1-22 誘拐犯をやっつけろ!

1-22 誘拐犯をやっつけろ!



「まったくてめえは、食い物の買い出しに無一文で行ってどうすんだ。ボケが!」

「すみません…でも兄貴だって…」

「俺の方はどれだけ金がかかるかわからねえんだよ、そっちに回せるわけねえだろが」


 そんなやり取りが聞こえてくる。もうすでにドアの前だ。

 ドアの隙間から光も漏れてくる。


「たいあたり」


「うん」


 ここのドアは外に開くようにできている。俺とルトナは阿吽の呼吸で二人そろってドアに体当たりをかました。

 主に俺が中心になって。痛い。

 だって女の子に木のドアに突っ込めとか言えないし。


 ドアは勢いよく開き、そしてドンという思う衝撃に突き当たった。かなり重い反応だったが二人掛りだったのがよかったのか、その衝撃に負けずにドアは開き切った。


「のわー!」

「なんだ!」


 そんな声が響いてその直後にドボンと何かが水に落ちる音。

 ガイウス! と叫ぶ野太い声。どうやら若い方が下水に落ちたようだ。


 俺達はそのまま部屋を飛びだし下水通路を走って男たちから遠ざかる。出口に向かって。

 うん、ここまではうまく行った。

 

 ふいに俺の前を走るルトナの背中が明るく照らされた。落ちなかった方の男が手に持っていたランタンのようなもので俺たちを照らしたのだ。

 そして聞こえる声。


「畜生。ケットシーを! まちやがれ!」

「兄貴、まってー」

「このやろ掴むんじゃねえ」


 やり取りが目に浮かぶようだ。下水から伸びてきた手に足を掴まれるとか嫌なのだ~。

 だがかまってはいられない。俺たちは全力で走る。今こそ走る時。この間に距離を稼ぐのだ。


 だがそれは狙ったようには運ばなかった。


「ディアちゃん、追っかけて来た!」


 男たちは意外に早く追いかけてきた。

 やはりこの下水道がほんのり明るいのがいけない。あの男たちでははっきりとは見えないだろうが普段から動き回っているなら状況は分かるだろう。道だけ分かれば走れるし、走れれば子供の俺達と大人とではスピードに差がある。

 こっちは逆にこの通路の状況が把握できていないので確認しながら走るしかない。


「曲がり道だよ~」


 つまりそのまま行くと下水に落ちるということだ。目のいいルトナが注意を喚起してくれる。

 はっきり言って助かる。

 俺も魔力視で明るさに関係なく物が見えるんだが、走りながらだどうも知覚範囲が狭くなるみたいだ。それに情報も荒くなる。


「ルー姉。少し止まって」

「え?」


 俺は曲がり角でいったん止まった。そして【パーティクル】の魔法。下水に橋をかけるのだ。ここは大きめの通路で反対側にも通路がある。


「おおーっ。かしこい」

「すごいなの」

「さっ、急いで」


 俺は二人の背中を押して川を渡る。

 男たちがすぐに追いついてくる。

 俺は反対側に渡って振り返る。


「早く壊さないと追いつかれちゃうよ」


 俺は首を振る。

 男たちはかなり早い。

 たとえここで差をつけても併走されてしまえばいずれは追いつかれる。もっと引き離さないと。


「追い詰めたぞこの野郎」

「逃げ切れると思うんじゃねえぞ」

 

