1-21 誘拐犯を追い詰めろ!

1-21 誘拐犯を追い詰めろ!



「しかし兄貴…本当に大丈夫なんですかねえ…」


 若い弟分の声は完全に震えていた。

 どうもこの男、小心者であるらしい。

 そしてさらに誘拐してきた相手というのはかなりやばい相手であると思われる。見つかれば死刑になるような? うん、ありそう。


「びくついてんじゃねえよガイウス、もう俺達にゃ跡がないっていってんだろ? もう手遅れなんだよ。成功させなきゃ、聖国に逃げ込まなきゃ俺たちは終わりなんだ。

 やっちまったんだから腹くくれや」


 ここで若い男の名前が判明。ガイウスというらしい。


「ううう、でもう…」


「・・・・・・・」


 なおも言いつのろうとするガイウスに兄貴分の方が聞こえないような声で悪態をつく。その内容をルトナが教えてくれた。


『「こいつ危ないな、気の小さいやつめ、ほどほどの所で始末しなきゃ」っていってる』


 おおう、あの男極悪人だな。

 そんな危ないやつにルトナを近づけるというのは良くないので、ここでの俺の第一の仕事はルトナの保護かな。


 俺達は二人の男の後を少し離れて追尾している。下水がかなり曲がりくねった枝道部分なので、直線では身を顰め、相手が曲がったら近寄るの繰り返しで、向こうからは見えない位置を移動中。

 二人がぶつぶつと話しながら歩いているので曲がり角で見失ってもルトナの耳で確実に追尾できるのでこちら側は問題なし。

 すごいな獣人。


 それに相手も間抜けだ。

 犯罪者の常というか周囲の事象におびえてよく振り返るような動作をするが、俺達に気付く様子はない。

 そもそも大声でくっちゃべっていては警戒も何もないだろう。ここら辺も小心者の男ガイウスが役に立つ。不安でしゃべらずにいられないらしい。


 しかしこういうのおぼえがあるな。

 そう、子供の時の肝試しとかね。息をひそめて周囲を警戒するやつがいると思えば怖くて歌い続けるやつもいた。

 なつかしいなあ。


 って、そう言う場合じゃない。


『ディアちゃん。あいつらどこかに入った。戸の閉まる音がした』

『うん、もう少し行ってみよう』


 俺達はすすすっと近づいて場所の確認をする。もしここがアジトなら目的は大体達したと言っていい。あとはすぐに大人に報告だ。

 そしてどうやらそのような状況だった。


 下水道というか下水網の中に木の扉があって、その奥から明かりがもれ出している。

 扉の作りが甘くてあっちこっちに隙間があるから向こうが明るいとすぐにわかる。多分あのランタンの光だろう。

 場所は下水の一番細い枝道を少し進んでその途中にある小部屋。


『なんでこんなところに小部屋が…』


 不思議だ。ルトナも首をかしげている。

 しかしわからんものは仕方ない。中を確認してみようか。


 俺は目を閉じ扉に額を当てて意識を集中する。

 ルトナも扉にオデコを当てて、頭の上の耳をそちらに向ける。音で中の様子を探ろうというのだろう。


『大きさは三メトルぐらい…痩せている方が部屋の中を歩き回っている。

 おおきな男は奥で座っているかな。あとたぶん口をふさがれた…これは子供かな…一人いる』

 

 メトルというのはこの世界の距離の単位だ。大体一メートルぐらいだと思う。

 だから面倒臭いので一メートルと考えることにする。


 にしてもルトナの耳はすごい。俺の魔力視で透かして見たものをほぼ完ぺきに言い当てている。


 まず部屋の大きさは三m四方。弟分が部屋の中を落ち着かなげに歩き回っている。

 兄貴分は部屋の隅の椅子に腰かけていらいらした調子でそれを眺めていて、部屋の一角には雑多な荷物が置かれている。

 剣だの盾だのもあり、袋に入った石や、ちょっと値が張りそうな装飾品。腐る心配のない色々なものが置かれている。ひょっとしたら盗品なのかもしれない。

そしてその手前に縄で縛られ、布で口をふさがれた子供…じゃなくて変なのがいる。


『変なの?』

『うん、変なの』


 それははっきり言ってデフォルメされた猫だった。まずボディーは卵型。卵をたてたような体をしている。頭に尖ったネコミミ。お尻に長いネコ尻尾。手足は短く単純で、でも足には小さな靴を履いている。編上げのブーツ型で…


