1-20 事件発生、出動せよ。ってとこかな

1-20 事件発生、出動せよ。ってとこかな。



「なんか薄暗いね」

「うーん、地面の下だしね、でも結構明るい方だよここ、うん、すっごく明るい」


 横穴の先にある扉を開けるとそこには大きな空洞があって、穴は結構高い位置に開いていた。そこから足場を伝ってさらに下に。

 空洞の正体は五、六メートルは高さのある大きなトンネルだった。

 石造りで歩くための通路が設置されていて、その下を濁った水が流れている。


 ルトナの言うとおり地下世界なので本来は真っ暗闇のはずなんだが天井や壁がうすぼんやり光っていて物が見えるぐらいには明るい。

 天井付近に苔が生えており、その苔がぼんやりと光って周囲を照らしているのだ。


 後で調べたら『ヒカリゴケ』という苔の一種で、暗い洞窟や地下で繁殖し、天然ガスなどをエネルギーに繁殖する生態らしい。色は白や黄色が普通で、同系統の光を発している。この色は光合成をしないせいだろう。

 おそらくガスを分解するときに何らかの化学反応で発光現象が起こるのだ。

 そして下水というガスが発生しやすい環境下の所為か、ここのヒカリゴケはかなり明るいらしい。


「前に洞窟に行った時のヒカリゴケはもっと暗かったよ」


「なんか目が悪くなりそうな気がする」


 そんな微妙な明るさ。


「大丈夫だよ、私たち獣人って目も耳もいいから」


 いや、俺獣人じゃないんですけど…まあいいや、俺には魔力視がある。暗くても、目を瞑っていても物は見えるのだ。

 そして俺は下水を見渡してみる。


「もっと汚いかと思ったけど…そんなでもないね」


 そうなのだ、それでもどぶと呼んで支障がない程度には汚いのだが、通路の部分は濡れてはいるが苔などは生えておらず石畳のような質感で歩きやすいし、匂いもそれほどきつくはない。

 日本の下水処理施設の匂いをちょっと強くしたぐらいだろう。

 町全体の汚水が流れてくるのだからもっとひどいところを想像していたのだ。


「うん、スライムのおかげだね」


「すらいむ~?」


 ルトナの返事にびっくりして思わず聞き返してしまった。

 あの国民的最弱モンスターがこの下水とどうかかわって来るというのか?


「スライムはね下水を流れているばっちいのがご飯なんだって、そう言うのを食べてきれいな水と砂にしてくれるの、すっごくいい魔物なんだよ」


「へー、そうなんだ…」


 ミミズみたいだな、つまり下水の中にある有機物を食べて水と砂を作ると…しかしそんなのがいるようには見えないけど…

 そうだ。


 俺はちょっとだけオキシドールを出して振りまいてみる。

 壁や床というか通路に落ちたものはなんの反応もなかったのだが通路の脇。つまり汚水が流れる川の部分にオキシドールが落ちたときそれは劇的な反応があった。

 水が、そう、水自体がパニックを起こしたかのようにズゾゾゾゾ!! とうごめいて波うったのだ。

 つまり今まで汚水だと思っていたものの中に実に沢山のスライムが生息していた、ひしめいていた。大量に。

 組成が周囲の水とよく似ていたために気付かなかったのだ。

 いや、気を付ければわかるんだよ、ほんとだよ。


 俺は目を凝らすような感じで意識を集中する。魔力視の性能が上がったのだろう、よりはっきり物が見えてくる。当然スライムも。


 スライムというといろいろある。

 可愛らしいのからおどろおどろしいのまでいろいろだ。

 だがここにいるそのスライムはなかなか可愛い生き物だった。

 大きさは一〇cmぐらい。

 お饅頭のような体型で、這って進むときは底が平ら、水中にある時は丸まって結構自由に泳ぎ回っている。

 それがものすごい数で水の中で生息していたのだ。


 ただ青みがかってはいても透き通ったボディーなので気持ち悪さとかはない。むしろおもしょい。

 可愛らしい。

 俺はしばし下水の縁にしゃがみ込んで観察してしまった。


 一匹のスライムが水の中で大きく膨らんだ。

 どうも汚水を吸い込んだようだ。

 そしてその汚水の中の有機物を吸収分解し、後は綺麗な水と砂を吐き出す。

 

