3-19 悪霊退治には聖水と・・・
3-19 悪霊退治には聖水と・・・
《わたくしがやつの封印に選ばれたのは水と地の属性を持っていたからであります。地は生命力を内包しておりますし、水は清めの力を持っています。
流れる水は腐らない、これは真実で、流れる水で結界を作ることで実に一〇〇〇年やつを封じたのでありますよ。
であれば水は有効。
先ほど水の補給をして頂きましたが御使い殿は他にも水をお持ちではありませんか?》
御使いというのは俺のことだろう。御使いというよりはお使いだが。
だがモースの提案は有効だと思えた。
さっきも結界を破るために水の帯に体当たりをかましたソウルイーターは相応のダメージを受けているように見えた。
あれは水自体の持つ浄化力によるダメージもあったのだろう。
《そしてやつは言ってみればマイナスエネルギーの集合体。プラスエネルギーをぶつけることで相殺できるのです。
であれば水に良い魔力を与えることができれば…》
どのぐらい水をお持ちかわかりませんが…とモースくんは難しそうな顔をしている。たぶん。
本来であればモースは水の精霊界から好きなように水を引き出せる能力もあるらしい。だが1000年の封印で力をかなり落している。しかもここは命令の力の届かない穢れた迷宮だ。だから外から流れ込む水を使うしかなかったらしい。
だからこの話も実はそれほど期待はしていなかったのだろうと思う。だが良い意味で期待は外れた。そう俺が外すのだ。
俺は異空間収納にとんでもない量の水を確保してある。
多分五〇メートル四方ぐらいの量だ。重さにして一二五〇〇〇t。
これは色々使い道があるだろうと事あるごとに溜めてきた水で、このほかにも温泉水とかもある。
・・・たぶん足りると思う。
であればあとはどうやってやつにぶつけるか。
「水鉄砲か?」
《は?》
「いやいやこっちのはなし」
俺は【デザイン】を起動して水鉄砲を設計する。そして左腕をその形に変形させる。構造は簡単だ。筒状の本体と細い出口。そしてそれを押し出すピストン。
《おお!?》
精霊君が声を上げた。
くらえ!!
ぶしゃっ!
ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっあぁぁぁぁぁぁぁっ。
「おおっ、効いている」
《うまいですぞ。命と冥の属性を持った最高の聖水であります。これ以上アンデットに有効な聖水はないであります。
しかも水も清らかで良いであります。
水というのは魔力との親和性が高く、良く魔力を内にとどめるでありますよ。不純物がないとどんな属性とも馴染むのであります》
しかも流れる水、つまり動く水というのはそれ自体が腐敗しづらいという性質がある。
ソウルイーターの邪壊思念を持ってしても水を汚染するのには時間がかかる。
水にしみこみ、水に守られた魔力は効率よくソウルイーターの邪気を削るらしい。
しかし…
《ああっ、またよけられたであります》
そうなのだ、どんな有効な攻撃も当たらなければ意味がないとはよくある台詞だが躱される側になってみると非常に悲しい。
「まだだ、まだ何か手があるはずだ」
俺は考える。
「まっすぐ飛ぶからよけられるんだ、広範囲に水を撒き散らせばいいはずだ」
最初考えたのは放水車だ。
暴徒を鎮圧するために水を吹き出して吹き飛ばしていた。連続して帯状につながるから攻撃範囲は広いと言える。
「だが駄目だ…これでは水がもたないかもしれない…」
実際どのぐらいの放水が必要かわからない。
まあ間に合いそうな気もするが相手は一〇〇〇年ものさばってきた死にぞこないだ。
水を広範囲に撒き散らすような攻撃の方がいい。
俺の脳裏を植木の水やりの光景がよぎった。
ホースの先をつぶして水を水滴状にするあれだ。
ぶしゃ…
うん結構散らかったけどそれだけだな、それに水鉄砲構造もいくない。1回ピストンが前進してしまうと水や力を貯める間が必要になる。
だったらどうする?
「なあ、モース君」
《なんでしょう?》
「でっかいタンクの中に水をためるからその水を勢いよく押し出すとかできない?」
《得意分野でありますな。吾輩は水を司る精霊、水の流れを操るなど簡単な事であります》
じばばばばばっ。
うん、ダメだね。
さっきよりはましになったが、広範囲にばらまいても当たるのは一部でしかない。狙いをつけて発射するとそれなりに速い勢いでよけられてしまう。
ううっ、どうしたらいいんだ…
もっと…そう蒸気機関の蒸気のように細かく広範囲に…
先ほどで一緒にいたせいかドワーフのやっていることが頭をよぎった。
だが蒸気はないわ。加熱しても意味があるとは思えないし、だったら噴霧器か?
