階級において准男爵というのは一番下の階級で下から上がって貴族に列せられたものはここから始まることになる。
つまり成り上がり者が多いということだ。
このポロル准男爵も真面目に騎士を務め、士族身分から貴族身分に昇進したいわば成り上がりだった。
一応通り道の貴族ぐらいは調べてあるのだ。
伯爵の名前は知らんけど。
ただ准男爵も成り上がりばかりではない、有力貴族の子弟が騎士や公務士を何年か努めその後与えられる身分であるためにプライドの高いやつもいる。
そう言うのは面倒臭いのだがこの人はそう言う変な意識はなくて、腰の低い人のようだった。
「頭をお上げください。今回のことは…まあギャグで済ませられるレベルの話ですから事を荒立てるつもりはありません」
俺は穏やかに笑ってそう宣言した。
准男爵はほっと胸をなでおろし腰をおちつける。
彼を怒鳴ったところでいいことなど何もないのだからこれでいい。それに元々大した事でもないし。
ただ仕事はしてもらわないといけない。
「それで件の商人たちの方はどうなりましたか?」
「はい、ギルドに使いを出し…」
「ポロル卿、普通にしゃべってくださって結構ですよ」
「う、うむ、かたじけない」
ここら辺の気遣いも品位として必要なものなのだ。そう言うことはクラリス様にかなり徹底的に仕込まれた。
辟易もしたがおかげで本物の貴族相手にこうして話ができるのだからよかったのではないだろうか?
「そう言ってもらえると助かるよ。ではこれからは実務的にいこう」
そう言って状況の説明をしてくれた。
件の商人は既に町を離れているらしい。
冒険者も同様。まるで逃げるように、多分逃げたんだよな。
その説明を受けているときに二組の来客があった。
冒険者ギルドの支部長と副支部長。
そして商人ギルドの事務長と補佐役だそうだ。
こういうことをしっかりするのも貴族のお仕事の内だ。
なんか『何にもやらなくていい』とかいう話だった気がするが、話が違うんじゃね? という気がする。
◆・◆・◆
「おまたせ、クレオルさん」
俺は一仕事終えてクレオルを待たせておいた宿屋に帰り、彼女の部屋を訪ねた。街長の好意でこの町で一番いい宿屋を手配してくれたのだ。
もちろん料金は向こう持ち。ここら辺はマナーの内だ。
「はっ、はひ。お待たせしました」
部屋に入るなり彼女はいきなり立ち上がり直立不動で変な返事をかえしてくる。
これはかなりテンパっているな。
「そんなに固くならなくて大丈夫ですよ」
「で、でも、きぞくひゃま」
かみまくりである。
「貴族とはいっても名誉貴族ですし、普通に仕事をして暮らしてますからクレオルさんと変わりはないですよ、ただ貴族を相手にするときは便利だというだけで」
あと国を相手にするときとかね、社会システムはやはり貴族を優遇するようにできているのだ。
あと仕事をして暮らしているとはいっても国から年金は貰っている。
三位爵の時は年間金貨四八枚、四八万リゼルだったが一位爵はその二〇倍、金貨九六〇枚が支払われる。
日本円に換算して約九六〇〇万円。年収あとちょっとで一億円。すごい。
ただ丸々というわけにはいかない。貴族としての義務は相変わらずないのだが付き合いはある。
客が来ればもてなさないといけないし、付き合いのある貴族に冠婚葬祭などがあれば当然それなりのものを出さなくてはならない。まあ使えるのは半分という所か?