「なるほどこうやって水を浄化しているのか…」


「ディアちゃん、しっ。足音、誰か来るよ」


 スライムを楽しく観察していた俺の言葉をルトナの声が遮った。


 獣人というのは身体機能がとても高い。

 聴覚も人間族とは比較にならないくらい優れている。ルトナも五感の中で聴覚が一番鋭いようだ。


 俺は耳を立てて澄ませる彼女の邪魔をしないように息をひそめて動きを止める。

 同時に知覚範囲を広げるように意識する。

 俺の認識力だって負けてない。はず。


「男の人二人で…うーん、いやな感じ…」


 それは俺も同感だった。

 俺の知覚でも気配はとらえている。だがその気配が濁ったような嫌な感じがするのだ。特に一つがひどい。

 その二人は俺達のいる通路をやってくる。このままでは鉢合わせだ。


「こっち」


 俺はルトナの手を引いて下水に中に足を踏み出した。

 別に汚水の中に隠れようというのではない、その証拠に俺達の足元には水でできた橋が架かっている。水を固定する得意の魔法だ。

 反対側の通路に移動して即座に魔法を解除、そして壁の隙間に入り込み暗がりに身を顰める。


 その二人はすぐにやってきた。


 ◆・◆・◆


「このあたりで人の声がしたってのか?」


 前を歩く男がそう問いかける。体格のいい男で、腹は大きく出ているが筋肉質で力が強そうな男だ。顔はひげだらけであまり見栄えは良くない。

 腰に剣を差していて、軽装の鎧を身につけている。恰好だけなら冒険者ギルドにいくらでもいそうな格好だ。いや、それよりは汚いかも。


「はい、兄貴、このあたりで多分女の悲鳴みたいなものが聞こえたんです」


「ふーむ悲鳴か…」


 ああ、あれだな、ルトナがオキシドールかけられたときの声。

 あれが響いたんだろう。


 もう一人の男は標準的な体格だ。ただやはり鍛えられた感じがする。

 もっともこの世界にきてからひょろい男っていうのはあまり見たことがない。労働するのが当然な環境の所為かみんなそれなりに鍛えられている。

 こっちの男は少しは見栄えがする。気が弱そうな感じだが、微妙なイケメン? という感じだ。


 そんな二人が周囲を探り何かを探している。この場合の何かは俺達のことだろう。

 俺達は壁の隙間にはまり込んでしっかりと抱き合って息を殺している。

 反対側通路だし、俺のように川の部分を渡らないとこちらにはこれないからまず見つかるまい。


 男たちは主に俺たちが入ってきた足場のあたりを注意深く、ランタンのようなもので照らして確認していた。かなり明るい道具だ。

 ここに上に登る足場があるのだ。確かに外から誰かがはいってきたという仮定があるのだから当然そこに行くだろう。


「どうやら人が入ってきたのは間違いないみたいだな…足場の泥が落ちてやがるぜ、にしてももう結構時間が立っているからな、このあたりには居ないようだが…」


 そう言うと男は懐中電灯のようなもので、周囲をぐるりと照らして見る。

 俺達のそばを光が掠めた。


「大体なんで声を聞いた時に確認しやがらねえんだ? こんなに間が空いてちゃ何があったのかわからねえだろ」


「無茶言わんで下さい。悲鳴が聞こえたということは何か荒事があったってことじゃないですか? 相手が一人ならともかく複数じゃ見つかったら終わりですよ? 

 こちとらお宝抱えてたんですから」


 そう言われて納得したのだろう男はちっと舌打ちをして話を変えた。


「一応ここ昇って奥、見てこいや」


「ホイ来た」


 下っ端の方がするすると俺たちの降りてきた足場を登って通路を進み、すぐに戻ってくる。

 そして上が空いていること。さらに此の先に踏み荒らされた跡があることを報告する。


「ふーむ、どっかの馬鹿が女でも連れ込んで悪さでもしやがったかな…しかしこの上の通路はふさがっていたはずだが…」


「それなんですが、どうも穴が開いて空が見えるようでしたぜ」


「ふむ、やっぱり外側から何か侵入しやがったな…仕方ねえ、何とか渡りをつけて一番のお宝だけでも運び出さんとな…とんでもないお宝だからな…」


「でも兄貴、これってさすがにまずいんじゃ…」


「はっ、なに寝ぼけてやがる。俺たちゃどのみち犯罪者、捕まれば奴隷落ちは決まっている。だが今度のお宝をうまく聖国にでも持ち込んで奴隷に叩き売りゃ、一生遊んで暮らせるだけの大金が手に入るんだ…一か八か、もうやるしかねえんだよ」


「・・・はい」


 男たちの話はまる聞こえだった。

 どうもこの二人は下水を根城にしている犯罪者。であるらしい。犯罪者は摘発されるべきなのだが、現在子供の俺の手には余る気がする。

 もと日本人としては犯罪者を見かけたら一一〇番だよね。

 この国の官憲がどんなんだか知らないが、シャイガさんあたりにいえば何とかなるだろう。


『行こう、ルトナ…父さんと母さんに知らせるんだ』


 だがルトナはしっかりと首を振る。

 おおう、そうくるか。


『ダメだよ、今逃がしたらどこにいるのかわからなくなっちゃう』


 うっ、そう言われればそのような気がする。


『それに誰か捕まっているんだから、見失ったら助けられないよ』


 ? だれかつかまってい? なんで…

 あっ、そうか、奴隷に叩き売るっていっていたからそうか、こいつら誘拐犯か、気が付かなかった。


 ここで虚を突かれたのがまずかった。

 彼女は強い瞳で俺を見つめる。見つめる。見つめる。劣勢だ。

 はっきり言って眩しい。こんな正義感に満ちた瞳はなんて力を持っているんだろう…いや、別におまわりさんを呼ぼうとした俺の判断が間違っているとは思わない、日本人ならとっさの場合でなければみんなそうすると思う。だがこの正義感の発露はすごいものがあるのだ。まるで俺が間違っているような…


『それにあいつらはグラトンよりも弱い』


「ああ、そういやそうね」


 確かに鍛えられているような印象はあるが、あの二人が家の保護者二人よりも強いかと聞かれれば答えは否な気がする。

 なのに闘うのを怖いと感じた。

 これはどういうことか。


「相手が人間だからだな」


 人間と、しかも自分よりも体格のいい相手と戦うというのは腰が引けるものだ。

 食わず嫌いと一緒で、意味もなく怖がっているのだと思う。

 だが人間には人間の怖さというものがあるのも確かなことだ。


 武器を持って頭を使う人間はやはり怖いものだと思う。


 だがそう言う正論が通じるお嬢さんでもない。俺が反対すれば一人でも追いかけていくだろう。

 ・・・やれやれ仕方ない。


『とりあえずあいつらのアジトの確認ね、それで無理そうならかえって父さんたちを呼んでくる』


『うん、それでいい』


 俺はもう一度流れの中に足場を作り反対側に移って移動するあの二人の追跡を始めた。

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