?-01 気苦労の絶えない人々
?-01 気苦労の絶えない人々
「艶姫、ただいま戻りました」
「あら、ミツヨシ、早かったですね」
穏やかな光の中。真っ白いテーブルの前に腰かけ、優雅にお茶を飲んでいた美しい女性が顔を上げた。
艶様。わたくしたちの主にしてここの姫君です。
私は新参なので艶様とお呼びするけれど、古参の気心の知れた人たちは『艶姫』などと呼んだりします。羨ましいです。
着ている服は白を基調としたドレスで、髪の色は夜のとばりのような黒。この大陸では珍しい色です。なんでもみどりの黒髪というのだそうです。
綺麗に切りそろえられ
「リリ、ミツヨシにもお茶をお願い」
「はい、承知しました」
リリと呼ばれた私はリリア・ノイと言います。はいと返事はしましたが言われるまでもなくお茶の支度を始めているわけです。こういう時に的確に主の望むところをなすのが有能なメイドというものです。
そう、私はツヤ様にお仕えしているメイド。
今年で十六才、まだ日も浅いので今現在有能とは言い難いかもしれませんがやる気だけは誰にも負けない自信があります。きっと将来は有望だと思うでのす。きっとそう。
私がお茶を入れる間ツヤ様も、ミツヨシ様も腰かけたまま黙っていました。
ミツヨシ様の方は身長一八〇を超える偉丈夫で、お名前はミツヨシ・ヤーギュ様とおっしゃります。なんでも憧れの方からお名前を頂いたのだとか。
日に焼けた精悍な顔立ちで、これまた日に焼けてくすんだ金髪を頭の後ろの高い位置で無造作に結んでワイルドないでたちをしておられます。
ここで働く女たちには結構人気のある御仁です。
しばしお茶を入れる音だけが響く穏やかな時間が過ぎました。
「さて、ミツヨシ、話を聞きましょう」
お二人は主従として長いらしく、面倒な前置きとかはなくても話が通じます。
私だったら『何かあったのですか』とか聞いてしまう所です。
それはミツヨシ様の方も同じでいきなり話を切り出されました。
とんでもない話を…
「先日星が流れました」
カチン、と音がしました。
驚いたことに艶様が立てた音です。普段であれば絶対にない事なんです。少しだけ青ざめているようにも見えました。
これはただ事ではありません。
「まだ確認は取れておりません。流れたのも一つだけでその後は確認されていません」
「そう…ですか…今までにないパターンですね…兆候はどうですか? 逢魔が時の兆候は見られますか?」
今度は私がびっくりする番でした。
『逢魔が時』この世界にいてこの言葉におびえない人間がいるでしょうか。
この大陸では数十年に一度、世界のバランスが崩れて魔物の大暴走があったり、天変地異が起こったりするとんでもない時期があります。
それが逢魔が時。
勿論私も直接知っていたりはしません。前回は私が生れるずっと前です。だけど子供のころから教えられた逢魔が時の恐怖は心の奥底にしっかり根付いています。
私のおばあちゃんのお兄さんも逢魔が時の際に『ベヘモット』という普段は見かけることすらない強力な魔物の襲撃で命を落としたそうです。
いや、大伯父だけじゃないです。おばあちゃんの暮らしていた村のひとの八割がそのベヘモットに食べられて死んでしまった。逃げられたのは本当に運がいいひとたちだけだったみたいです。
その逢魔が時がまた来る。
でも少し早い気がする。だって…
「兆候はぼちぼち。魔物の活動は若干活発になっているように見受けられます。ただ凶暴化の報告は入っていませんし、これも判断が微妙かと…」
「そうですか…確かに前回の大暴走が三六年前…今回すでに始まっているとしたらずいぶん早いですよね」
そうなのです。逢魔が時は数十年に一度。長い時は百年近く間が空くこともあるはずです。そう記録にあります。今まで一度だって五〇年を切ったことはないはずです。
逢魔が時は世界に良くない力がたまった時にその力が邪壊思念というさらに良くない力を呼び覚まし、それによって強化された魔物がいろいろ悪さをするのだと教わりました。
なのでどうしても間が空くわけです。
期間が短くなるということはそれだけ世界に
そしてそれはきっと沢山の人に不幸をもたらすはず…
私の顔は青ざめていたと思います。
「大丈夫よリリ。そのために私たちがいるんですもの。この御剣教導騎士団が」
そうそう私たちは御剣教導騎士団と言います。
御剣法国という小さな国の騎士団、いえ、騎士団自体が国でしようか?
