2-03 ミシの町の冒険者
2-03 ミシの町の冒険者
ミシの町。
エルフの住む『果てなき迷いの森』と呼ばれる広大な森の南の端に位置する町。
この町から北に向かって二時間ほど進と『開かれし森の広場』と呼ばれる場所がり、そこがエルフと人間が交渉だの商売だのをする場所なんだそうだ。
たくさんのエルフがいて、毎日やってくる人たちといろいろな取引をしている。
エルフが作る生薬や、織物などはここでしか手に入らない。
彼らが暮らす集落自体はこの奥にあって、ここは出島のような場所らしい。
まあここも結構な広さを持っていて倉庫や休憩所などの建物があるので施設としてはかなりのもの。俺のイメージだが卸売市場のようなものかもしれない。
順番を守ってそこに行き、直接交渉するのがエルフと取引をするためのルールなんだそうだ。
だが普通に三日とかかかるそうで、すごいねそりゃ。としか言いようがない。
普通ならその周辺に街とかできてしまいそうなものだがそれは禁止されている。大掛かりな建物をたてようとした人もいたらしいがどこからともなくあらわれた魔物に襲われてうまく行かなかったらしい。
なのでこのミシの町が唯一の拠点になり、本体がここで待機したまま順番取りが並んでいるというのが普通なんだそうだ。
よく行列を作る(もと)日本人の俺から見ても三日は嫌だな。いや、でもエルフに合うためなら有りか? うーん、有りかもしれない。
◆・◆・◆
「なるほどな」
シャイガさんが一通りの説明を聞いてそうつぶやいた。
場所はミシの町の冒険者ギルド。かなりたくさんの人がいる。
町に着いた俺たちはまず宿をとり、その後すぐに情報収集のためにここを訪れた。
迷いの森というのは有名な場所ではあるがそれだけによその人間は詳しいことを知らなかったりする。まあ外国の観光名所みたいなものかな。
ギルドに入って受付で迷いの森の情報が欲しいと言った直後、一人のおっさんが声をかけてきた。それがこの話をしてくれているおっさん。
一言でいうとすごいインパクトがあった。
まず禿頭である。しかも上半身は裸でしかも傷だらけ。身長も二m近い大男だ。そのおっさんが『お前ら、迷いの森に何の用だ?』とか低い声で話しかけてくるからなかなか怖いものがある。
ルトナなんかおっさんを見て顔がひきつったほどだ。
でも俺は声をかけられた後すぐにおっさんのそばに寄って行った。
彼の身につける鎧が気になったからだ。
おっさんの格好はズボンに両手両足の金属鎧。そして胸当てという格好でこれもなかなかインパクトがあるのだが、この鎧がカッコイイ。
俺は近づいてよく見たくなってしまったのだ。
怖くなかったかって? 勿論怖くなかった。なぜならそのおっさんの身に纏った雰囲気、魔力の性質かな、それがとても明るくて暖かかったから。
こういう人は良い人だと思う。シャイガさんやエルメアさんと同じ様な感じなのだ。
俺が足元に近づいて鎧を観察しているのに気が付いたおっさんは、嬉しそうに笑った。その笑顔は結構可愛いかもしれない。
そしてその瞬間、おっさんから暖かい魔力がそよ風のように吹き付けてきた。喜びの波動だと思う。
おそらくだがこのおっさんかなりの子供好きとみた。でもこのなりなので大概怖がられるのではないだろうか? だからたまになつかれると嬉しいタイプとみた。
そしてさすがに武術の達人。シャイガさんとエルメアさんもこのおっさんが危険な人物でもなく、悪意もないと看破したのだろう、普通に話し始め、ギルド内のバーラウンジに移動して森の説明を聞いていたというわけだ。
話は逸れるが鎧の話。
全身鎧でこそないが肩から腕全体。そして腰に足を覆う金属製の鎧だった。
昔博物館で西洋のプレートメイルを見たことがあるが、あれとは全然違うものだ。なんというか構造が複雑でかっこいいのだ。
いくつものパーツを組み合わせて作った可動域の大きい鎧で、たぶん人間の動きを完全に受け止められるのではないだろうか。
昔のプレートメイルだって技術の粋を集めて作られたものではある。関節の位置に合わせて鎧を調整して作るもので、物の本によればあの鎧を着たままバク転を決めたやつまでいるとか。
それがかすむほど細かく、洗練されてしかも分厚い鎧だった。
「かっけー」
つい本音が漏れた。
「おお、そうか、分かるか、こいつはな知り合いのドワーフに作ってもらったやつでよ、すっげー良いものなんだぜ」
「どわーふ!」
出たドワーフ。
噂のあいつ。
やはりこういう仕事が得意な種族なのか! 会いたい。ドワーフにも会いたい。
多分キラキラした目でおっさんを見上げるおれ、おっさんは嬉しそうに俺の頭を撫でた。その撫で方は優しく、本当に子供に気を使うおっさんのようだ。
ルトナはまだ怖がっているけどね。
◆・◆・◆
「ねえねえおじさん。ここのギルドはなんでこんなにおっきいの?」
話が一段落したころ俺はここにきて疑問に思っていることを聞いてみた。
街自体は割と小ぶりで、アデルカよりずっと小さい。にもかかわらずギルドの規模はアデルカに負けていないのだ。
商人が沢山集まってくる町にしても、護衛というニーズがあるにしてもこれはちょっと規模が大きすぎないだろうか?
