4-09 始まりの迷宮④ 外道の末路

4-09 始まりの迷宮④ 外道の末路。



「うおりゃあぁぁぁぁぁぁ! このぉぉぉっ外道ぉぉぉぉぉっ!!」


 男達が見えるまでは割と小走りに進んでいた。

 だが男達が目に入ったとたんロッテさんが全力疾走を始め、そのまま男達の一人、その顔面に拳をたたき込んだ。


「ぐぺっ」


 変な声を上げて男が転がりそのまま意識を失った。


 男は完全に目をまわしている。ロッテさんは騎士なのでガントレットなどを装着しているがこのガントレットという防具、重さが結構ある。軽い物で二kgぐらい、重いものなら五kgもある。

 二kgのダンベルで思いっきり顔面を殴られたと想像すれば威力の程はわかるだろう。


 にしてもロッテさん見た目がふわふわしてるのにやっぱり騎士だね。


「なっ、なっ、なっ」

「なにが…」


 機先を制された所為だろう男達はろくに反応も出来ないでいるようだ。

 すぐにフロリカさんが追いついてこちらは剣を抜いた。


「この先で女性の遺体を確認した、お前達が犯人だな」


 男達はさっと青ざめたように見えた。

 俺も追いついて近くにいたシャイガさん達に手をあげる。


 男達は丁度俺達を追いかけてきたシャイガさんと話をしている所だったようだ。


 そしてシャイガさん達の雰囲気はフロリカさんの一言で完全に戦闘態勢に入っている。

 男の数は四人。一人はのびている。残りは三人。彼等に勝ち目などはないだろう。


「なっ、何のことですか? いきなり…失礼でしょう? どなたです?」


 一人の男が進み出てロッテさんの前に立つ。

 ロッテさんの表情が険しくなっていく。

 こういう人だったのか…


「これを見なさい、貴方立つに殺された女性が握っていたものよ」


 ロッテさんが掲げるイヤリング型の魔法道具、その片割れがその男の耳に残っていた。


「あっ、いやこれはなにかの…」


 今度動いたのはフロリカさんだった。抜き身の剣を振り上げ、イヤリングを外そうとした男の耳をそぎ落とした。


「ぎゃぁあぁぁぁぁぁぁぁ」


 日本の警察には出来ないことだがこの世界でならありなのだ。


「証拠はこれで十分ね、おとなしく捕まるのなら真偽判定を含めて裁判を受けさせてあげるわ、ことわるならここで処理します」


 そう言うとロッテさんもすらりと剣を抜いた。


 残り二人の内一人は青ざめてかくかくと頷いていたが、もう一人は往生際が悪かったと言うよりも恐怖感に突き動かされて逃げ出した。

 そして不幸なことにそちらにはエルメアさんが!


 エルメアさんの軽いジャブが男の鼻先を打つ、鼻を押さえのけぞるように多々良をふんだ男。そこにエルメアさんの容赦のない急所攻撃が!

 ぐしゃっと言う聞こえてはいけない音が聞こえた。


 この中でおれとシャイガさんだけが震え上がった。

 いや、耳を切られた男も一人だけ無事な男もおののいてはいたけどね。


 その後彼等には容赦のない打擲ちょうちゃくが加えられた。

 一般的にはリンチと呼ばれる報復行動だ。だがそれをとめるヤツはここにはいなかった。


 ◆・◆・◆


 一人無事な男と耳を切られた男は意識の無くなった男を担がされて歩かされた。

 遅れれば容赦のない攻撃が加えられる。

 この世界の犯罪というのはのるかそるかで、捕まれば間違いなく地獄行きだったりするのだ。

 いや、もちろんこいつらは後で俺がちゃんと地獄に送るのだけどその前にこの世の地獄が待っていたりする。


 これは後日聞いた話だが、外に出るなり詰め所に引き渡された彼等は、そこで改めて拘束され、神殿に運ばれた上、罪を犯したかどうか判定された。

 もちろん有罪だった。


 有罪が確定すればこの国の官憲は全く容赦がない。

 余罪ことごとく吐かせるために徹底的な拷問が加えられた。

 この世界の恐ろしいところは回復魔法があるところだ。


 致命傷にならないように拷問を加えて回復魔法をかけるという手口で延々と続く拷問に耐えられるものはまずいない。

 有罪判定が出ているためにえん罪の可能性もない事もあり、真実を明らかにするためにこの人達は全くためらわないのだ。


 男達はこの王都の冒険者ギルドに所属する。中堅所の冒険者だった。

 ほどほどに実力を付け、ほどほどに稼いで暮らしには困らない。だが余裕のあるよい暮らしが出来るほどではない。


 そんなときに迷宮に一人で潜っている女の人に出会い、喧嘩になり、つい勢いで襲ってしまったらしい。

 死んだ女を大道の隅の暗がりに放置して逃げ帰った彼等は最初こそ、罪が露見することを恐れていたようだ。

 だが何日経っても問題は起きなかった。


 一人冒険者が行方不明になった訳だが、それだって迷宮に潜ってればままあること、運の悪い冒険者が迷宮から帰ってこなかった。ただそれだけだったのだ。

 詰め所でもそのように認識されていたようだ。


 彼等は結局これに味を占めてしまった。

 ここは初心者の迷宮でまだ若い冒険者が訓練のために出入りしたりもする。

 単独や少人数の女性の冒険者は少なかったが希に見つければやりたい放題だった。最後は息の根を止めて例の場所に転がしておけば発覚する心配も無い。

 

 この秘事は彼等の隠れた楽しみになって行った。それが今回明るみに出た。


 よい面の皮だったのが冒険者ギルドだった。

 中堅所というのはそれなりに人々の信頼を集めるランクだそうだ。その冒険者が新人の冒険者をおもちゃにして殺していたのだから面目もなにもあったものでは無い。

 

 しかもこの事件、事件として成立すらしていなかった。


 被害者が限られていたことと迷宮という特殊な環境のせいで、被害があったことすら認識されていなかったのだ。

 その加害者がいきなり王国の騎士に捕まり、神殿の判定で罪を明らかにされたあげく事後報告でこの事件を知らされたのだ、寝耳に水とはこのことだろう。


 他にも仲間が二人ほど捕まり、その全てが王国の主導で処罰された。


 この大事件に最初から最後まで蚊帳の外に置かれてしまったギルドはかなり厳しい立場に立たされたとか何とか…

 だがそれはまだ別の話だ。


 ◆・◆・◆


 迷宮から帰った俺達は男達を詰め所に引き渡し、ロッテさんを引き継ぎのために残し王宮に直行した。


『早い。すばらしく早いぞ』


 エスティアーゼさん大喜び。


『ワシのほうでもいま大急ぎで必要な素材を集めておる。もうすぐ…おっ、おおっそうか。必要な素材が集まったそうじゃ、これからすぐにそちらに向かう。到着まで…そうじゃな、五日という所か? いや、うーむ。たぶんそのぐらいでいけると思う」

「そんなに早く?」

「そうじゃよ、その間ディア坊には大変でも魔法をかけ続けて欲しいんじゃ、数時間に一回…子供に頼むようなことではないのじゃが…」


 クラリス様が目を見開いて驚いている。

 たぶん飛行魔法、グラビットドライブを使うつもりなのだろう。エルフの飛行速度はあくまでも音速以下だ。

 魔力の量的な問題もある。おそらくそんなものなのだろう。


 しかし五日か…すでに指先の壊死は始まっている。魔法をかけ続けるにしても…


「ねえ、エスティアーゼさん。魔法で回復し続けるとして五日間、現実的にどのぐらいの悪化を予想している?」


 クラリス様達がはっとする。だがこれは聞かないとまずい。


「ディア坊の魔法で寄生虫の活動は抑えられる。毒も除去できる。ヒールで回復も出来る…じゃが完璧とはいかん。五日というのは到着までじゃ、そこから薬を作って完成までもう少し、手指に障害が残るのは避けられんと思う…」

