2-04 行けばわかるってこういうこと

2-04 行けばわかるってこういうこと



 カラカラと獣車くるまは進む。

 道は青い街道から普通の街道に切り替わっていた。

 普通の煉瓦敷きの茶色い街道だ。

 迷いの森自体が迷宮であり、この迷宮は周辺にもある程度の影響を与えるらしく、ここを青い街道にしても魔物除けの効果は期待できないのだそうだ。


 なので普通に魔物が出るが、元々強い魔物は少ない迷宮であることから護衛がちゃんといれば大した問題にはならない。


 俺達には当然護衛など存在しない。

 戦闘ならいつでもwelcomeの人たちの集まりだから。

 と言っても大人たちには物足りない魔物ばかりらしく、なのでその対処は俺たち子どもに委ねられている。


 そんなわけで現在俺達は獣車の外を小走りに駆けている。

 獣車の速度は抑え気味ではあるが、外にいる三人が俺、ルトナ、フフルなので結構速い速度で動いているのではないだろうか。みんな足には自信がある。


「はにゃ!」


 鋭い踏み込みでしぱっとフルルが動く、そして激烈短い手で突きを入れる。そこから魔力の波動が広がり、でかい鼠が命を散らした。

 こいつら出てこなきゃいいのにいくらでも出てくるのだ。


 ついで正面から襲ってくるなんかでっかい虫を俺が魔力撃で葬る。

 進行速度が遅いからその間にシャイガさんがすばやく魔物を切り裂き、魔導結晶だけを回収していく。

 ほとんど虐殺街道である。


 ついで左から魔物…ヤベ…


 ルトナがすばやく接近し見事な体捌きで魔物を打倒し、地面に倒れた魔物にナイフでとどめを刺す。

 そしてどんどん斜めになっていくルトナのご機嫌。

 ルトナだけまだ魔力撃ができないのだ。


 今日も最初は観光の予定だったのだがルトナが実践を欲したために森へ一緒に行くことになった。もちろんエルメアさんは大賛成で、エルメアさんが賛成すればそれで決定なのである。

 事、戦闘に関して旦那に発言権はない。なぜなら彼は座布団だから。


 これがずっと続いたらたまらないところだったが幸い森の入り口までは至近距離、四時間ほどでたどり着いた。ルトナ、ガンバだ。


 ◆・◆・◆


「これがエルフの里?」


「いや、ここはただの門だよ。ここを潜って初めてエルフの領域なんだそうだ。エルフが認めたものしかその奥には進めない…ということだった」


 まずこの果てなき迷いの森は外から見ると木でできたドームのように見える。

 木がそそり立ち壁のようになっていて、まるで森を守る巨大な城壁のようだ。


 そこに突然緑のトンネルが出現する。

 これが森の入り口。

 道幅は三〇mぐらい。高さも同じぐらいだろう。並び立つ樹木と広がる枝葉で出来た光差すトンネル。素晴らしい眺めだ。

 このトンネルはかなり長く奥まで一キロ以上あるらしい。


 そしてこのトンネルの中に長蛇の列。


「すっごいながいね」


「うん、長い」


「これはきっと三日で済んだら奇跡なの」


 同感だ。

 これでは昨日のいけ好かないデブ禿も機嫌が悪くなって当然と納得できるものがある。

 三日もここに並び続ける。いったいどんな神経をしていたらそんなことが可能になるのか?


「それだけエルフのもたらす富というのは巨大だということだろうな」


 並んで奥まで行っても取引してもらえるかどうかわからないというのに、そこまでお金に目がくらんだのか?

 道の両脇にはここで寝泊まりしている人の簡易なテントがあったりするし、列の脇を番重に食べ物を乗せた老人や少年が行ったり来たりしている。


「ねえねえディアちゃん呼んでるよ」


「え? なにが?」


 ルトナが何かに気が付いた。そして俺の手をつんつんと突っつく。

 いったい何が…ってあれ? 道が光ってる?


 このトンネルの口近くには二回りほど小さいトンネルが口を開けていて、左右に伸びる脇道を作っている。

 そのトンネルのひとつ、その地面がほんのり光っていてその向こうから呼んでいるような感じがするのだ。


「本当だ…呼んでいるみたいだ…シャイガ父さん、あの脇のトンネルって何?」


「はて?」


「ああ、あれは迷宮への入り口だよ、あそこに進むとエルフの里じゃない迷いの森の中に進むんだ。迷宮で狩りをする冒険者なんかはあっちに行くだろ?」


 前に並んでいた知らないおっちゃんが教えてくれた。

 確かによく見てみると武装した集団が進んでいくのがたまに見られる。

 この左右にあるトンネルがこの果てなき迷いの森と呼ばれる森林迷宮への入り口なのだそうだ。


「ねえ、おじさん、普通の隊商の人もあっちに行くみたいだけど何?」

「ああ…あれはね…」


 そのおっちゃんは深くため息をついた。


「あれは多分だがエルフの里を目指している連中さ…エルフの里というのはこの森のどこかにあるんだ。当然迷宮を抜けてもいける…はずだと言われている。

 そして自力で里にたどり着いた商人とはエルフは無条件で取引をしてくれると言われているんだよ…

 そんなことに成功したのは過去に数えるほどしかいないのにね…」


 だがそれは変な物言いだった。


「ここにいる人ってエルフの人と取引しに来たんじゃないの? そのために並んでいるんでしょ?」


「いや、違うさ、エルフとの取引を申込みに来たのさ。商売というのは信用が大事でね、やはり昔から取引している連中の方が当然強い。彼らは定期的にエルフと取引しているからね。

 でもエルフの欲しがるものをこちらが提示できればエルフは見合ったものをゆずってくれるんだ。 

 ここの並んでいる者の多くがそう言う連中だね。

 あまり効率がいいとは言えないんだが、中にはすごいガラクタをものすごい値段で買い取ってくれたというような例もあるからね。

 みんな夢を見ているのさ。これは迷宮踏破の夢と違って現実にある話だからね」


 その大儲けした人たちが何を納めたのかわからないらしい。でもとある商人がエルフの気に入るものを持ってきて、世界樹の葉であるとか、世界樹の樹液であるとか、こうかな魔法薬などを手に入れたというのは事実らしい。

 そしてそれは人間社外で目玉が飛び出るような値段で取引された。


 なるほど、それは人が集まり、この大騒ぎとなるわけだ。こりゃ確かに昔から取引している者にとってはたまらない話だろう。嫌味のひとつも言いたくなるというものだ。


「エルフは皆目利きだからな、半端なものを差し出しても相手にしてももらえんのだよ。まったくもののわかってない連中というのは度し難い」


 いきなり嫌味な声が聞こえた。


「あっ、デブだ」

「禿だ」

「チビなの」


「誰がじゃ!」


 あんたがだ。とは言うまい。

 出てきたのは昨日の嫌味なおっさんだった。

 事情は分かったが不愉快なのには違いがない。


「これはこれはペッチ様。ご無沙汰しております」


 この嫌味なチビデブはペッチというらしい。俺たちのことを憎々しげににらんでいるが俺としては感謝してほしいところだ。

 俺達のセリフでシャイガさんとエルメアさんが吹き出して笑っているからこんなにのんびりしていられるんだぞ、でなかったらきっとこのデブは地面に転がっている。


「うむ、君はギメ君だったな。君も迷惑しとるだろう。まあ何事も我慢だ。うまく行くことを祈っているよ」


 こちらを憎々しげに睨んでから親切なおっさんに話しかけるペッチ。こいつ全然我慢しとらん。しかも言葉づらは穏やかだが表情が偉そうで本気でそう思っているようには見えない。

 ひょっとしてこいつが嫌味を言うのは状況ではなく性根に問題があるのかもしれない。


 ペッチの後ろには護衛らしい屈強な男が四人ほどいて、列の前の方からやはりそれっぽい男たちが走ってくる。遠くから『お待ちしておりましたーエリオさまー』とか聞こえてきた。エリオ? 似合わん名前だ。こんな美少年風の名前が…この有様ではつけた親が泣いているかも…

 しかしこいつの名前エリオ・ペッチというのか…


 彼は俺達の他、周囲の商人も睨み倒しながら道を進んでいる。

 弁当売りの少年にぶつかってその圧倒的な腹の周りの質量で転ばせて『ふん』とか言ってる。


「なあにあいつ、いけ好かないやつね。そうだ、ディア、ルトナ、ぶっ飛ばしちゃいなさいよ、あいつ平民だから問題にならないわよ」


 エルメアさんが小声で俺の耳にささやく。イヤイヤお母さん、その身分の使い方はどうなんだろ? ルトナも腕まくりすんな。

 エルメアさんの脳天にゴスッとシャイガさんのチョップが決まった。


「いや、気にしないことだよ、あの人はエデラエンテの町の大商人でね、昔からああなんだ。長く続いている商会だからね、しかも最近商売がうまく行ってないらしくて…ほら、最近魔物が元気だろ? 大きなキャラバンをやられたらしくて…まあ噛みついても勝ち目なんてないしね、自分は自分の仕事をするだけさ」


 おおっ、いいこと言うな。このおっちゃんは成功するかもしれない。いかにも人の良さそうな商人と言った見た目だし、着ているものも普通だから良い。よし、名前ぐらい聞いておこうかな?


「おじさんはギメさんっていうの?」

「そうだよ、アレクサンデル・ギメっていうんだ」


 なんだその無駄にカッコイイ名前は! このあたりはあれか、名は体を表さないのか?

 衝撃の事実だ。


「お父さん、それよりもこっち」


 ああ、そうだった。その話をしていたんだ。


 ルトナが今度はシャイガさんの袖を持って引っ張って行く、俺達もそれについて少し場を離れる。

 これ幸いと後ろに並んでいた商人が順番を詰めるが、まあどうでもいい。

 多分問題ない。


 俺たちは迷宮に続くという支道の前で話し合う。


「僕にも呼ばれているみたいな感じがするよ。それに地面がぼんやり光って、なんか道みたいになっている」


 まあ既に道なので変な言い方なんだがそうとしか言いようがない。

 普通の道に重なってぼんやりした光の道が見えている感じだ。


「それが正解なの、こっちに行けばちゃんとたどり着けると思うなの」


 フルルがそう宣った。

 同じ妖精族の言うことだ。信用できるだろう。たぶん。


 俺達は頷き合う。


「よしわかった。そっちに行ってみよう。案内は任せたよ」

「「はーい」」


 そして俺達は支道の方に獣車くるまを進めた。


 離れたところでアレクサンデル・ギメさんが声をかけてくる。本当にいい人だ。シャイガさんが『大丈夫です少しだけ行ってみます』と声を返して俺たちは先に進んだ。

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