俺は日本でよく使われる噴霧器のことを思いだした。
あれも水を小さい口から噴出させて霧状にする道具だ。
「モース君、このまま水を送り続けてくれるか?」
《委細承知であります》
なにをどう承知しているのかわからんが俺はもう一度デザインを起動させて左腕の放水器を変形させる。
ジタジタジタジタ・・・水が垂れる。
「あり?」
何か違う。
うーん、とこを間違ったんだ…思いだせ思いだせ…
あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ
一時的に放水が停止したせいで勢いを取り戻したアンデット軍団が押し寄せてくる。
冥力石のおかげで一定以上近づくと力を失って塵に帰っていくが、その塵が少しずつ降り積もって動きを阻害する。
しかも滅びるのもお構いなしに突っ込んでくるから浄化よりも進行が少し早い。じりじりと、本当に何センチという単位でアンデット軍団が近づいてくる。
マジで怖い。
思わず一歩下がってしまった。はっきり言ってちびりそうなぐらい怖いぞ。
背中がとんと何かにぶつかって、振り向くとそこは冥力石を安置した祭壇。
淡く金色に光るその石に不思議と力が湧いてくるような気がした。
そうだ。ここで負けるわけにはいかない。
家族のもとに帰らないと。
と同時に俺は噴霧器の構造思いだした。ノズルの構造だ。
水だけじゃない、空気の流れも作ってこれも細く速くしないといけない。
流体力学に基づいて太い流れが細くなると速度が上がる。
細く速い水の流れの周りに高速の空気の流れを作りだす構造。
水と空気の二重構造。
空気はブロアーの魔法を使おう。水はモース君に任せよう。
腕を変形させた二メートル近い噴霧器の根元に異空間収納から水を出す出口を作るのだ。空気も箱型の空間の中でブロアーの魔法を使えば強い気流が起こせる。
でかいタンクを背負う必要もないので取り回しもしやすい。
「さあ、今度はどうだ」
シャーーッ!!!
ヒィィィィィィぃぃイィィィイィィィぃぃぃイィィィぃぃイィィィぃぃイィィィぃぃぃぃイィィィぃぃイィィィぃぃぃぃぃぃぃイィィィぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。
成功だった。
空中にまんべんなく散布される霧。効果範囲が広く、さしものソウルイーターも逃げ切れない。
それに霧のいいところがもう一つ。
粒子が細かいから滞空時間が長くなる。全面にふりまけばそこは聖水の霧の中。
どっちに逃げても聖水のお出迎えがあるからだろう。
ソウルイーターは逃げることを発想できないのか、その場でぐるぐるとまわり、だんだんと削れていく。
「やったか?」
フラグってわけでもないんだろうけど、これで勝ちとはいかなかった。
ソウルイーターは大きく口を開けると聞いたこともないような絶叫を響かせる。それと同時に周囲のアンデットから、半ば崩れかけたその残骸から黒い霧があふれ出てソウルイーターの口の中に吸い込まれ、そしてソウルイーターは力を取り戻していく。
「魔物を滅ぼして吸収しているのか?」
だがここにきて何か新しいことができるわけではない。
俺は噴霧をソウルイーター方向に固定して思いっきり力を込める。
完全に拮抗した。
他の階層からも黒い霧や白い命の輝きがどんどん流れてきてソウルイーターの口に吸い込まれていく。
そして増大するその力を俺の聖水噴霧が浄化していく。
これがずっと続くのだろうか?
ちょっと気弱になったりもする。
対するソウルイーターはアンデットゆえか疲れる様子も見せずに変わることなく同じことを繰り返している。
まずい流れかも…
そんな状況を断ち切ったのはモース君だった。
《ちょっとこれを借りるであります》
そう言うとモースを示す光の玉は冥力石を掴み上げて水タンクの中に放り込んでしまった。
「おお!」
吹き出す霧が淡く光り出す。水にメイヤ様の力が宿ったのだ。
そしてソウルイーターの存在をどんどん削り始めた。
ソウルイーターの動きは変わらなかった。もうこいつには次の手は残されていなかったのだ。
ひあぁぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁァァぁ。
俺の目の前で黒い霧が、そこに浮かぶされこうべが淡く光る霧に駆逐され、削られ、消滅していく。
あとに残ったのはどす黒い色をした影のようなもの。
《あれがソウルイーターの核になった穢れた魂でありますぞ!》
俺はとっさに神器である領域杖・無間獄を抜き放った。
無間から光の帯が伸び影を貫いた。そしてその光は巻き戻されるように杖の玉の中に吸い込まれ、同時にソウルイーターの元になったという魂の絶叫が響いた。
ぎぃぃイィィィぃぃぃぃやぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁァ。
ぱちんと何かが閉じる音がして・・・
《やりましたな。見事な勝利でありますぞ。千年以上ものさばったあの悪霊をよくぞ地獄に退治いたしました。感服したであります》
俺はそのまま尻もちをつき、更にそのまま転がった。そして天井を見る。そこに浮かんでいたおぞましい模様はなくなり、心なしか明るくなったような気がする。
「なんとかなったな」
完全に予定外だった。少し休みたい。
だが残念なことにそうは問屋がおろさなかった。
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