だがおっさんの返事は意外なものだった。
「なんだ坊主は知らないのか? 迷いの森は迷宮なんだぜ」
「めいきゅう…迷宮…なんだっけ?」
「おおう、難しかったか…つまり迷宮ってのはな、おっかない化け物が沢山いるところだ」
分からんがな。
「ガハハ、そうかわからんか、つまりな、この世界には
よし、つまり魔物ってのは魔力の濃いところに多く生息する。でだ、この魔力、あって悪いものじゃないし、無いと困るものなんだが一か所に集まりすぎるといろいろな影響を周囲に及ぼす。
とんな影響かって?
そうだな、例えば魔物が際限なくわいてきたりする。
しかも世界が歪んでな、歪むってわかるか? そうか凄いな。で世界が歪んで右に行ったのに左につながったり、まっすぐ進んでいるのにいつまでも終わりにつかなかったりと変なことになる。
こういう影響が出てしまったところが『迷宮』と呼ばれるところだ」
・・・考え中・・・
「え? てことはエルフってそんな危ないところに住んでるの?」
「まあそう言うことだな、ただこの迷いの森ってのはあまり強い魔物はいないな、エルフってのはこのぐちゃぐちゃの迷路もちゃんとわかっていて進めるらしいし、住んで困ることはないみたいだぞ。
まあそれでも迷宮は迷宮だ。
俺達ハンターに取っちゃ稼ぎ場だしな、良い薬草類とか、珍しい果物とか、後毛並みのいい魔物とかも取れる。
エルフの扱うものに比べりゃ品質は低いが、そこらにあるものよりは高性能だ。金になる。だから商売になる。
ここはそう言った冒険者の拠点でもあるのさ。だから俺みたいなのが沢山いる。というわけだ」
「ほへー」
ここは素直に感心しておく。いや、本当にいろいろ役に立った。
「いやー、ありがとう。本当にためになったよ。ここは有名だから知ってはいたが、そこまで詳しい事情は分からんからな」
「おうよ、気にすんな。それよりあんた、見たところ冒険者証を出していたがまさか迷宮に潜るつもりか? やめとけよ、こんなん可愛い子供二人もいてよ、あまり無茶するもんじゃねえよ? ここの魔物は確かに弱いが、逆に迷宮の迷路はものすごく複雑だ。奥に行ったっきり帰ってこないやつらも多い。子供ら連れてあまり無茶するもんじゃねえよ」
おっさんは本当に心配そうに忠告をしてくれる。
エルメアさんは何か言いたそうだったがシャイガさんはそれをとどめて素直に話をつづけた。
「分かっているよ、エルフとの取引というか買いたいものがあってやってきたんだ。無茶をする気はないさ」
「むう」
エルメアさんの頬が膨らみます。できれは無茶をしたがっているのがありあり。たぶん戦いたいんだ。
そんなことに気づかずにおっさんは『そうかい、ならいい』と言いかけたんだと思う。
だがそれを遮って横やりが入った。
「まーた交易希望者か、まったく人の迷惑も考えんで、そもそもエルフとの取引というのは長年の信用が大事なのだ。ちょっと来て交易を申し込んでどうにかなるようなものではないのだよ、ふんす」
『デブだ』
『はげだ』
『ブスだ』
『チビだ』
俺とルトナは口々にその男の特徴を並べ立てた。小声だったがたぶん聞こえてた。青筋浮いてたし、おっさんも含めてみんな笑いをこらえてたし。間違いない。
出てきたのは妙に派手なそして金のかかったであろう服を着た背の低いデブだった。しかも不必要なまでにふんぞり返っていて丸い腹が突き出されている。
もしここを攻撃されたら致命傷じゃないかな? お腹は的ですみたいな。危機管理とかどうなってんだろ。
しかも最後の『ふんす』は鼻で笑ったんじゃないよね。明らかに歩きながら話すだけで息が切れてる。ここまで不健康そうな人は初めて見たな。
