1-16 偉くてもそうでなくても女の悩みは同じだね。
1-16 偉くてもそうでなくても女の悩みは同じだね。
「まあ素敵、なんて機能的でファッショナブルなのかしら」
その貴婦人はいかにも趣味のいい、落ち着いたドレスを纏った人だった。
年のころは三〇前後という所だろうか、ぜったいに四〇には届いていないどこか幼さを残した貴婦人だった。
それにとても美人だ。
肌もつややかで目鼻立ちも穏やかで整っていて、たるんだところもなくウエストも細くて四肢もすらりとしている。
ただやはり胸の位置が下がっている。
見たところ人間族のようで、それでいてエルメアさんなみの巨乳。
ただしお風呂で見た若い人ほど垂れていない。
これはたぶん普段からちゃんとケアしているかどうかの違いだと思う。もっと言うとおっぱいに時間とお金をかけられるかどうかの違いではないだろうか。俺はそんなことに気が付いた。
その女性は上半身もろ肌脱ぎかけのエルメアさんのブラをしげしげとみて、その機能を確かめて、ほうとため息をついた。
胸のことではかなり悩んでいたのだろう。
いや、この世界のご婦人方にとって大きな胸=憧れる。でもいつかは垂れてくる=絶望という二律背反の状況はいつかはなんとかしたい宿敵のようなものだったのかもしれない。
「エルメアさんとおっしゃる?」
「はい、奥様」
「そのような他人行儀な呼び方はおやめになって、わたくしは今お願いをしなければならない立場なのですから、ああ、エルメアさん、ぜひわたくしにもそのブラジャーというものを作っていただきたいの。どうか。同じ悩みを持つ女同士、いいえ、女であればすべからく逃れられないこの呪いから、ついにわたくしたちを解放せしめる神器が現れたのですもの、これを願わずに何を願うというのでしょう」
えっと、ちょっと大げさ…すぎないですよね、はい。
俺は妙な怖気を感じて変節することにした。やむを得ないものと理解してほしい。
「お任せください奥様…と言いたいのですが、これを作ったのはわたくしの夫でございます。それに、これを作るためには詳細なスタイルの計測が必要でございます」
それはつまり遠回しに『シャイガさんが実測しないと無理じゃね?』ということを言っているわけだ。
確かに相手は身分あるご婦人のようだし、旦那でもない男に胸をさらすのはまずいかもしれない…
「それはかまわないわ」
「は? よろしいので」
まずくはないらしい。
「ええ、いつものことですから、護衛立会いの下でですけれど…」
それを聞いてエルメアさんは少しの間あっけにとられた。
あとで話をしてくれたのだがこの
この世界どういうわけか王宮勤めの職人さんなどは男が多いらしい。いや、地球でもそうだったかもしれない。デザイナーは男で御針子は女という感じなのだろう。
職人の世界はスキルで能力が決まるようなところがあるのだが、そして女性のスキル持ちというのもいるのだが、どういうわけか職人系のスキルは男が多く、前述の通り高貴な場所に仕える者も男が多い、そして身分の高い者ほど自由に外出などはできず、そういった職人にすべてを任せることになる。
となると相手が男だからと言っていちいち肌を隠したりするような感性は持ち合わせがなかったりする。
勿論そう言った場にも侍女や護衛の者はたくさんいて、職人が不埒な事をすれば忽ち首が飛ぶわけで、そんな命知らずはそもそもそんな御大層なところにお勤めがかなおうはずもない。
となるとこのご婦人はうまれたときからとんでもなく高貴な身分で、着替えなどもすべて他人任せの人で、現在もそうだということになるのだそうだ。
「しかし奥様。明日はご予定が入っております、明日は一日時間が取れません」
喜びをかみしめる貴婦人に対して秘書さんが注意を促す。女史という言葉がよく似合う感じだ。語尾が『ざます』でないのが惜しい。
「ええー、どうにかなりませんか?」
「どうにもなりません」
「はあ、残念です、となると明後日来てもらって、完成にはまた何日か…それまで待たないといけないのかしら…」
「あの、でしたら奥様、娘に計測をさせて、明後日うかがうときに一応の試作品をお持ちするようにいたしましょうか?」
「あら、そちらのお嬢さん?」
「はい、わたくしの娘でございます、獣人の性と申しましょうか、武辺な娘でございますが、父親から【織姫】のギフト受け付いております。
経験は
「まあ、おりひめ…織姫ですか…あの服飾、装飾系の総合スキルの…それは珍しいわね。でも獣人の方が?」
「まあそう言うこともあるのではないでしょうか?」
話に割り込んだのはニルケさんだった。
どうもこの人は事情をしっているっぽい。まあ昔からの友達だと言うしな。
「分かったわ、ではお願いしようかしら、どうすればよいかしら?」
戸惑っているルトナの背中を優しくおしてエルメアさんがほらと声をかける。
「はい、でしたらそのお服を、お願いします」
侍女がよってたかって貴婦人の服を脱がせにかかる。
一人こっちに来る。
「あっ、ボクは外に出ていようね」
おや、つまみ出された。
つまり子供でも関係ないやつはダメということだろう。いや、ちがうか? うん、職人は男じゃなくて『仕事をする機械』みたいな認識なんだろう。
でつまみ出された以上は俺は一応男扱いと。喜ぶべきか? 違うか…
まあどうでもいいことなんだ…見ようと思えば見えるし、件の視覚で見えるんだから、いや、見ないけどね。
俺は部屋の中からかすかに聞こえる衣擦れの音を聞きながら廊下のソファーに腰を下ろす。
一言でいうと北欧の方の高級家具と言った様相のソファーで、いかにも職人が手作りしましたといったものだ。座り心地もばっちり。
この世界の文化文明レベルは決して低くない。
中世というよりむしろ近代という感じだ。いや、それが入り混じっているというべきか。
職人の技術は基本的にどの分野でも高い。
建築技術も明治のころの鹿鳴館時代とかそんなレベルにはあると思う。
産業革命がおこる前後ぐらいの文化レベルかもしれない。
だがそこで産業革命が起こらずに文明が落ち着いてしまっているのだ。そのわけはやはり魔法とスキルだろう。
科学と違って個人の資質に依存するそれらは大量生産には向かないものだったりする。
魔法道具という魔力で動く機械もあるが、これもはっきり言って高度な手工芸品に他ならない。
そしてこれを作るのが個人の魔法技能である以上、大量生産文化というのはここでは生まれようがなかったのだ。
そして魔法が封殺したものの中に『銃』というものもある。
ここに来るまで何人か魔法を使う人を見たがその威力は控えめに見ても拳銃に匹敵するかそれ以上と言っていい
一般的な魔法使いでだ。
これで一流の魔法使いになるともっと強力でもっと広範囲の魔法も使えるのだろう。魔法技能者というのは言ってみれば強力な武器、あるいは兵器なのだ。
そう言う技能者が存在する以上、銃というアイテムが生れなかったのは必然かもしれない。
必要が発明の母ならば必要がなければ生まれないのだ。
なのでこの世界は『剣』と『弓』と『魔法』の世界として存在している。
まあ所変わればというやつだな。
地球の記憶を持つ俺からすると『ちょっと不便』でも『風情が有っていい』という感じになる。
まだ始まったばかりだが俺はこの世界が嫌いではない、うん、嫌いではないぞ。
「ディアちゃん、帰るわよー」
「かえるよディアちゃん」
おっと計測は終わったみたいだな。
「はーい」
そして俺達は帰路についた。
見送ってくれる女の人たちの、特に胸のあたりが豊かな人たちの、期待に満ちた視線が…結構怖い。
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