『それ長靴を履いた猫ケットシーだよ』

『ケットシー? 猫王様?』

『それは分かんないけど…』


 まあそうだろうね。


『旅猫族とか猫妖精族と直立猫族か言われている妖精族の人で、たまに見かける。えっと…なんかすごい力を持っていて、国から保護されているんだってお母さん言ってた』


 妖精族の人って…まあ言いたいことは分かるからいいや。

 それにしてもそうか…旅猫族ケットシーというのか…


 よしこれで証拠はそろった。あとは大急ぎでこれを知らせて救援を呼べばいい。

 その相談をしようと口を開きかけたときに中から声が聞こえてきた。


「よし、もうそろそろ帰ってきているだろう、俺はちょっと夜逃げ屋に会いに行ってくる。お前は…まあ食料の調達もあるから一緒に来い」


「はい、それはいいんですけど…これは?」


「これだけ縛ってあるんだ心配ねえ、それよりこいつを早く捌く方が大事だ。急げよ」


 中からそんな話声が聞こえてきたのだ。そして二人は出口つまり俺たちの方に向かってくる。

 俺は左右を見回すがそこには何もない。隠れられるようななにものも存在していない。

 隣でルトナもアワアワしている。


 ここは枝道で狭く反対側の通路なども存在しない。

 ぶっちゃけ下水の中に隠れるという方法もないではない。魔法で何とかなるとは思う。だがそれは嫌なのだ~。

 となると最後の手段。

 俺はとっさに魔法を行使した。


 ◆・◆・◆


「兄貴、夜逃げ屋ってのはなんなんです」


「まあ、非合法の積み荷を安全に国外に運んで行ってくれる奴らさ。金さえ出せば何でも運ぶし、場合に寄っちゃ密入国だのの手伝いもしてくれる。まあ頼りになる連中だ」


「でも…悪党なんでしょ?」


 一瞬白けた空気が流れた。

 その後兄貴分が爆笑する。面白い面白いとガイウスの背中をバンバン叩く。そりゃそうだ。確かに面白い。


「まあ俺たちに比べればより悪党だな、俺達なんぞ可愛いものさ。だかだからこそ信用もできる。ああいうやばい仕事をしている奴らが信用まで無くしたら寄ってたかってあらゆるものをむしりとられちまう。大丈夫だ、連中は契約は守る。何があってもな」


 裏社会というやつだな。

 裏には裏のルールがあり、ルールを破るやつは粛清される。ということか…


 男二人はすぐに角を曲がり見えなくなった。

 そこでやっと俺たちは天井付近から飛び降りてきた。


 そう俺はとっさに空気を固定して台を作った。ちょうどドアの真上に。そしてその上に避難して二人をやり過ごしたのだ。

 いや、このアトモスシールドがドキドキものだった。

 叩くと硬質ゴムのような硬い質感なのに同じ場所に力をかけていると、ゆっくり沈み込んでいく。

 そう、上に乗っていると少しずつ沈んでいくんだ。

 ちょっとしたスリルだった。


『うまく行ったね』


 ルトナの言葉に俺は頷いた。

 本当にうまく行った。

 人間真上というのは往々にして死角だったりするのだけれど、それでもたまたま上を見るなんてことがないとは言えない。

 その可能性はものすごく低いと思うけど、無いではないのだ。

 うん、運がよかった。


『さあ、急ごう』


 俺達は頷き合う。

 そしてそのまま助けを呼びに…いかないで、旅猫族を助けに向かった。

 だってここまで来て助けを呼びに行くだけというのは、選択肢としては取りずらい。

 単に盗品だけならそれもありだが、誘拐された『人?』がいるなら助けなくちゃと思うのが人情だ。

 まして今の男たちの話を聞けば一〇分や二〇分で戻って来るとは思えない。だったらさっと人質を助けて逃げればいいのだ。なので俺たちは救出を試みる。

 