 掛かった。男たちは目の前にある通路を何の疑問も持たずに渡ろうとする。

 俺はにんまり笑った。そして魔法解除。ちょうど二人がど真ん中に差し掛かったころだ。


「ふんづかまえてその猫と一緒に売りとば!」


「グワッ、何だこりゃ!」

「とうっ!」


 ぐしゃ。あるいは愚者。


 兄貴分がそのまま下水に沈んでいく。弟分ガイウスがその兄貴分を踏んづけてジャンプ…しようとして一緒に沈んでいく。

 その落っこち方の滑稽な事。うぷぷっ。


「ぎゃーくせー」

「この野郎、俺を踏み台にしやがったな。ぶち殺すぞ」

「ぎゃーっ、がぼかぼ」


 よし、おもし…じゃない、いける。

 このまま何度かあいつらを罠にはめれば脱出も不可能じゃない。うん。決して面白かったとか思ってないよ。


 その時、ふっと脇道が知覚に入った。

 いやこれは通路だ。向こうのトンネルとこっちのトンネルつなぐ小さなトンネル。高さは150cmぐらいしかない。

 ここを通れば近道になるはず。


「ルー姉、こっち」


 三人でそこを走り抜けてまた魔法を起動する。


 少しするとまた男たちが。

 俺は隠れた位置で声を上げる。


「ルー姉、こっちが近道だよ、急いで」


「兄貴、こっちの穴の方から声が聞こえました」

「ははっ、やっぱりガキだな。こういう時は静かさも重要なのによ。行くぞ」


 男たちは何も知らずに通路に踏み込んでくる。

 そして真ん中辺に来たときに俺は下水から拾った縄をその足下に放り込んだ。


「のわっ」

「ウワーッ、蛇だー!」


 縄に驚いて伸びあがる男たち。

 ジュッという音が響いて焦げ臭いにおいが広がった。


「ノアぁァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

「あぎゃおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」


「「水―!」」


 ドポーン、という音が響いた。

 うん、うまく行った。天井を思いっきり加熱しておいたのだ。伸びあがった拍子に自分でてっぺん焼き決めている。

 そしてそのまま下水にダイブ。

 いくら熱いからって下水の水使うか?

 まあ火傷っていうのは冷やして熱を取らないとどんどん内部に広がっていくから冷やすのは急務なんだけど…下水って…感染症とか大丈夫かね。


「あはははっ、ばーかばーか」

「あははっとってもバカなのー」


 ルー姉、たちの声だ。本当に子供って残酷だよね。そしてまたダッシュ。


 とうとう出口だ。もと来た場所に戻ってきた。

 そしてまだ少し余裕がある。


「今度は何するの?」


 いつの間にやらルー姉が期待に満ちた顔で俺をのぞき込む。いや、別に遊んでいるわけじゃないんだけど…まあ、期待には応えられるかな…

 さて、次はいよいよ出口に通じる足場だ。


 俺達が最初に降り立ったところ。三メートルほどの高い位置にある横の通路まで『凵』字形の金具が壁にならんで打ち込まれている梯子状の足場がある。ここを登ると外に通じる横道。そして縦穴がある。


「ル一姉たち、先に行って」

「「えー!」」


 いや、えーとか言われても…


「ルー姉たちが先に行かないと細工ができない」

「しょうがないなあ…」


 あっ、なんか上から目線。でもふくれっ面で腕を組む子供はなかなか可愛いね。許す。

 二人を先に行かせて俺はお得意の…というかすっかりお得意になった加熱の魔法を選択、起動する。そして今度は床を加熱するのだ。そう、ちょうど梯子の真下。登るときも降りる時も足をつく場所。

