3-04 健康です、健康になりました…ついでにお仕事ももらいました

3-04 健康です、健康になりました…ついでにお仕事ももらいました



『龍ちゃん…龍ちゃん』

「ん? 凰華か…もう少し…」

『残念、メイアちゃんでした』


 ・・・のわーっ、メイヤ様!


 俺は心の中で絶叫して飛び起きた、というか意識を明確化した、寝ていたわけではないので飛び起きるのは不可能だった。


「えっと、でもなんでメイヤ様が…あれ? つまり結局死んでしまったのかな?」


 俺はさっきのことを思いだした。喉を突かれて、後半は夢だったのだろうか?


『残念、はずれです。ちゃんと自分で治したでしょ? どうだった? 肉体が壊れても意識のみでの魔法の実行で修復できるのって、まさに健康って気がしない? 病気治療の魔法も手に入れたみたいだし、まさに病気でも怪我でも死なないよ』


 俺はがっくりと手をついた。


「イヤー、それを健康と呼んでいいのかどうか…

 健康ってそう言うのではない気がするんですよ…」


 違うよね?


「んー、そうかな…いつでも五体満足で、体調管理も万全で、怪我も病気も怖くない。まさに健康ってことじゃない? 竜ちゃんが昔望んでいたのはこういうことだよね」


 そういういいかたをすればまさにその通り…なんだよね。

 でもこれじゃ〝お化け〟じゃ…


「でも、魔法で先天的な病気を治療とかできませんよね?」


 前世ではそれでやられたんだよね。


『治せるよ』

「は?」

『龍ちゃんが気にしているのって前世のような先天的な物でしょ? 実は遺伝子っていう存在に記録された情報ってね、結構幅があるの、偏りっていうのはあるんだけど、遺伝子の中でどの因子が発現するかというものでもあるのよ。イデアルヒールは肉体を理想値に近づけるから継続的にあれを使っていけば時間はかかるけど心臓病だって治せるよ』


「うえええええっ!」


 あれってそんなにすごい魔法だったんかい。


「それに元々今世は健康そのものだし、魔法もあるし、健康には自信を持ちなさい」


 自信…自信か…いいのかそれで…


『まあそれはそれとして今日はさっきの盗賊たちのことできたの』


 あっ、それがあった。忘れてた。


「ごめんなさい」

『ありがとうね』


 俺は思いっきり頭をさげた。

 なぜあんなふうにできたのかわからないけど、相手は悪党だったけど、いきなり皆殺しはまずいっしょ。だから頭を下げずにいられなかった。


 でもその俺に対してメイヤ様は穏やかな笑みで感謝の言葉を口にした。


『龍ちゃんは人を殺したことを謝っているのかな?』

「はい、そうです」

『うんうん、では質問。なぜ人を殺すのが悪いことなのかな?』


 !


 考えたことなかった。そう言えば何故悪いことなんだ?

 そう考えて思い至った。これは地球の、しかも日本のような極端に平和な世界の常識なのだ。

 この世界でも盗賊などは返り討ちにして〝おけー〟というのが常識だし、もし戦争が日常な環境であれば人殺しは正義になるかもしれない。


 では味方を殺すのが悪で敵を殺すのは立派な事なのか?


 そうだ思いだした。社会正義だ。


 社会正義というもの、社会秩序というもの、これは〝そこに暮らす人たちが生きていくために必要な物〟なのだ。だからその社会秩序を破壊する行為が悪なのだ。


『人間にとってはだよね。この世界だと分かりやすい冥の精霊がいるでしょ。彼らは致命傷を負った人間、寿命の来た人間の魂を冥府に運ぶ、言ってみればこの世界に生きるすべての存在は彼らに殺されるという言い方もできるよね』


 そうか、それなら時間もそうだ。


『うん、それ以前になぜ人間にとって死が悪いものなのか? 龍ちゃんはあの世の記憶を持っているわけだけど、死ぬのって怖い?』


「んー、特に怖くないかな…たとえば仲の良い人と別れるのは悲しいし、何もなしえずに終わるのは嫌だけど、あの世には恐怖は感じないかな…あっ、そうか」


 人間は死の向こう側を知らない、だから死というものが圧倒的な恐怖として存在している。根源的な恐怖だ。わからないから怖い。だから死の恐怖をもたらす存在を心の底から忌避するのだ。

 

 ひどい話だが敵は死んでもいいという発想は自分のかかわりのないところでなら死が猛威を振るったとしても怖くないし、逆に自分にその恐怖をもたらす者はどんな手段を使っても排除しないと安心できないからだ。


 そうだ、あの時あいつらに感じた嫌悪感はそういうものじゃなかったのか? でもなんでだ。

 死を恐怖として感じない俺が何に恐怖した?


