1-23 顛末

1-23 顛末



 あれから二週間ほどが経って事件は決着した。

 それによってなぜあの誘拐犯のおっさんが往生際が悪かったのか理解できた。

 なんとあの二人は死刑になってしまったのだ。


 この国には奴隷というものはいない。そして過去の歴史から人身売買は重罪と定められている。


 俺達が助けたケットシーだが、エルフやドワーフと同じ『妖精種族』に分類される人たちだった。この妖精族は生まれながらに魔法が使えるという特徴を持っている。


 少し話がそれるがあの二人を追い詰めた魔法もどうやらフィルフィルエルミちゃんの魔法であると勘違いされているようだ。訂正する気はない。


 さて、この妖精族、魔法が使えるほかに特殊な能力を持って生まれてくる。たとえばドワーフだと分かりやすいかな。聞いた話だと彼らは火に焼かれないという能力を持っているらしい、他にも硬い物を粘土のように曲げることができたりする。

 フフル(フィルフィルエルミちゃんの名前をルトナが訳しました)達ケットシーであれば空中を歩いたり、特定の場所に空間転移で来たり…なかなかすごい能力だ。

 そして妖精族は例外なく『異空間収納』の能力を持っている。中でも旅猫と呼ばれるケットシーはとびぬけて性能が高いらしい。

 彼らの収納だけ『無限収納』と呼ばれるぐらいだ。


 してみれば妖精族というのは人間族にとって実に利用しがいのある道具であるということができる。中でも大量に物資を運搬でき、しかもその間はいたむことがなく、場合によっては転移で時間をすっとばせるケットシーはなんとしても手に入れたい道具だっただろう。

 そしてその当時まだこのあたりにも奴隷制度が生きていた。


 ここまで話を聞くと先が読めてくる。

 妖精狩りが行われ、多くに妖精族が犠牲になり、そして妖精族の反撃が始まった。


 攻撃という形ではなかったらしい。ただいなくないっただけだ。

 エルフは薬草や薬品のエキスパートであり、ドワーフは鍛冶のエキスパートである。そして他も…それだけで人間社会のシステムはズタズタになった。

 妖精族に頼ってきた部分が大きかったのだ。その当時あった国は武器と医療と流通を失いあっという間に傾いた。

 しかもこの時期は魔物が活発な時期で、魔物の反乱や大進攻と見事に重なったためにさらにひどいことになった。


 国民も勝手なもので自分たちの首が締まると途端に国を責めるようになり、動乱の果てにいくつもの国が滅んだそうだ。


 アリオンゼールもその時に『妖精族保護派』の地方貴族が興した国だったそうだ。


 この歴史の上に立ってすべての奴隷制度の廃止がうたわれ、妖精族との関係修復が図られた。この時に興った国というのはもともと妖精族の保護を進めていた者たちの起こした国で、もとから妖精族の支援があるのだからそのアドバンテージは大きかっただろう。


 そして人身売買や誘拐は重罪と定められることになった。

 重罪は死刑である。


 さらに妖精族に対するそれは過去の教訓から厳しく戒められていて妖精族を売買しようとしたものは例外なく『極刑』に処すと定められているそうだ。


 つまりアンナさんが言った通り妖精族が奴隷として売買されたなんてことになると本当に国際問題、民族問題。事実上の国の危機だったらしい。


 ここでこれまでの経緯を説明しよう。


 まず捕まった二人は神殿に連れていかれた。

 なぜ神殿? と思うだろ。俺も思ったよ。そして驚いた。この世界というのは神さまが地球よりもずっと身近にいて、人間に力を貸してくれたりする。端的に言うと神殿では『真偽』という嘘とほんとを判定する方法があったりするのだ。

 この町には商売の神様『ランドン』と戦いの神様『ノアルテス』さらに大地の豊穣を司る大地母神『エルマイア』の神殿があり、この中で真偽判定得意とするのが商売と契約の神ランドンだ。


 今回の場合は『フフルを誘拐したか』『フフルを奴隷に売ろうとしたか』『協力者がいるのか』などの主要な部分が真偽判定によって確定され、明らかに有罪であると確認がなされた。

 確認がなされればあとは過酷な取り調べが待っている。

 冤罪でないことは確定しているのだ容赦などされるはずもない。

 あとはできるだけ詳しい情報を聞き出して事態の解明に当たらねばならない。しかも真偽判定の過程で人身売買に手を貸している組織があることが判明したためにその相手の情報はなんとしてもほしいものだった。

 想像を絶する拷問が…普通は行われるのだが今回はなかった。


 犯人二人の心が完全におれていて聞かれたことは素直に、洗いざらい話したらしい。なぜだろう?