それでもすごいけどね。
「さて、それじゃ経過報告しようか」
クレオル嬢の緊張がなかなか取れないので話を進めてしまおう。
まずギルドの幹部がやってきて調べた経過を報告してくれた。
フローディア商会は旅の途中で盗賊に襲われ、犠牲者が出たと商業ギルドに報告していた。犠牲者の数は五人で、その内の一人が乗客つまりクレオルだと報告していた。
まあ嘘ではないのだが情報が著しく欠落している。
商会も商品に莫大な被害が出ていたのでそのままであれば『間々ある悲劇』で済んだのだがそこにクレオルが無事に帰ってきた。そしておとりとして盗賊の前に突き落とされたと証言した。 ギルドは蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
商会はいきなり盗賊に襲われ最初にクレオル嬢が凶刃に倒れ、やむなく逃げ出した。その後追撃を受けて数人の犠牲が…と報告していたのだ。
ふつうはここでどういうことなのか事実確認という流れになるのだ、例えば彼女が本人であるかどうかとかそう言うことだ。
彼女は身分証のような物はまったくもっていなかった。
荷物は商会の馬車の中だったから。
だがここで貴族様の証言がはいる。彼女を盗賊から助けたという証言だ。
貴族の証言は一般人の証言よりもずっと力がある。それは彼女の証言に信憑性を与える。
そして貴族というのは色々と『待たせてはいけない生き物』なのだ。
事態はすぐに動いた。
街の神殿に出向いて審議判定がなされ、彼女がクレオル・ハルト本人であること。彼女の証言が嘘ではないことが証明される。
ここで注意すべきは『嘘ではない=真実』ということではないということだ。本人が信じていればそれは嘘ではないから。そこで俺の証言が生きてくる。
この二つを合わせると彼女の主張は真実であると判断せざるを得ない。
その報告がなされたわけだ。
フローディア商会は資格の停止処分を受けた。これは暫定的なもので一応の釈明を聞いて正式な処分になる。さすがに本人の知らないところで処分が決まったりするのはあんまりだろう。
ギルドの各支部に通達がまわされ、商会には出頭命令が出された。
出頭しないと罪が確定し、お尋ね者になるので出頭はするものと思われる。
彼らの罪は本来守るべき乗客を盗賊に差し出して自身の保身を図った罪。
そして乗客の荷物を横領した罪。
こういった場合死んだ人の荷物は遺品としてギルドに提出されなくてはならない。だが彼らは荷物も回収できなかったと報告したようだ。
どちらもギルド員の資格をはく奪されるのに十分な犯罪だ。
彼らは除名処分を申しわたされ、更に多額の罰金を科せられるだろう。その罰金の一部はクレオルに支払われることになる。
「本当ですか?」
クレオルが顔を輝かせて聞いてくる。
「事実だよ。ただ手続きに半年ほどかかるみたい」
「そんなあ…」
気持ちは分かる、現在彼女は一文無しだ。
次に冒険者ギルドの方だ。
冒険者だからといって盗賊を倒さなければならないとか、その場にいる人を守らなければいけないとかそう言う決まりはない。
あったらたまらないとも言う。
だが当然例外はある。
それが護衛任務だ。
護衛任務というのは当然依頼主を護衛することが仕事なわけで、これを放棄したらそもそも護衛任務などという仕事は成立しない。なので護衛任務中の者は命がけで護衛対象を守る義務がある。商会が乗客として運んでいたクレオルもまた護衛対象になるわけだ。
にもかかわらずクレオルは見捨てられた。これは冒険者ギルドとしては大黒星だ。
ギルドで雇った護衛は護衛対象を見捨てて逃げる。などということになったらギルドの請負業務すべてが破たんしてしまう。なのでやむを得ない場合を除いてかなり重い罰に処せられる。
とはいってもギルドに人を処刑するような権能はないので莫大な罰金だろう。そして罰金を払わせるための強制労働だろう。
この国は奴隷制度を認めていないが、借金を返すために過酷な労働を強いられるということは往々にしてある。これは現代日本においてもあった。
借金の相手によっては奴隷の方が人道主義者が騒いでくれるだけましと思えるような環境だってあるだろう。
この世界においておや。まあそれでも借金の母体が冒険者ギルドというのはどうなんだろう。ましなのかな?
ただ処分は彼らを呼び出して話を聞いた後で決めるということであった。なぜなら今回は俺達側しか当事者がおらず、そして彼女を突き落したのは商会のメンバーだったからだ。
冒険者がどこまで関与しているのかそれが問題だ。
ただ彼らもギルドに虚偽の報告をしていたので有罪はまぬかれない。問題は程度の話だ。
と、ここまでが今回の経過。
「そうそう、君の身分証は冒険者ギルドが責任をもって作り直すっていってたよ」
「うう、冒険者証ですか…それはうれしいですけど…」
「まあ先立つものがないと何もできないものな」
「う゛っ」
俺は収納から革袋を取り出して彼女の前に置いた。
「これは?」
「これは商人ギルドからのお見舞金だね、大した額じゃないけど、着替えぐらいは買えると思う」
中身を見るような無粋なことはしない。しないが魔力知覚は中身を容易に知らしめてしまう。
入っているのは五〇〇〇リゼル。五万円ほどだ。
着替えと身の回り品、そして数日の宿泊費程度の額だ。
「手続きが進めばもう少しまとまった額を渡せると言っていたが…それも半月ほど先かな?」
「ううっ、つつましくやれば何とか…でもその間はここに釘づけ…」
「旅に戻るのなら行く先の商業ギルドで渡せるようにすると言っていたけど」
「うう、どうしましょう…でも他に方法がないし…」
そんな彼女に一つの提案をする。
「方法というのであれば私と一緒に来るという方法もあるよ、私も迷宮都市アウシールに向っている所だし、ちょど
ああ、お金のことは心配いらないよ、その分は働いてもらえばいいから」
しばし彼女は口をパクパクさせたあと、どうしようと言って考え込んだ。
まあどちらを選んだとしても何らかの援助はしないとまずいだろう、乗り掛かった舟というやつさ。
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