「…いいえ、ありがとう、それでも生きてればなにかが出来るわ」


 まあ、そうだよね、生きていればいい、それは基礎だよ。それにイデアルヒールなら時間をかければ障害も治せるかも知れない、いや、治せるだろう。問題は被害を最小限に収めるのにはどうしたら良いかだ。


「エスティアーゼさん、俺が魔法をかけないで、他の回復魔法だけにして、半日後ぐらいに薬を飲ませるのと…エスティアーゼさん達の到着を待って六日後に飲ませるのと…どっちが状況がよいと思う?」


 しばしエスティアーゼさんは沈黙した。


「間違いなく半日後だ。できるのか?」


 水晶玉の中で彼女が俺をしっかりと見つめる。


「たぶん大急ぎで飛べばそこまで二鐘ぐらいかな?」


 おおーっ、みんなが吃驚してこっちを見ている。

 一鐘というのはこの世界の一時間みたいな単位だ、長さも確認はしようがないがたぶん同じぐらい。


 そしてあの魔法は間違いなく音速を突破できる。まあそこまで飛ばさずに亜音速としても一〇〇〇Km/時近くは出るだろう。

 二時間飛べば二〇〇〇Kmだ。

 たぶんあのエルフの森まで一〇〇〇Kmはないと思うんだよね。


「ふーむ、ここまで二鐘としてそれまでに準備を整えて…クスリの製作にやはり二鐘。諸々ロスがあるとして一鐘を見て、帰りにさらに二鐘…いや、処方を考えればワシも行った方がよいのか?

 ディア坊、ワシをつれて飛ぶことは可能か?」


「たぶん出来るかな? うん出来ると思う…三鐘ぐらい見てくれれば」


 そんなにスピードを出さなければ問題ないだろう…


「・・・よし決めた。まずディア坊。おチビちゃんに魔法をかけるんじゃ、この魔法の有効時間が短くて六鐘ぐらいじゃ。

 魔法をかけたらすぐにこっちに飛んでこい。

 これで二鐘じゃ。素材が付き次第薬を作る。この郷で作る分には効率がよいから二鐘もあれば出来る。道具もそろっているからそこに心配はない。この方が安全じゃ、これで四鐘じゃ。

 帰りはワシが同行した方がこれまた安心じゃから、これが三鐘、合わせて七鐘じゃ。一鐘オーバーする計算じゃが、これは最悪の場合じゃ。

 うまくすれば全く問題ない。問題があってもわずかじゃ。もし六鐘を超えたら安全のために普通の回復魔法を少しずつかけるんじゃ。この方がおチビちゃんのダメージは少ないはずじゃ」


「でも…」


 クラリス様はさすがに躊躇する。当然だろう。俺みたいな見た目子供にこんな大事をゆだねるなど早々決断できることではない。


 どちらにも一長一短はあるのだ。


 俺が飛ぶ方法はサリア姫のダメージが最小限に抑えられる代わりに俺が失敗するとサリア姫の治療自体が致命的に遅れる可能性がある。

 俺が残って魔法をかけ続けた場合は確実に治療が成させると思われるが、日数がかかるためにサリア姫のダメージはどうしても大きくなりそうだ。


「どちらにせよ、小さなディア坊に頼らなくてはならない時点で大人として恥ずかしい限りじゃがな」


 エスティアーゼさんの言葉でクラリス様や王様以下王宮の人達がはっとした。ここから遠く離れたところまで飛んでいくのも、数日間、数時間おきに魔法をかけ続けることもかなりの労力を必要とする(ようにみんなには見える)。

 どちらを頼むべきか、それ以前に頼んでいいのかと言う問題もあることに気が付いたようだ。

 まあ気にしなくてもいいのだが…


 つい、口を挟みたくなるがここは自重しよう。

 大人の決断に子供が口を挟むのはいくないと思う。


 そして今回の話のひどいところは悠長に考えている時間さえないと言う事だ。


「ディアちゃん。本当に飛べる? 大丈夫?」


 おお、それを選んだか。その方が俺も良いと思う。

 俺はにっこり笑って答えた。


「大丈夫。まーかせて」


 一度全力でカッ飛んでみたかったんだ。


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