 キイィィィ…


 ゆっくり開けたせいかドアがきしみ、音が響く。


 しばし固まって周囲の気配に気を配る。

 これでさっきの男たちが帰ってきたらまずい。

 ドキドキした時間が過ぎる。


『大丈夫みたいだね』

『うん』


 侵入した部屋の中は真っ暗だった。ここにはヒカリゴケははえていないらしい。

 だが俺にはちゃんと物が見える。

 そしてルトナにも見えているようだ。

 暗闇の獣のように目が怪しく光っている。

 ちょっと怖い。


 その所為だろう、旅猫族の人も慄いたように見えた。


「大丈夫、助けに来たの~」


「それだとまるで救助隊のように聞こえるがたまたま居合わせて成り行きで助けに来ました」


 俺の補足説明に旅猫族の気配が緩む。そして俺は気が付いた。旅猫族の目がちゃんと俺たちをとらえて、そして観察しているのを。どうもこの旅猫族もこの暗闇の中でも物が見えるらしい。

 ということは俺達が子供だというのも見えるはず。

 そして子供を見て強い警戒心を抱くような人間は…たぶん見られちゃまずいことをしている奴らだけ。俺たちが子供なのはこの旅猫族にとって安心材料ではないだろうか。


「ありがとうなの。どうなるかと思ったなの…町に入るなり悪い奴らにつかまったなの。その悪い奴らは用事があって出かけて行ったの。話の内容的にしばらくは帰ってこないとおもうなの」


 ネコの語尾が『なーの』って猫っぽい。くくくっ。うん、面白い。


「なんであんなのにつかまったの? そもそもこの町にどんな用事? 旅猫族なんてめったに見ないわよ」


 ルトナは旅猫族を縛った縄をほどきながらそう問いかける。


「私たち旅猫族は独り立ちするときに旅に出るのなの。修行なのよ、旅をして世界を見て回らないと旅猫族は一人前にはなれないなの。それで私はこの町を旅の出発点に決めてやってきたのなの。でも道に迷って…どんどん人気のない方に行ったら誰もいなくなって…たまたま見かけた人に声をかけたなの。そしたら悪いやつだったの」


「えっと…ひょっとして方向音痴?」


「え? 違うなのよ。こんな大きな町は初めてなの。なので道に迷うのは仕方がない事なのよ。慣れればどんなところだって平気なの」


 いや、でも突っ込みどころがあるような気がする。

 ルトナを見ると真剣な瞳で俺を見ている。きっと彼女も同じことを…


「ディアちゃん…なわ…ほどけない」


 全然違ったーっ!

 しかも状況が全く進んでないー!


「じゃあちょっと交代…」


 見てみたら仕方がないかなという感じはあった。

 結び目がとにかくがっちり結んであるのだ。しかもこの結び方って普通の結び方じゃない。確かボーイスカウトとかが使う滅多な事じゃほどけない結び方…じゃないかな。


 もっとも俺は片手なので最初からほどく気などない。

 俺は登録魔法の中から【ディメンジョンカッター】の魔法を起動させた。大きさ自由自在でなんでも切れるすごいやつ。平たく言うと力場で作ったナイフのようなものを空間に差し込んで二次元カッターとして機能させる…だと思う。

 メスのようなものから包丁ぐらいものまでかなり自在に構築できる。そしてその刃の通過した部分を切るというより『切り離して』しまう魔法だ。

 細かい細工物に非常に向いている。なのでデザインカッターと呼ぼう。

 これがあればライナーの切り離しも完璧。バリだって怖くないって何の話だ。


 まあこれですっぱり縄を切ります。


「ハー、助かったなの、きゅうくつだったなのよ~」


 すっくと立ち上がったその旅猫族は身長七、八〇cmぐらい。凛々しくかわいい直立猫だった。

 ト○ロとか呼びたい。

 ダメ? だめね。


「ディアちゃんあの人たちかえってきたよ、どうしよう…」


「え? なんで?」


 ルトナの緊迫した声が響いた。マジ?

 もし本当ならこの部屋で鉢合わせは避けなくちゃならない。

 俺は二人の手を掴んで走り出した。

 即断即決。ちょっとできる男です。

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