3-20 精霊は復活するものなのだ。


3-20 精霊は復活するものなのだ。



《あ~、良かったであります…これで吾輩のお役目は終わったでありますよ》


 すべてが終わったあと、精霊モースはぽつりとそう言った。それは静かな燃え尽きた灰のような穏やかな声だった。

 思えば千年、千年もの間使命としてずっと続けてきたことが終わったというのはどんな気持ちなんだろう…

 勿論聞いたりはしない。

 聞いたって理解できるとは思えないから、そう一言で言うと想像もつかないが正解だ。


「モース君、なんか光が弱くなってないかい?」


《ええ~、もう力を振り絞る必要がないでありますからなあ…やっと静かに…過ごせるであります…》


 モース君の光はしだいに弱くなっていく。明滅のサイクルもとてもゆっくりに…


《やっと帰れるであります…》


 そう言うとモース君は俺の持っていた宝具・流龍珠に吸い込まれていった。

 何か言いたかったが胸にこみ上げてくるものがあって言葉にならない、いや、声も出ない…


《この宝具は既に持ち主がないであります。御使い殿の魔導器にセットするといいであります。液体や固体をかなり自由に動かせるでありますよ…》


「うん、わかったよ」


 俺はなんとかそう言った。濁音だらけの聞き取りにくい言葉だったと思う。

 俺は苦手なのだ、別離というやつが。

 昔を思い出してしまうのだ。

 そばにいたい人と共にあることのなんと幸せなことか…その人と共にあれなくなることのなんと寂しいことか…

 俺の顔は涙と鼻水で多分でろでろだろう。


 俺は泣きながら精霊の言うとおりに魔導器に宝具をセットした。

 いったん腕を解除して魔導器に宝具を接触させたのだ。


『新しいハードウエアーを検出しました。ドライバーをインストールしています。

 ・・・・・・・・・・・・インストールが正常終了しまし《大復活でありまーす》』


「ぎゃーっ、びっくりしたー!」


 モース君が勢いよく飛び出してきた。


 ◆・◆・◆


《いやでありますなー、吾輩は格で言えば上級精霊であります。ちょっとやそっとではばらけないでありますよ~》


 ただモースが力を失っていたのは本当だった。

 精霊というより宝具の魔力のプールがなくなって、精霊として外に出ることができなくなっていたわけだ。


 だが宝具というのは行ってみれば永久に動く不思議アイテムだ。つまり放っておけばその内エネルギーを回復する。

 で、精霊も上級精霊になるとその存在が簡単に壊れたりはしないらしい。

 つまりいつかは復活するのが確定していたわけだ。


《精霊にはまず精霊王がいるであります。こちらは世界の『それそのもの』でありまして、世界を構成する巨大なパーツと言っていいであります。世界が存在する限り決して壊れることの無い偉大な存在であります。個人たる総意であります》


 難しいこというね。


《この下に大精霊がいるであります。

 大精霊は世界の欠片を内に秘めた存在もので明確な意識を持った個人であると同時に世界の一部でもあります。

 次が上級精霊。つまり自分たちでありますな。

 精霊というのは突き詰めると源理力エナの塊であります。エナが集まると少しずつモノを考えることができるようになるのであります。それが精霊と呼ばれる存在であります。

 下級の精霊はくっついたり離れたりで安定しないでありますが、自分位になると存在が確定してだいたい大丈夫なのでありますよ》


 つまり精霊というのは魔力という精神感応粒子の集合体である。これはある程度集まると情報処理ができるようになり、その規模が大きくなると安定して思考や人格を持つようになる。

 これが精霊の正体である・・・と。


 つまりプログラムみたいなものだな。

 で一度プログラムとして確立してしまえばエネルギーがなくなれば停止するが、プログラム自体が壊れることはない。エネルギーが戻れば当然に復活する。と…


 そして俺の魔導器と接続したことでエネルギーの供給を受けて完全復活したと…


《まっ、そう言うことでありますな》


 くそう、俺の純情を返せ…


《またまたーうれしいくせに…》


「ふん、あんたのために泣いたんじゃないんだからね」


《何であります? それ》


「いや、気にしないで…」


《御使い様から魔力の供給を受けて宝具も復活したであります。吾輩も御使い様から直接魔力を頂きあっという間に復活したであります、宝具も御使い様を主人として登録したでありますから…》


「あるから?」


《末永くよろしくお願いするでありますマスター》


「えー?」


《つまり御使い様は宝具の正当な所有者であり、吾輩は御使い様の正式な眷属になったであります。これはもう運命でありますよ》


 やれやれ。


「…ふん、どうしてもっていうなら…つきあってあげてもいいんだからね」


《だからそれなんであります?》


「いやー、ちょっとしたギャグだよ。まあ、分かった、よろしくね」


《承知したでありますマスター。吾輩はモースでありますが、普通は宝具の名前でルルーシュと呼ばれていたであります》


 微妙に呼びにくい名前だ。

 自己犠牲の果てに滅んでしまいそうな…あっ、そのまんまか。


「やはり精霊の方の名前でモース君で」


《よいであります。その方が自分らしくていいであります》


 やはり本来の名前で呼ばれるのは嬉しいのか微妙に嬉しそうな感じが伝わってくる。


「時にモース君、なんかグニグニしてないかい?」


 光の繭のような精霊だったモース君が妙にグネグネして形が変わっていく…


《おお、これでありますか? 力をとり戻せたので精霊として確立するのであります。精霊も上級精霊になると半ば実体を持っているのでありますよ。実体化であります》


 へー…って…


「何その形?」


 それは象さんだった。

 すごくデフォルメされた象さんのぬいぐるみ。みたいな存在もの


 しかも普通の象さんではない。

 二足歩行タイプである。

 しかもタキシードを着ている。

 背中に翼がある。

 可愛い牙が四本ある。


 タキシードを着たつぶらな瞳の二足歩行の真っ白い象さん。頭にはちょこんと小さなシルクハットが乗っていて、そしてズボンは穿いてない。

 大きさは三〇cm。


「完全にぬいぐるみだな!」


 俺は絶叫した。


「これがモース君本来の姿なのか…」


 俺は衝撃を受けた。


《いえ、違うであります。これはマスターの趣味であります》


「え?」


《今の吾輩を定義したのはマスターでありますから、これはマスターの大地とか水とか言うキーワードから想起されるイメージにマスターの趣味が加わったものだと思われるのであります》


 俺はさらなる衝撃を受けた。

 コッ、コッ、コッ、これははずかしいー!