『私から見ると誕生と死というのは世界の移動でしかないんだよね、向こうとこっちを行ったり来たり、勿論その過程でちゃんと成長してほしいみたいなのはあるけどね。

 で、両方のことを知っている龍ちゃんから見るとどうかな?

 ここで普通に頑張っている人がいて、ぎゃくに人の足を引っ張ることしかしない者もいる、そう言うのどう対応する?』


 ふむ、まあ普通に頑張っている人に対してなら『応援する』という所だろうな、成長すればより確実に自分自身を次の世界に持ち越せるんだ。これはいいことだ。

 逆にそう言う機会を奪うことしかしないやつらなら…


「テメーら、いっぺんあの世に帰って顔洗って出直してこいって感じかな?」


『あはははっ、龍ちゃんのレベルならそれでいいと思うよ。この世界がすべての人にとっては死は恐怖だし、悪だけど、向こうのことを知っている者から見れば死と誕生は等しく移動だし、不適格者を強制送還するのも当然ありでしょう』


 なるほど、おれがあいつらを殺すのをためらわなかったのはそう言うことか…

 では殺さずにいられなかったのはなんでだ?


『はい、そこでお願いがあります』

「はい、お引き受けします」

『え? いきなりなの?』


 まあ、これだけお世話になったメイヤ様の頼みだし、神さまだし、断るというのはないかな。可能かどうかということは別にして。


『ふふっ、ありがと。さっきの男たち。なぜ龍ちゃんがあいつらを殺さずにいられなかったか、それは世界の悲鳴が聞こえたからだね。

 生きていく過程で調和を学ぶのが本筋なんだけど、歪んでしまって世界に悪い影響しか与えないモノっていうのもいるんだよね、そう言う者たちが活動すると世界に歪みが蓄積して、それが全体に悪い影響を与えたりするの。『邪壊思念』と言うんだよ。

 魔物が凶暴化したり、この邪壊思念が魔物に憑りついてさらによくない者に変異したり、究極的には邪神なんてものになる可能性もある。

 龍ちゃんは世界との結びつきが強いから、こういう邪壊思念をみるとものすごく不快に感じるんだと思う。

 だからどうしてもあの男たちを排除せずにいられなかった』

「あー・・・そこまで僕が御大層かというとはなはだ疑問ですが…」


 メイヤ様はクスリと笑った。


「これであの者たちがこれ以上世界に邪壊思念を撒き散らすことはなくなったわ。でも彼らが今まで生み出した邪壊思念はなくならないし、彼らの魂もこの地にとどまってよくない気を撒き散らす。ちょっとした心霊スポットね」


 それはまじで嫌だな。


『なので龍ちゃんには邪壊思念退治をお願いしたいのです』

「えーーーーーっ」

『なによう、今やってくれるっていったじゃない』


「いや、できるだけご希望に沿いたいとは思っているんですけどね、どうやってというのがあるでしょ?」

『それは心配いらないわ、この杖を授けます。領域神杖・無間獄です』


 地獄? しかも無限?

 物騒な名前だ。


『名前じゃないよ本物。この先についてる玉が本当の地獄なんだよ。地獄に落ちるほどの大罪人の魂を収監してすり潰し、源理力エナに変換する神器なの。その過程でものすごく苦しい思いをするけどまあ仕方ないよね。でも自分が作った歪みを修正するだけのエナを生み出したら解放されて正しい輪廻に戻るから安心でもあります』


 つまり罪にふさわしい罰をということか…まあ安心っちゃ安心か? いや、


「罪が重すぎる場合はどうなるんでしょう?」

『消滅します』

 !

『完全にすり潰されて消滅します。きれいさっぱり』


 それこそ恐怖だな。

 つまりあまりに重い罪を犯したものは地獄の炎で焼かれ、すり潰され、無限の苦痛の果てに消滅すると…


『そこまではなかなか…ないわよ? ふつうはある程度で解放されるわ。その後その罪の恐怖を魂に刻み込み、矯正施設を抜け、修復を施され、また生まれ変わっていきます。

 なので遠慮なく咎人を回収してください。

 とりあえずはさっきの男たちの魂ね。結構いいねんりょうになるよ。

 その魔力はあの世に送られ、世界の癒しに使われるというわけ。でも一部は杖に蓄えられるから龍ちゃんが必要だと思うことに使ってもよろしくてよ?』


 なぜにお嬢様風?