 そして梯子を上りながらそこに捕まえたスライムを擦り付けていく。ぬめぬめ~。スライム死亡。極悪非道である。だが仕方がないんだ。

 準備は進むよ何処までも。


「待ちやがれこんちくしょう!!」


 うむ。てっぺんハゲが二人やってきた。

 むふふ。さいごの一本、最後の仕上げギリギリだったな。

 俺は横穴から顔を出して二人を挑発する。


「おじさんたちもういい加減諦めたら? もうすぐ外だよ。バイバイ」


俺はそういうと横穴に顔を引っ込めた。だが様子は確認している。おまけにルトナもこのあたりで様子をうかがっている。もう完全に半分遊びだ。

 こういう油断は危ないと思うのだが言っても聞かないだろう。なので俺は二人の尻尾をまとめて掴んであまり前に行かないようにする。


 そして同時進行で最後の最後の仕上げをする。


 二人の言い争いが聞こえてくる。


「よし、ガイウス。先に行け」

「う? いやですよ、何があるかわからないじゃないですか」

「やかましい、とっとといけ」


 外道だな。

 尻をけ飛ばされたガイウス君は足歩踏み出す。そして足の下でジュッという音。


「ギャー!」


「やかましい、靴を履いているんだ、平気だろうが!」

「あっ、ほんとだ。あーっでも焦げてる。この靴一張羅なんですよ」

「いいから付いてこい」


 罠が分かったと油断した男は大きく足を延ばして床を踏まないように手すり梯子にとりついて。ずるっ! さすがスライム。見事に滑った。


 足を踏み外して着地、またしてもジュッという音。だがそれだけでもある。


「へったくそだなあ兄貴」


 ガイウス君が足を伸ばし、今度はしっかりとつかまって梯子を上り始めた。

 ぬめぬめも床にまいた油じゃないからわかっていればたいした問題じゃない。

 続いて兄貴分も、こちらは熱せられた床を大急ぎで渡って梯子に取り付いた。


「ディアちゃん。罠がかいひされたよ」

「上って来るなの」


 二人が大慌てで戻ってくる。


「まだ大丈夫だよ」


 俺はあわてる二人を落ち着かせた。

 その間も二人の男は梯子を上ってくる。

 そしてガイウス君の手が上から二番目の梯子にかかった。

 その金具だけはスライムなし、だってスライムが蒸発しちゃうから。

 つまり…


「あ゛あぁぁぁァァぁァァぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁァァぁ!!」


 そこだけ熱しておいたんだ。鉄は熱いんだよ。


 ちょっと覗いてみるとガイウス君が手を放し、足を滑らせ自由落下していくところだった。その表情はすごかった。

 この世界のありとあらゆるものに裏切られた瞬間の男の顔だった。

 唖然、呆然、愕然。


 そしてガイウスくんの下には兄貴分(いまだに名前不明)がいる。

 ガイウス君が顔面に落ちてくる衝撃に兄貴分も手を滑らせた。

 重なり合って落ちていく。

 そして下には強く熱せられたコンクリートの(ような物で出来た)床。


 兄貴分がお尻から落ちた。

 ジュッという音。


「のおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 さらにその上にガイウス君が落ちていく。

 二mの高さからのフライングヒップアタック。


 あまりの熱さに飛び跳ねた兄貴の上にもう一度、今度はガイウス君の重みも加えて尻もち。というか背中から落ちた。


「ふぎゃぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁァァぁァァぁぁァァぁぁァァぁァァぁァァぁァァぁァァぁっ!!!!!」


 いやーここまで来ると気の毒になってくる。


「ぷくくっ」

「くくっ、くくっ」


 いや、笑うなよ、うぷぷっ。


「さあ、今度こそ、ほんとに脱出だ」


 ルトナが足場を掴んでするすると登っていく。ここら辺はさすがに獣人、ネコ科じゃないけど身体能力は高いのだ。

 ケットシーはどういう理屈か壁を垂直にスタタタタッと走って登ってしまう。飛檐走壁だ。スゲー。


 続いて俺も足場に手をかけのぼっていく、今の俺の身体能力も結構いい線行っている。と思う。


「まっ、まひやがれこんちくしょう」


 あっ、やっと登ってきた。お尻を押さえながら変な走り方だ。

 さて、最後の仕掛けは使わずに済ませたいんだが…


「兄貴、のぼりですぜ」

「よし、お前が先に行け」


 どうもさっきのやつで懲りたらしい。兄貴はガイウス君を先に登らせる。そして自分は周辺を指先でつつきながら下で待っている。


「兄貴ー大丈夫でしたぜー」

「よくやった、とっととどけ」

「あ、兄貴、ダメだここはせま…ぐえっ」


 俺たち子どもには大きい縦穴も、体格のいい二人だと狭いみたいだ。ガイウス君がのんびりしていたのが悪いのかはたまた頭に血がのぼった兄貴分が悪いのか、兄貴分がガイウス君を乗り越えようとしたためにつかえてしまった。

 よかった。これなら話ができる。

 さすがに最後の罠は危険だから。


「おじさんたち、もう諦めな」

「そうだなの、もう大人しくつかまれなの」

「もうここは街中だよ。少し騒げばすぐに人がよってくる。もう逃げられないんだから…」


 さすがにここまでくれば観念するだろう。とそう思ったのだ。だが期待は裏切られた。


「ふざけたことぬかしてんじゃねえぞ! 俺達はその猫を売っぱらって一生遊んで暮らすんだ。それ以外にねえ、もうそれ以外にねえんだよ、とっととネコ、返しやがれ、畜生、てめえもぶち殺してやる。どのみち顔を見られたんだ、生かして帰せねえ」