男はそのまま近づいてくると俺とルトナを一睨みしてから言いつのった。
「どんな夢を見て此処に来たのか知れないがエルフとの交易などと…貴様らのような馬鹿がいるから儂らの仕事が遅くなるのだよ…砂糖にたかるアリじゃあるまいし…迷惑なんだ。いい加減にしろ」
いきなりのけんか腰だったが喧嘩にはならなかった。後ろから数人の男たちが付いてきていて、その先頭にいた体格のいい男が割って入り、デブをなだめにかかったのだ。
「旦那様、ここでもめ事など起こしますとせっかく並んだ順番が無駄になるかもしれません。あとわずかの所まで来ております、明日中にはエルフ殿にお目にかかれましょう、ここは穏便に…」
つまり…この男はエルフとの交易をしている奴で、俺達みたいな新参の所為でずいぶん待たされて腹に据えかねていると…いさめられてぐぬぬぬとか言っているからどうにも怒りが収まらないという所だろう。
後ろに並んでいる連中もあまりいい感じはしないな。
止めに入った男も同様だ。
こいつが止めに入ったのはおっさんを気にしてのことだ。
だが同様に強いシャイガさんのことは全く気にしていないし、もっと強いエルメアさんのことにも気が付いていない。エルメアさん結構怒気が漏れてるのに。デブ氏の方はさらに何にも気にしていない。
つまり大したやつじゃないということだね。
付き人たちはそそくさとデブを外に連れ出し、おっさんに軽く会釈をしていなくなった。
「すまんな、他所から来る商人にはあんなのもたまにいるのさ、まあここんとこ森を訪ねるやつが多くて順番待ちが長くなっているからな…まあかかわらん事さ、わめこうが騒ごうが順番はエルフたちの仕事の進み具合で決まるからな、速くなったりはせん、それどころかあの男は待っている間にああいうことをするから取引量を減らされているって噂もある。それを補うために回数やってきて、またトラブルを起こす。だから…まあ自業自得だ」
「そうですな、それよりも自分の仕事を考える方が建設的です」
「そう言うこった」
「ではそうだな、順番まちは僕が並ぶからみんなは順番が来るまで観光でもしているといい、ディアはドワーフに会いたいんだろ?」
「うん、会いたい」
あれだけ食いつけばばれるよね。
「僕はさっそく…」
「あら駄目よ」
順番取りに行こうとしていたシャイガさんをエルメアさんが止める。
「長旅だったんだから今日ぐらい宿屋でゆっくり休んだ方が良いわ、一日早く並んだって早くなるのは一日だけよ」
「ふむ、なるほど…確かにその通りだね。もう夕食の時間だしね、では今日はゆっくりしようか」
「わーいやったー」
良い家族、団らんである。
「いい心がけだ、そのぐらいの方が何事もうまく行くぜ、俺はギルダフっていうんだ、この町じゃそれなりに顔が利くからよ」
そう言うとおっさん改めギルダフさんは少し出っ張っているお腹をパチーンと叩いた。
少し太めの人って必ずこれをやるような気がする。
異世界でも同じようだ。
「何かあったら言ってくれ、おっと、俺も冒険者だからよ依頼は金とるぜ、ガハハッ」
そう言うとギルダフのおっさんは通りかかった若い冒険者に声をかけていく。若い方も明るい顔で応じているようだ。こうやって若い者の面倒を見ているのだろう。
それに加えてこれだけ気風がよければそれは顔も利くようになる。
俺達はおっさんに軽く手を振り、ギルドを後にした。
とりあえず今日はゆっくりするということになったらしい。町を勝手に見て回っていたフフルと合流し宿屋に落ち着く。
やった。どうやら今日は訓練が休みだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます