1-19 魔法は化学があると真価を発揮する…のか?

1-19 魔法は化学があると真価を発揮する…のか?



 そこにあったのは穴。おそらくマンホールのようなものだと思われる。

 丸いふたの残骸が一部残っている。材質は金属ではなく陶器かプラスチック…

 おそらく経年劣化でもろくなっていたところを加熱の魔法で熱せられて寿命を迎えたんだと思う。


 俺はあわてて中を覗き込んだ。


「ルー姉ちゃん! 大丈夫?」


 人間どんな状況で死ぬかわかったものではない。間が悪ければ僅か一〇cmの水たまりで溺れ死ぬこともあるし、一メートルの落下で打ち所が悪く即死する事だってある。


「うー、痛いよ~」


 だが幸いなことにすぐに応えがあった。

 俺はほっと息をつく。そして穴を覗き込むと同時に魔力視で状況は見て取れた。

 穴の深さは三mもあるだろう、だが長い間に土が降り積もり、草が生え、下にかなりやわらかい土が振り積もっている。おかげで怪我をせずに済んだのだろう。

 それに穴自体も小さい。踏み抜いたのなら足から落ちただろうし、頭を打つ可能性もなかったはずだ。


「まってて、すぐに引き上げるから~」


 俺は周囲を見回す。まあロープのようなものはあるはずもないが、ここは住宅街だ。近くの家を訪ねれば何とか…


「ううん、ちょっとまってー、こっちに何かある~」


 むむっ、引き上げようとしたら断られた。何を見つけたんだ? というか一応手当とかしないとダメだろ。

 仕方ないこっちから行くか。


 そうして降りた穴の底は横に通じる穴を持っていた。その先には木でできた扉。そしてその割れ目からかすかな光。

 これに気を引かれたんだな。うん、これは確かに気になる。


 それにこの穴自体もっと深いもののようだ。

 六メートルほどの縦穴の真ん中辺りに蓋があって、そこに横穴がある。


 ひょっとしてここは井戸か何かだったのだろうか。

 上から見るとただの井戸で、井戸を降りてくると秘密の抜け穴が使える。今はその横穴の深さに板で蓋がしてあって、そこにいろいろ降り積もっているみたいだ。

 むむむっなんか浪漫…じゃなかった秘密というか犯罪の匂いがする。


「これは明らかに秘密の抜け穴だ」


「でしょでしょ? 気になるよね。行ってみようよ」


 うん、確かに気になる。そして冒険の香りがする。でも…


「ちゃんと手当をしてからね」


 その扉の向こうに下水があることを俺の魔力視は見て取っていた。

 そしてルトナは結構な擦り傷を作っている。


 この縦穴は煉瓦のようなブロックを汲み上げたようなつくりをしていて、このブロックが微妙に出っ張っている。配置的におそらく足場だと思われる。

 ルトナはこのでっぱりに足を擦ってしまったようだ。

 太ももと肘に傷があり、結構血が出ている。


 この傷で下水に行くのは怖すぎる。衛生的な問題で。感染症は超怖いのだ。


 だが俺には回復魔法がある。これで傷がちゃんと治るのならちょっと覗いてみるのもありかもしれない。

 さてこういう場面で使う魔法と言うと…


「イデアルヒールかな…」


 メイヤ様の話だと基本的な回復魔法で体を理想的な状態に向けて穏やかに調整する機能を持っているということだから、傷も治る。たぶんだけど消毒や除菌の効果もあるのではないだろうか? 知らんけど。


 いやいや、似非関西弁言っている場合でないから。

 でも確証はないんだよな…

 できれは消毒はしたい。


 消毒薬…つくろうと思えば行けるかな…


 俺は異空間収納から水を出す。そのままにしておくと下に落ちてしまうから粒子制御パーティクルで空中に固定。そこで【解析アナリスィス】の魔法を並列起動。ついで【組み換えリコンボネイション】を起動。


 今更だがこの粒子というのは細かい存在もののことだ。粒子状の物質という意味。の粒子。ものすごく細かくて素粒子も含まれるみたいだけど、そう言った細かいナノレベル、量子レベルの加工魔法であるらしい。スゲーな。


 なので分子の加工も多分できる。

 ほら出来た。

 水の中から酸素と水素を特定してそれを組み立てなおす。


 設計の時のようなイメージが目の前に展開して加工可能な状態になったようだ。いわゆるエディターだろう。


 さてそれでは三分間お料理教室、行ってみましょう。今回のお料理の材料は『水』であります。

 つまりH2Oね。


 魔法というのは使用者のイメージが土台になっているので俺の知らない加工はできないのだけれど、水の分子構造ぐらいわかっている。

 なので酸素と水素を分離、分解した元素を水素二つ。酸素二つで組み立てる。この分子構造も記憶している。過酸化水素の構造だ。

 つまり消毒薬の王様、オキシドールの元だ。過酸化水素の3パーセント水溶液がオキシドールだ。つまり過酸化水素水。


 本当は安定剤が必要なのだがそこはすぐ使うからいいとして…あっそうか、時間経過のない異空間収納なら安定剤はいらないのか。

 よし少し大量に作っておくか。


 3パーセントを3リットルとした場合、100リットルのオキシドールができる。使い道の色々あるものだからこのくらい作っておいてもいいだろう。

 ついでに余った水素も異空間収納にしまっておこう。


 さてそれでは治療だ。


「ルー姉ちゃん。まず水で傷口を洗います」


「ひうっ」


 異空間収納から水をタパタパと放出し傷口を洗う。これって結構しみるんだよね。でも結構傷も大きいから、泥とかきれいに流さないといけない…ちょっと我慢してね~。


 流れる水で傷を洗い、傷がきれいになったら次は消毒。

 まあ普通の怪我なら水洗いだけで十分な消毒なんだけど、ここは環境がバッチいからこういう時だけは消毒した方が良い。

 

「というわけで…ルー姉ちゃん。御免」


 どんなことになるか想像はつく。だがここは心を鬼にして…レッツゴー。


「みぎゃーーーーーーーーーっ!!!」


 今度は異空間収納からオキシドールを放出して傷口に掛ける。

 真っ白い泡がぶくぶくと沢山わいてくる。これを見ると消毒されているよねーという気になるね。


 しかし本当にしみるんだよねオキシドールって。

 姉ちゃん、絶叫して泣いているよ。


 暴れようとするルトナを固定するのは結構大変だった。

 なので即座に【イデアルヒール】を使う。

 これはあちらでもらった魔法なので魔導器を使わなくても魔法をイメージするだけでよい。と言っても起動キーというのはあった方が分かりやすいので、俺はルトナに向けて右手を突き出し【イデアルヒール】と唱える。

 これだけで魔法が発動し、ルトナが淡い緑色の光に包まれた。


「いたいーってあれ? 痛くない」


 効果は劇的だった。

 彼女の傷は肉が盛り上がり急速にふさがっていく。のみならず傷がふさがる時にできた傷痕、ちょっとだけ不自然に肉が盛り上がった後もすぐに薄れてきれいな肌に変わっていく。

 本来少しは残るであろう怪我の後もなくなってしまったのだ。


「おおっ、すごい、理想値に向けて穏やかに調整とはこういうことか! さすが魔法!!」


 俺は感動に打ち震えた。

 まさかこの目でこんな魔法を見ることがあろうとは…


 いや、自分の時だって肉体が再生する様は見たよ。でもあれは分解と再構築で、魔法というより科学的な何かのような気がしていたんだ。うん、いつの間にかそんな気分になっていた。それに効果がすごすぎて実感もなかったし。

 あれはただの超常現象だよ。

 うん。

 それに比べてこちらは実に魔法らしい魔法だ。分かりやすい。


「ありがとうディアちゃん。すごいね」


「うん、すごいね」


 素直に感心できるのだ。


 しばらく傷を確認して、かすり傷一つ残っていないことを確かめてからルトナは俺の手を取って言った。


「あんまし痛いからひっぱたこうかと思ったけど…うん、やめとく」


 それはありがとう。


 さて、冒険だね。


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