 ? 変な言い方だな。

 だがそれ以上に言っていることが支離滅裂な気がする。なんか妙に切羽詰まっているような…

 たが交渉は決裂だ。仕方ない。


 容赦がないようだがこちらは二人、守るべき者がいる。下手な情けでこの二人に被害が出ては本末転倒だ。

 俺は手の中の石を放り投げた。そこら辺にある石を尖った形に削って先端を真っ赤になるほど加熱した石だ。結構大きい石だ。

 それを二人の隙間に放り込んだ。


「ウオッ、あぶねえ!」

「なにすんだ!」


 勿論攻撃すんだ。


 石は二人の隙間を抜けて穴の中に落ちていく。尖った先端を下にして。

 さてこの縦穴の下は二重構造になっていた。そう、今地面になっている場所の下には板に仕切られた空洞がある。

 そして俺の異空間収納にはなぜか大量の『水素』が。


 まあ、オキシドールを作る時に余ったやつなんだけどね。

 さっきこの空洞の中に流し込んでおいたんですよ。水素。


 真っ赤に焼けた石の杭がサクッと水素の閉じ込められた部屋に刺さる。


 その間俺はと言うと二人の手を引いてその場から離れ、地面に押し倒して覆いかぶさった。

 どんな影響があるかわからんからね。

 そして轟音。


 ズズンッ!!


『ぎゃーっっっ!』

『ぐわーっっっ!』


 まあ横穴もあったし、水素の量も流れ出したりしたかもしれないしであまり威力はなかった。

 だが二人は下から吹き上げてきた土砂や板切れに打ちのめされ、また膨張する空気に、つまり爆発に吹き飛ばされ空を飛んだ。うん、多分二、三mとんだ。そして地面に打ち付けられうめき声を上げることになる。たぶんこれで決着だ。


「うん、良かった、死んでないや」


 俺は胸をなでおろす。


「何事だい! なにがあったんだい!」


 まず真っ先に飛んできたのはトゥーメばあちゃん。

 そしてなぜが冒険者ギルドの受付の女の人。


「これは、一体どういうこと、この怪我人はなに?」


 あっそうか、この状況じゃ子供がいて、その場に怪我人が転がっていることしかわからんわな。


「この人たち誘拐犯だよ、この子をさらって売り飛ばすっていってた」


 ルトナがはっきり口にする。そして抱いていたケットシーを前に突き出して見せる。

 受付さんの顔がひきつった。


「うぞっ…けつとしー…そんな…国際問題だわ」


 あれ、反応がちょっと…顔面蒼白でなんかふらふらしてる。


「あっ、逃げるよ」

「くっ」


 兄貴分の方はまだ動けたみたい。這ってだけど。それでも逃げ出そうとした。だが一瞬で立ち直った受付さんに手をねじり上げられあっという間に取り押さえられてすぐに拘束されてしまった。ガイウス君の方は足など骨折していて逃げるどころじゃない。


「でもどうしてこんな大けがを…」


 受付さんが首をひねる。ルトナたちはおねーちゃん凄い、かっこいいと大騒ぎ。


「運が悪かったんだよ」


 俺はしれっとそう言った。ついでに往生際も悪かったけどね。


 それから二人はすぐに連行されて取り調べを受けることになった。

 トゥーメばあちゃんは俺達のことを心配しまくって大変だった。

 すまなかったね変な事頼んじまって…そう言ってすまなそうにしていた。


 出かけたついでにギルドに行って草がひどいことなどをはなして依頼の修正をしてくれたらしい。俺たちの仕事が失敗にならないように。

 で、もともと俺たちのことを心配していた受付さん。アンナさんと連れだって帰ってきたところでこの爆発だったようだ。


 その後ギルドの職員と町の官憲がこの縦穴から中に入り詳しく周辺を調べ、大量の盗品を回収したということだった。


 そしてケットシーちゃんはこの町の太守様が保護してくれた。ちなみにケットシーちゃんの名前は『フィルフィルエルミ』ちゃんだそうだ。


 これでとりあえず一件落着ということになる。


 最後に俺とルトナはシャイガさんに大目玉をくらって二〇回ずつお尻をはたかれた。

 エルメア母さんは逆に褒めてくれたのだが、俺達がお尻を叩かれている間は助けてくれずに大笑いしていた。


 まっ、良い親ってことで。


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