1-15 ブラジャーは女性の味方だね。

1-15 ブラジャーは女性の味方だね。



 まさに芸術。

 まさに匠の技。

 今俺の目の前で小さな針が踊っている。自由自在に。


 素材は数種類の布。ちぢみのようなしわしわの生地や厚めのしっかりした帯のような生地。綿のような手触りでまるでゴムのように特定方向に伸び縮みする生地。


 色とりどりでレースなどもあり、それが組み合させて一つの芸術品を創り出していく。ならばその技術こそ芸術。


 ちなみに作っているのはブラジャーだ。

 いくつもの生地を重ねて立体的なカップの形を作り、肩ひもはレースをふんだんに使った見栄えのするもので、横の帯は伸縮性のある生地が使われ、共に大きな胸を支えるために幅広になっている。横帯は背中で一回交差させてから前に持ってきて正面、胸の下で可愛く結ぶ形でこれならホックがなくても大丈夫。

 縦の紐と横の帯とは使用者のサイズに合わせて調整され、縫製されるために完全オーダーメイド、まさにエルメアさん専用のブラジャー。


 その仕上がりはワイヤーや形の固定されたカップなどはない物の現代のブラジャーに比してもまったく見劣りしない。

 地球に持っていっても完全手縫いの手工芸品として通用するのではないだろうか。


 あのごつい手からこの繊細な芸術が生み出されるとは…

 え? そうですよ、縫っているのはシャイガさんです。


「素敵よあなた、完璧だわ。こんなに胸が楽なのは本当に久しぶり」

「おっぱいが大きくなり始めてから始めてかな?」


 ボコン。シャイガさん一言多いよ。


「それに見て、胸の位置、これってもっと若いころのおっぱいよ」

「そうだね、ルーを産んでから少し下がったからね」


 ベコン。だから一言多いって、それにエルメアさんまだ二十八歳だって、十分若いじゃない。

 まあここら辺で少しフォローをするか。


「にしてもびっくりした。シャイガ父さんすごく器用」


 危うくシャイガさんと言いそうになってしまった。間違うと面と向かってちゃんというまでやり直しさせられるからなあ。


 にしてもやっぱりすごい。シャイガさんの手は男の手でしかも戦闘職だからかなりごつくて大きい、それからこんな芸術品が生れるなんて…


「お父さんは【織姫】というギフトを持っているのよ」

「かわいらしい名前ですね」


「う゛っ」


 あっ、いかんクリティカルヒットだ。


「あたしももっているの~」

「えっ? ルー姉ちゃんも?」


「前にギフトの話はしたことあるでしょ、神様からの贈り物なんだけどね、普通は個人個人が祝福を得るのよ。でもごくまれに一族単位で祝福を得る人たちがいてね」


 継承スキルというらしい。


 なんでも大昔にシャイガさんの先祖が神さまに服を作って差し上げて、その服を神さまが大変に気に入り、その人に【織姫】という【機織りからデザイン縫製に至るまでの一貫した才能を発揮する職能】を授けたんだそうだ。

 それ以降その人の直系の子孫はそのギフトを代々受け継いでいるらしい。


 だから当然ルトナも持っている。


「おかげで妹ちゃんとはうまく行かなくなっちゃったんだけどね」

「?」


「うんとね、直系が私になっちゃったから、おばちゃんは私が嫌いなんだって」


 ちょっと悲しそうに言うルトナ。

 ・・・・・・大体わかった。


 直系に受け継がれるギフトということは傍系には受け継がれない。そしてルトナが受け継いだということはそのおばさんのいるところは傍系になってしまったということだ。

 そのおばさんが『妹ちゃん』で、彼女自身はその【織姫】を持っていてもその子には受け継がれない。


 そしてこうしてみる限りこのスキルの有用性は極めて高い。

 多分生活が保障されるレベルで有用だ。

 我が子にもと思わない親はないだろう。だがそれはかなわない。


 そのおばさんの感情がどういうものか正確には分からないが、欲しくて仕方がない物があって、それを当たり前に持っている人がいるとき心にさざ波が立つ…その感じは分からなくもないのだ。

 うんちょっとだけ。


「にしてもそんなにいいものかね? 男の俺には分らないのだが」


 シャイガさんがルンルンおどるエルメアさんに苦笑を向ける。


「いいわよ、これ、世界中の女の悩みの半分を消してくれるわ」


 それはいくらなんでも大げさなような気がするが、その機能の有用性はシャイガさんにも理解できたようだ。


「これって…商売になるかな」


 ぼそりとつぶやいた。


「・・・なるわね、きっと…いいえ必ず」


 エルメアさんが自信を持って請け負った。


 やはりエルメアさんはこの手の下着を見たことも聞いたこともないそうだ。

 つまりこの世界にはブラジャーがない。これは確定だ。


 では今まではどうしてきたのかと言うと服の上から胸の下を帯びや紐で止めて服自体で胸を支えるのが一般的だった。

 冒険者の女性たちには激しく動き回る人もいるが、こういう人たちはさらしのようなもので胸を固定してしまうのがふつう。革製の前が紐のベストのような胸を固定できる服もあるが効果は同じ。


 これらの服にブラのような機能がくっつくような革命は起きなかったのかと思ったら…


「だっていやでしょ? 自分のおっぱいの形の服なんて…」


 とはエルメアさん。

 ちょっと想像してみる。自分の着ている皮のベストがきっちりおっぱいの形をしている。

 ・・・うん、とってもエロ…いやいやいやだねそれは。


 ブラもおっぱいの形をしているがレースのひらひらで形をぼやかすことができるし、何よりも下着だ。プラに求められるのはおっぱいを保持する機能。おしゃれはその上の服でやればいい。つまり隠れるのだ。


 晒なども隠れるのだがあれはおっぱいを押しつぶすという致命的な欠点がある。

 人間の身体というのはかたよった力を加え続けると崩れるもので、それは重力も晒も同じ。


「でもこれだったらこの上から少しぴったり目の防具をつけられるし、普通の人はもっと自由におしゃれができるよ。服の形だってもっと自由になるから。こうね?」


 そう言ってエルメアさんは自分の腰のあたりを手で絞ってみせる。

 今の女性用の服は胸の下に上下の境目があるが、ブラがあれば腰の位置に上下の境目がある現代風の服も作れる。

 その効果も大きい。


「じゃあ、せっかくお金が沢山あるから、それで御店でも開く?」

「いいわね。すごくいい」

「ああ、いいな」


 シャイガさんも夢を見ているような表情をしている。


「でもシャイガ…とうさんってこんなすごいスキルがあるのになんでそっちに行かなかったの?」


 素朴な疑問。まあ普通そう思うだろう。だってこれほどの才能だ。


「うーん、まあね、俺は子供のころエルメアとその親から武術を教わっていたしね。それに妹が親の後を継ぎたがっていたから…ああ、俺の親は隣の国で仕立て屋をやっている。妹もそこだ」


 おお、なんかお家騒動。妹に跡を継がせたかったから家を出るって金さんみたいだな。


「いいんじゃないかしら、ここはお母さんのいる国じゃないし、まとまったお金も手に入ったし、小さなお店でも構えて商売して、ルーとディアちゃんの教育と修練に注力して、あと私が冒険者として活動してサポート。うん、いいわね、あなたもひきこもるのはだめよ」

「結局戦闘からは離れられないのかこの脳筋め」


 みんなの笑い声が響いた。やっぱりシャイガさん微妙に一言多い。

 とりあえず小さな店を構える。

 最初からそんなにはやるはずもないのではじめは冒険者と仕立て屋の二足の草鞋だ。

 冒険で手に入った素材から小物を販売してもいい。

 そのうちに、お金があふれているうちに才能のある人間を育てて職人を育成。

 それがなったら本格的に二足の草鞋って、やっぱり冒険者稼業はやめる気はないのか。


 だがこの目論見はもろくも崩れ去る。

 運命はすでに動き出していたのだ。


 ◆・◆・◆


「あら、エルメア久しぶりね。ルーちゃんもこんにちわ、って、そっちの子は?」

「ディアよ、うちの子にしたの」

「ふーん」


「ディアちゃん、ルー。この人は昔一緒にパーティーを組んでいたお母さんの友達よ。こう見えて腕が立つ『スカウト』なのよ…今何してんの」

「こう見えてって何よ…まあいいわ。うん、いま? ちょっとお抱え、護衛とかね、ほら私ってば生まれもいいし」


 身分のあるご婦人の護衛には普通女性騎士がつくのだが、スカウトという索敵の専門家も需要があるらしい。だが冒険者というのは粗暴なものが多いらしく、それは問題になる。

 その点彼女は生まれが割とよいらしく礼儀作法も心得ているので重宝されるらしい。


「それに昔の私たちのパーティーは結構活躍したのよ」


 でしばらく思い出話など聞かされることになる。

 そんな彼女のお名前はニルケさん、そしてニルケさんちらちらとエルメアさんの胸を気にしている。


「ねえ、エルメア、あんたのその胸、単に獣人と言うだけじゃ説明つかないよね、それって一番いい時の胸の位置でしょ」

「ぬっふっふっ~。よく気が付いたわニルケ。実はね」


 エルメアさん宣伝に余念がない。

 ちょっと襟元を広げてブラを見せ、その素晴らしさを力説する。

 ニルケさんも結構胸大きいから大変なんだろう。明らかにトップの位置が下がっている。

 そして説明を聞き終わったニルケさんは急にエルメアさんを拝み始めた。いや違った拝み倒した。


「お願いエルメア、一緒にきて、それ見せてあげてほしいご婦人がいるの、その人もおっぱい大きくて…」


 エルメアさんの目がキラーンと光った。ような気がした。


「いいわ。世界中の女性のために行きましょう」


 エルメアさんは胸を叩いて請け負った。


 え? 俺も行くの?

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