騎士団の理念として『他流勝つべからず、昨日の我に今日は勝つべし』と言う座右の銘を掲げています。素晴らしいです、よくわかりませんが。
「それでミツヨシ、星の位置は?」
「方角はアリオンゼールのあたりでしょうか、確認のために部下を放ちましたからあとは報告待ちです。各地の遺跡にも部下を走らせました。が、こちらも報告を待ちませんと…ただ…」
「聖国と教国ですね…」
「はい、特に聖国にある降臨の遺跡は大陸最大のもの。できれば監視下に置きたいのですが、あの遺跡は結果に守られておりまして…」
「詳しい情報は入ってこない…なのに来訪者が下りる可能性が一番高い。困ったものですね」
「正確には来訪者が多いが故に思い上がって『聖国』などと名乗って自分たちを世界の中心と豪語しているのですが…隣に教国があるのも良くありません。帝国をはじめあの周辺は人族至上主義がはびこりつつあります」
「選民思想というのは耳に心地いいですからね、民衆を扇動するには良い思想です・・・国のトップが汚染されていなければ多少はましなんですけど」
「そうですな、あそこは手遅れですな」
教国と聖国、ここではあまりいいうわさは聞きません。潜在的な仮想敵扱いされている国です。人間を『この世界を治めるべき至高の生き物』と主張していて、亜人や妖精族を人間に奉仕すべき下位種族と位置づけている国です。それが教義なんだとか。
しかもこの世界をあるべき姿に戻すことが自分たちの使命であるというのを国是としていて中々過激な国です。
「勇者育成計画の方もあまり進んでいませんしね」
「勇者育成計画ですか?」
いけない、艶様の言葉に口を挟んでしまいました。侍女としてあるまじき失敗です。
口に手をあてて赤くなる私に艶様は優しく微笑みを下さった。
「勇者というのはちょっと大仰かもしれないわね、要は逢魔が時に供えて若い人たちに十分な教育を与えて大事に育てましょうという計画なのよ。
リリも知っていると思うけど、逢魔が時の間は世界の境界が不安定になってこことは違う世界から人が振ってきます」
「はい、来訪者の皆様、聞いたことがあります。皆様この世界のために力を尽くしてくださって、逢魔が時を乗り切るための原動力になったとか?
とてもお強いんですよね?」
「そうですね、強いと言えば強いですかね、来訪者、異世界の戦士とも言いますけど、統合スキルって知っているでしょ?」
「はい、職能スキルというやつですよね、その職能に必要なスキルをいくつか集めると取得できるという」
「ええ」
艶様がまたほほ笑まれた。すごい、眼福だわ。
「異世界から降り立った人はどういうわけかこの統合スキルを最初から持っているんです。しかもみんな」
「え? すごいです。あれってなかなか取れないし、最初から持っている人なんて…」
「ええ、祝福持ちとして有名な家系ばかりね。
他にも飛びぬけて高い魔力と魔力親和性を持っています。
つまり強力なスキルを持っていて、しかも豊富な魔力で魔法や魔技を使い放題。それは強いですよね、しかもどういうわけか個別スキルも割と簡単に生えてきます」
「えっとつまりはしょくの…統合スキルも取りやすいと?」
「ええ、過去の例で最大で五つ、いえ、むっつだったでしょうか?」
「ええ!」
それはすごすぎる数です。
職能スキルは一つ取れれば御の字、二つ取れたら天才。三つ取れたら神に愛されているというぐらい貴重な物。
三つの職能スキルを持っている人は歴史に名を残す偉人というレベル。それが五つ?
職能スキルをとるとその職能についてくるスキルが丸ごと手に入ると言われています、その中には努力ではどうしようもない『ステータスアップスキル』も含まれています。
たとえば筋力二〇%アップとか素早さ一〇%アップとか、そう言うやつです。これは職能スキルのおまけで付いてくるか、神様から祝福でもらわない限り手に入らないスキルです。
ちょっと考えてみてください。
もし力二〇%アップというおまけがついた職能を五つ手に入れた場合、力が一〇〇%アップになるわけです。二倍ですよ。一〇〇キロの剣を振り回すことができる人がいたら、その人は一気に二〇〇キロの剣を振り回せる人になってしまうわけです。
これはずるです。強いはずです。
興奮する私を艶様は困ったような顔で見ていました。
はて?
「問題は来訪者が必ずしも善人とは限らないということですね、今までの歴史の中で、非道を働いた人もいましたし、時の為政者に騙されて復讐に身を投じた人もいました。
なかなかうまくはいきませんね」
「そんな…」
「だからこその勇者育成計画だよ。神の祝福と計画的な訓練があればこの世界の人間だって十分に強くなれる。事実この世界だって天才と呼ばれる者の中には統合スキルを三つとか持っている者もいたのだ。過去には来訪者なして危機を乗り切った例もある。
艶姫はそれを願って十分な指導の力を持った者たちを協力してくれる国に派遣している。
まだまだ未熟だが確実に成果は出ていると俺は思っているよ。
それに加えて艶様の統合スキル『大御巫』のお力もある。
人は来訪者に頼らなくても戦えるのだ」
「そうですよ。この世界には神々がおわします。神々の加護を形にすることも…いえ、これはいいですね。まだこれからですよ。
とりあえずミツヨシ、教国はともかく聖国は厳重に監視してください、今回来訪者がどの程度流れ着くのか分かりませんが、あの国は来訪者を都合のいい道具程度にしか思っていません。それは止めないといけません、これ以上の災禍を世に放つわけにはいかないから、放たれた災禍は…」
「承知しております。来訪者の漂着自体は止めようもありませんが、聖国の野望は挫かねばなりません。では
ミツヨシ様の言葉に艶様は決然と頷かれました。
お二人の話の意味は正直よくわかりません、私の知らないことが多過ぎます。でも。
「さて、リリ、私たちも出かけますよ」
「はい」
意味は分からなくてもどこまでもついていくのです。どのみち艶様に助けていただいた命、言ってみれば元々が艶様のものですから。
「艶様?」
「とりあえずアリオンゼールに行ってみます。勇者育成計画のこともこの目で見て、何かできることを探しましょう」
「それがようございます」
そんな言葉を聞きながら私は部屋を後にします。艶様お出かけの支度をしないといけません。
ここは御剣法国。大陸の南の端にある龍に守られた小さな国。
艶様たちの彼らに救われた行く当てのない物たちのささやかな国。
ここで暮らす人たちが安心して暮らせるように、艶様とまいりましょう。それが私の道ですから。
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