 メイヤ様はその杖を地面に立てた。

 突き立てたと言いたいところだがただ立てただけで、どういうわけかぴたりと静止して動かなくなった。


 それは木の杖だった。

 柄はまっすくで長さは180センチぐらい大人の身長ぐらいだな。柄の先に星空のような色の玉がはまっていてこれが地獄、それを支えるように三本の枝が伸び、枝からは葉っぱが生えている。


 なかなか綺麗だ、まるでエルフの里にあった樹木がそのまま杖になったような。いや、こっちの方が格が上か。


『この杖はここに置いていくわ』

「え? ここって夢の中なのでは?」

『いいえ、ここは龍ちゃんの中よ、龍ちゃんの中にある世界の欠片、龍ちゃんってどういうわけか私の世界と結びつきが強いのよ、やっぱりうちの氏子だったせいかなあ、だから龍ちゃんの中にあの世界の欠片が生れてしまったの。龍ちゃんが『フラグメント』となずけたあの世界の欠片だよ。いい名前だから採用ね。

 龍ちゃんは間違いなくあの世界とつながっているのよ。予想外だったけど自分寄りの成長が嬉しい今日この頃です』


 恐れ入ります。


『よし、じゃああそこに戻ってレッツトライ。ああ、後、この杖に蓄えられた魔力で冥精霊と獄卒を使役できるからこれもうまく使ってね。 

 じゃあ今日はこれまで、また来週~』


「来週もまた来るんかい!」


 ガバッと…

 突っ込みいれたら目が覚めた。

 夢ってわけでもないみたい、あの杖の感触が残っている。


「うーん…仕方ない、お仕事とするか…」


 俺はよっこいしょと立ち上がった。いや、今日は疲れてるんだよ。


 ◆・◆・◆


 うきゃーっなんじゃこりゃー!


 凄い光景だった。

 神杖はどこにあるのかよくわからなかったが持ち出そうと思えば簡単にできた。すっと手の中にあらわれたのだ。

 俺はそれをメイヤ様がやったように地面に立てた。


 そうすると杖はまるで根が生えでもしたかのようにピタリと静止する。そして枝葉を広げるように魔法陣を展開した。リング状の光、六角形の板状の光、そう言うものが大きく広がってまるで魔法陣の木のようだった。


 ここまではいい。

 問題はこの後。


 うわんっと風が吹いた。いや正確には魔力が動いた、まるで渦を巻くように。

 光をちりばめ渦を巻く魔力風。その中に何かが見えたような気がする。

 そしてその何かはぎゅるぎゅると回ったあげく、真上から魔法陣の中心、玉の位置に〝ずぼんっ〟と飛び込んで…


『ぐぎあぁぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁがガガガぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁァァぁァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』


 この世のものとも思えない絶叫が響きわたった。

 いや、声ではないと思う。何かそう言うものが世界を震わせた。

 それが立て続けに五つ。


 それで分かった。これが先ほど殺した奴らの魂だ。


 五つ分の魂切る絶叫が響き、パチンと何かが締まるような音がしたと思ったら玉の光が消えて周囲が静寂に包まれた。


 イヤー、マジびびったわ。地獄って本当に本物ジャン。この玉の中に無間地獄があって、そこに魂を封じ込めその罪の分すり潰して世界の修復に当てる。

 とんでもないものを手に入れてしまった。


 だがこれで終わりじゃなかった。

 残った死体をどうしようかなと思っていたら杖の枝の葉影から黒いぼやぼやしたものが出てきて。いっぱい出てきて死体にたかる。

 まるであのまっ黒…いやいや。


 そしてその黒助にたかられた死体はあっという間に土になってしまった。


 残ったのは盗賊たちの装備品だけ。


 もうここまで来ると何かしようなどとは考えてなかった。あっけにとられていただけだ。


 なのに今度は杖の周辺に六つ。ヘキサグラムの頂点の位置に魔法陣が浮かび出て、そこからスケルトンがわいてきた。

 アンデッドとは違うと思う。いやな感じも穢れた感じもしない。

 しかも全身が透き通った水晶で出来た全身骨格、武器防具付。


「くりすたるぼ・・・クリスタルスケルトン…だね…これが獄卒?」


 そいつらはそろって俺にぺこりと頭を下げて、カチャカチャと軽快な音を響かせながら盗賊どもの装備品その他をその場から、あるいは盗賊のねぐらの奥から集めてきた。

 そして片手を伸ばしてきれいなお辞儀。


「そうね、勿体ないから持っていった方がいいよね」


 〝勿体ない〟は世界に対する気遣いだよ。たぶん。

 そしてなんか熱が出てきたような気がする。

 確かに俺の健康は完璧かもしれないけど、行き過ぎだけど…たぶん知恵熱ぐらいは出るんじゃないかな?

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