4-10 とんぼ返り。そこはかと…

4-10 とんぼ返り。そこはかと…



「おおぉぉぉぉぉっ、私は流星になったーーーっ!」


 なんて叫んでみる。まさかこれほどとは思わなかった。興奮が収まらない。


 俺はかなりの上空をかなりの速度で進んでいる。

 高度は地上に衝撃波が届かないように高くしている。


 そう俺は今、音速を遥かに凌駕している。


 たぶん。


 だって速度計とかないし、速度の測り様なんてないし、少なくとも二点間で正確な距離がわかるところがあれば計算とか出来るだろうけど、そんなのもないしな。

 ただ随分前に空気の壁のようなものがあって、そこをぶち抜いた感覚はあった。

 結界で守られた繭の周りをいろいろなものが瞬時に後に置き去りにされていく。


「ばびゅぅぅぅぅぅぅぅん」


 とか言いたくなってしまう。いや、言っちゃってるけど…


 そして王宮を飛び立ってから俺の体感時間で三〇分ほどで、果て無き迷いの森が見えてきた。

 ミシの街も見えて来た。


 位置関係から森の入り口に当たりを付ける。


「しかし時間のことを考えてなかった」


 今はまだ夕方、早い時間なのでものがはっきり見えるが夜だったらと考えるとちょっと考えなしであることにぞっとした。

 誘導灯の一つもないこの世界で真っ暗い地面と森の区別など付くはずもなく。魔力による知覚も高空から地面を観測するのは難しいようで、下手をするとたどり着けない可能性もあった。


「まあ今回は運がよかったと言う事で」


 俺は高度を下げ、入り口のトンネルに突入。相変わらず人がいっぱいいて、このままだといろいろ見られてしまうが今回は仕方がないか…

 と思っていたらいきなり霧が立ちこめてきて視界がふさがれる。

 俺のではなく周囲の人達の。


 これはエスティアーゼさんが『なにかやったに違いない』と思った俺はそのままトンネルの中を飛行し、開かれた門を抜けて中に突入。

 何とが第一段階はクリアとなった。


「ふぃ~っ」


 ◆・◆・◆


 エルフの郷にたどり着くなり俺はエスティアーゼさん…ではなく別のエルフに虫の入ったビンを渡した。

 リックサックに入れて背負ってきたのだ。


 背中にあの虫が居るのかと思うと結構気持ち悪かったが空間収納には生き物は入らないから仕方がない。


 だがよいこともあった。ビンを背負って飛んでも何ともなかったのだから帰りにエスティアーゼさんを連れて行っても問題ないであろう事が確認できたことだ。うん、何とかなるものだ。


 エスティアーゼさんがやって来てねぎらいの言葉をくれる。


「すばらしく早かったの」

「はい、思いっきり飛んできました。それと入り口の霧ありがとうございました」

「うむ、さすがに人の子が空を飛んでくると問題になりそうじゃからな」


 ここら辺は経験豊富な人生の先輩、気遣いもちゃんと出来るようだ。

 と言うかエルフだとかドワーフだとかケットシーだとかの妖精族はあまり細かいことに気を遣わない様な気がする。


 たぶんえらい人になるのはそういった気遣いの出来る人なのだろう。つまり貧乏くじな。かわいそうに…


「何じゃ、何か失礼なこと考えとらんか?」


「いえいえ~」


 沈黙は金。


「所でどのくらいで出来ますか? 薬」


「うむ、ここでならたぶん一鐘ぐらいで出来るじゃろう」


「そうですか…」


「何じゃ? なんぞ問題でもあるのか?」


 問題はあるのだ。

 今は夕暮れの進んだ時間、あと一鐘もすれば完全に暗闇だろう。暗闇の中を飛ぶのも問題はない。

 ちゃんと飛べると思う。

 問題は前述の通り目的地を見つけられるか? と言う点だ。


 王都の方向はだいたい分かる。

 来るときのように道なりに飛んで位置を確認する必要はない。

 と言うかここまで暗いと出来ない。


 近くに行けばルトナ達の気配のようなものはしっかりと捕まえられると思う。

 それでもピンポイントとは行くまい。

 王都周辺に行って、場所を探しながらのランディングというのは…どのぐらい時間のかかるものだろう。


「ふーむ、なるほど…ならばワシをつれていくのは大いに力になるじゃろう」


「え?」


「ふふふっ、ワシらエルフは森暮らしなので暗闇にものすごく強い、月明かりがあれば昼間と同じようにものを見ることができるのじゃ。

 しかもものすごく目がよくて遠くのものもはっきりと見える。

 まあこれはケットシーも同じじゃがな、と言うかケットシーには一歩譲るのじゃが、それでもワシが見てやれようよ」


「おお、それはすごい。じゃあ王都の地理なんかも?」


「む、しまった、王都にいったことは…昔一度きりじゃ…しかも空から見たことはなかったの」


 ダメじゃん。


「・・・ふむ、ではクラリス嬢ちゃんに連絡を入れて王宮の庭あたりで大がかりなたき火でもしてもらおう、そうすれば安心して飛べるじゃろう」


 うん、それは良い考えかも知れない。

 この世界は地球と違って夜が暗い。大きなたき火ならかなり離れた所からでも見える…だろう、たぶん。


「よしそうと決まれば即連絡じゃ」


 そう言うとエスティアーゼさんはすっ飛んで行ってしまった。


「どうぞ、『我が師レーラー』よ、薬の完成まで今しばらくかかります。こちらでお休み下さい」


 エルフの一人がよってきてそう申し出てくれた。こっぱずかしい話だが声の端々に敬意がにじんでいる。

 でも少し疲れているのでありがたい。


「魔力を回復するお茶も用意しました」


 うーん、必要ないんだが…心遣いはありがたい。ここはありがたくいただくべきだろう。俺はそう思って申し出を受けた。

 そして後悔した。

 ものすごくまずかった。


 ◆・◆・◆


 薬の完成まで予定より少しかかって一鐘と少し、だがこの時間は気にならなかった。

 なぜならお茶で悶絶していたから。


 だがこれで全ての用意が出来た。

 エスティアーゼさんが俺に抱きつく。


「これ、まずくね?」


「何がじゃ?」


「いや…」


 彼女が俺に抱きつく格好。これは普通『駅弁スタイル』と言います。

 俺が大人サイズならコアラだっこなんだが、俺が子供で、エルフは小さい。真正面から抱きつくのはどうなんだろう?


 いや、いかんな。これは俺の発想が不純という事だ。

 俺は自分を戒める。


「よいしょ」


「ひゃうん」


 位置を直すためにエスティアーゼさんを揺すったら変な声が聞こえた。いやいや、気のせいだ。


「門はくぐらずにここからまっすぐ上に飛ぶのじゃ、郷の中には迷いの影響はないのじゃ、真上にもないのじゃ、雲の上ぐらいまで出ると他の迷いもなくなるからそこから飛ぶといいのじゃ」


 なるほど…と言う事は高空を移動して真上まで来ると直接降りることができる…と、うん、知っていると便利な方法かも知れない。


「わかりました、行きます」


 俺は思いっきり地を蹴った。

 あらかた魔法が中和してくれるのだがズンという重力が一瞬だけかかる。


「あひっ」


 エスティアーゼさんの動きが怪しいけどここは気にしてはいけないところだな。そのままいこう。


 俺は上昇を開始した。

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