 まあ、それによって夜逃げ屋と呼ばれていた貿易商に捜査の手が入り、主人、幹部、一部従業員合わせて十数名が逮捕された。


 当然彼らも審議判定を受けさせられ、かかわったことが間違いないとなったうえで過酷な…というわけだ。


 彼らはもともとは他国の商人で、この町の魔物素材の買い付けのためという名目でここで貿易商を営んでいた。もちろんそれは嘘ではない。

 ただ扱う商品が非常に多岐にわたったということだ。


 彼らも先の二人と同時に処刑されている。

 従業員が懲役。幹部が死罪。責任者が極刑だ。たそうだ。


 この国の刑罰は日本などに比べると単純で、罪が軽ければ罰金。その上が懲役という名前の強制労働。罰金が払えない場合も懲役に切り替えられることになる。

 懲役は単純に五年。十年。十五年の三タイプ。

 仕事の内容は過酷で鉱山での労働や魔物との戦闘の先鋒などなかなか容赦がない。若い娘さんなどは娼館での強制労働もありうる。

 魔法に隷属魔法という儀式魔法があり、逃げることや拒否することを禁止できるらしい。非常に厳し~。

 こういう人たちを犯罪奴隷と言い、この国にいる奴隷はすべて犯罪奴隷ということになる。


 その上が死罪。だがこれもいろいろある。

 例えば放火で人死を出した場合は火刑に処せられる。

 多くの人に被害を与え死刑相当と判断されたら縛り首。つられた後見せしめに数日さらされることになる。

 強盗殺人などの残虐な罪は打ち首になる。これは単に首を切って終わりというのではなく見せしめの意味も含めて罪の重さに合わせて刻まれることになる。

 罪が重ければ指を切られ、耳や鼻を削がれ、場合によっては性器を切り落とされ、のたうち回らされたあげく最後に首を撥ねられてその首はさらされることになる。

 

 日本の刑罰は犯人の立ち直りに期待するところ大であったがこの世界の刑罰はとにかく犯罪の抑止と損害の賠償に配慮するものが多い。被害者やその遺族の心情もその一つだ。

 犯人が残酷に殺されることで被害者や遺族は溜飲を下げ、同時に犯罪者予備軍への警告になっているわけだ。


 さて最後に極刑。

 これは打ち首にプラスで連座がつくことになる。


 ここでは連座というが日本ではかつて縁座と呼ばれたものにあたる。犯人の親、伴侶、子供が処罰の対象になるというものだ。


 貿易商の責任者には家族はなく、兄貴分も同じ、だがガイウス君には年老いた父親がいたらしい。

 連座と言っても普通は懲役なんだが、この父親。病に侵されまともに動けない。

 なので特別の慈悲をもって打ち首に処せられた。

 なんで慈悲で打ち首なのか釈然としないけど、たった一人の身内であるガイウスがいなくなれば野垂れ死には間違いないし、犯罪奴隷に落されてもすぐに死ぬだろう。そして無罪放免という選択肢はない。らしい。

 だったら一発で首を撥ねてやる方が親切ということなんだそうだ。


 ガイウスは父親が首を撥ねられるのを血の涙を流しながら見ていたらしい。

 そして父親のあと、切り刻まれながら最後まで父親に詫ながら死んでいったということだ。


 当然公開で、それを見ていたものは『犯罪なんぞやるもんじゃない』としみじみ語っていた。


 連座というのは報復というよりはむしろ抑止力に近いのだと思う。誰だって家族があんな目に合うと思えば犯罪など犯そうとはしないだろう。


 この連座は国が定めていくつかの『大罪』に指定された罪を犯すと適用される。

 今回の妖精族に対する誘拐と奴隷売買であるとか、後は国家の転覆や、国王の暗殺とか、とにかくやばいことに対する刑罰だ。

 国の存亡にかかわるような犯罪に対しては容赦しないぞという国の決意のようなものがあるのだろう。


 日本にいる時テレビや新聞で『犯罪者に対する死刑が執行されました』なんて聞いても大した感慨は持たなかった。

 だがこうして直接犯罪の糾明に係わったりして、刑罰のことを調べてみたりすると考えさせられる。


 前世では犯罪者は立ち直るべきだという理念があった。まあおかげで加害者にやさしい国日本なんて言われたわけだけどね。

 こちらは逆に犯罪者は極めて厳しく罰せられる。

 そしてそれは基本的に公開で行われる。

 犯罪者の人権を無視して見せしめにすることで犯罪自体を減らすということなんだろう。

 他にも被害者の救済を優先する刑罰体型もあるだろう。


 犯罪などないに越したことはないのだが『浜の真砂は尽きるとも』の言葉もあるように犯罪のまったくない世界というのも想像がつかない。果たしてどれが正しいのやら…

 というような話だ。


 まあとにかく一つの事件が片付き、俺には平穏な日常が戻ってきたわけだ。これでまた修行の日々が始まる。まあ今までも修行はあったけどね、周りが騒がしかったので思うようではなかった。事件が片づけはそこらへんも落ち着いてくるだろう。


 これで自分の将来を見据えた毎日が…と思ったんだけどそうは問屋がおろさなかった。この場合問屋というのは国のことだ。

 アリオンゼール王国から俺とルトナに勲章を賜与すると連絡あがったのだ。


 何それ? おいしいの?

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