 ぬいぐるみ好きがばれてしまったー!


 いや、言われてみると分かる。

 俺のイメージなのだ。

 連想ゲームなのだ。


 地というイメージで脳裏をよぎったのはどこまでも続く悠久の大地。

 それはアフリカはサバンナを彷彿とさせた。

 そのイメージはアフリカの動物たちを連想させ、その中で一番大地を象徴する生き物として象が浮かんだのだ。

 だがそれはあくまでも大地のイメージ。水が足りない。


 象+水の連想で次に出てきたのは神話の話だった。

 インドの神話で神々の乗り物たる白い象の話がある。

 その中の一つ、アイラーヴァタは大海から生まれし者の意味だ。


 雲を生み出す力を持ち空を飛び雨をもたらす象の王。

 四本の牙と翼を持った神々の騎獣。

 非常に身軽で自由に空を飛び枝の先にさえ止まったという。


 まさに大地と水を象徴する幻獣だろう。だからモース君は白い象になった。

 そこに俺の趣味が加わってぬいぐるみちっくに…

 良いんだか悪いんだか分かんねえ~


 ◆・◆・◆


《さて、そろそろ行くでありますか?》


「そうだね、時間分からんけどあまり遅くなってもまずいからね、(もう手遅れな気もするけど…)それにしてもこの階層、まったく魔物がいなくなったね」


 一番の原因はソウルイーターがみんな吸い込んでしまったことなんだが近くにいた存在ものばかりではなく、この階層自体から魔物の気配が全くなくなっている。

 エレベーターまでもこれなら何の苦労もなく帰れそうだ。


《この階層だけではないでありますよ、ここの迷宮自体たぶん魔物は全くいないであります》


「え?」


 だがモース君の返事は俺の斜め上を行っていた。そしてチビぬいぐるみのモース君が喋る姿はとってもぷりちー。

 いや、そうでなくって。


《ソウルイーターはマスターと戦うために自分の力の及ぶ範囲全てから無理やり魔力エナと生命力をかき集めたであります。すでに結界も崩れていたでありますからこの迷宮すべての魔物がソウルイーターに食われていなくなったでありますよ》


「マジですか? よく勝てたよな、そんなのに」


 驚愕の事実。


《そこら辺は冥力石のおかげでありますな、属性的に正しい死は歪みの天敵であります。しかもその石は冥神メイヤノミコト様の力の結晶。エネルギー量は莫大でありますから。ソウルイーターのかき集め、ゆがめた力に対抗できたでありますよ。

 おかげで吾輩たちはソウルイーターそのものと戦うだけで済んだと…》


 ふむふむ、つまり敵の力の大部分はこの冥力石が、ひいてはメイヤ様が打ち消してくれたと…これはまた会ったらお礼を言っておかんと行けないかな。


「にしても魔物のいなくなった迷宮というのはその存在としてどうなんだろ? 意味があるのかな?」


 迷宮に魔物が出ない。

 それはつまり冒険者の存在意義の消失を意味するのではないだろうか?

 そして闘いの場が無くなったうえは学園の存在意義も…


《いえ、おそらく大丈夫でありましょう。ソウルイーターがここの核ではありましたがそれはやつがこの迷宮を乗っ取ろうとしていたということでもあります。やつがいなくなれば迷宮も元に戻るでありますよ。そして迷宮の魔物というのは時間が経てば戻ってくるであります。

 この迷宮にちりばめられた様々な要素が龍脈の源理力エナを受けて実退化してまた魔物が増えていくであります》


 なるほどそういうものですか…

 本当に不思議空間だな。まもの…待てよ?


「ということは今は魔物がいない」


《その通りであります》


「いずれ戻ってくる」


《あと三〇分もすれば第一弾が始まるのではないでありましょうか?》


「そしてここは昔のショッピングモール…しかもここから下に行ったものはいない、つまり手つかずのお宝がある?」


《おおー、なるほど、選り取り見取りでありますな》


「よし、探索に行こう」


《良い考えであります。ああ、冥力石はそこの祭壇に置いておくのがいいと思うであります》


 俺は手の中の冥力石を見た。今は黒いただの石にみえる。


《すでに力は失っているのであります》


 やはりソウルイーターはそれほど強敵だったのだ。


《しかし冥府との縁はつながっているのであります。ここに置いておけば、きっとこの迷宮で亡くなった人たちの魂を正しく冥府に送ってくれるであります。

 迷宮の穢れを防いでくれるであります》


「そうか」


 俺は厳粛な気持ちで冥力石を宝具・流龍珠の安置されていた祭壇に置いた。

 ポッと優しく光ったような気がする。

 とりあえず手を合わせておこう。


「よし、探索に行くぞ、時間がない」


 どの程度で魔物が戻って来るかわからんが、あんなのが大量に出てきたら相手してられない。その前になにがしかのお宝を手に入れて撤収しないといけないのだ。


《だったら八階がよいであります》


「え? 八階? そんなのあったの?」


 初耳だった。

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